第5話 小さな約束

 「ただいま」

健太が帰って来た。私は音楽プレイヤーを外して玄関で健太を迎える。

「お母さん、また音楽食べてたの?」

健太は帰るなり私の音楽プレイヤーを目ざとく見つけ、イヤホンの一つを自分の耳に入れる。

「やっぱ味しないや」

健一は落ち込んだ振りで寝転がり、今度はアルバイト雑誌を見つられてしまった。

「お母さん、働くの?」

健一の表情が落ち込む、私が働くとなると寂しい気持ちにもさせるだろうか?

「そうするつもりなの、あ、でも夕飯までには帰ってくるわよ?」

私はなるべく明るく答えようと努める。

「おやつ置いて行ってね?」

私は笑って言った

「学童で出るでしょう」

「でもお腹空くんだもん」

食べ盛りの健太は、確かにいつも足りないと言っている、

「スーパーで働くようになったら時間切れもらえるから、おかずも増えると思うから」

高学年になっても幼い時のようにおっぱいを求めて甘えてくる健太を、私はそのままにしておく。

「だってお母さんの料理みんな美味しいんだもん、スーパーの出来あいキライ!」

健太は私のおっぱいに甘えて顔を埋めながらわがままを言う。

「冷蔵庫にあったものでちゃっちゃっと作っているのよ」

本当だ、いつも冷蔵庫の残りを見てから買い物に行き、夕飯のおかずを決めている。

 健太はおっぱいに甘えて歌を歌っている。何の歌だろう?子供の健太の歌はまだ甘い味がする。

「……お母さんが働くの、嫌?」

私は試しに聞いてみる。

「いいけど、おやつ置いてって」

健太はまだそれに拘っている。

「甘いのは駄目よ」

「わかってるって」

健太はおっぱいに包まれている。

「わかった、おにぎりとか置いて行くようにするね。今日のおやつはじゃがいものチーズがけよ?」

やったぁ!健太はおっぱいから飛び起きた。

 私は健太と一緒に座って、食べる健太を見ながら、この子の将来のためにも少し貯金をしなければ、進学にお金も掛かるし、と改めて思った。


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