第百四十二話 嘘
ザーッという音が絶え間なく聞こえてくる。
何の音だろう。
少し離れて、ザッゾッザッゾッというリズミカルな音も聞こえる。
ああ、馬の足音か。
変な音。
雪の上を歩くとあんな感じなんだ。
じゃあ、このザーッはソリの音?
へえ、あんまり振動が無いんだな。
車輪の時より乗り心地が良いんだね。
「はっ!ああ、寝てたんだ」
窓の隙間から外の光が入ってきている。
朝になったんだろう。
前の席では師団長や隊長達が座りながらぐっすりと寝ていた。
皆んな一斉に寝てていいんだろうか。
というか、捕虜的な立場にいる僕を放って寝てるって大丈夫なの?
まあ、それだけ、この制限を付けている能力だか何だかに余程自信があるんだろう。
まあ、僕は僕でこの隙に何かできることがないか実験していよう。
魔法とスキルが禁じられているみたいだけど、そうすると、術式はどうだろうね。
(アクセラレーション)
おお?周りの動きがゆっくりになって、自分の運動能力が急激に上がるのが分かる。
なんだ、術式は使えるんだね。
じゃあ、精霊術も魔術も使えそうだな。
あとは、、、。
(終末の七つのラッパ、通常モードで)
気付くと手元にはラッパが収まっていた。
これも、発動する、と。
意外と禁じられてないな。
この分ならセラフの翼とかの他の天使の力も使えるだろう。
使えないのは普通の魔法やスキルだった。
スキル作成スキルも使えなかった。
境目がよく分からん。
天使の魔法は本来は魔法扱いじゃないのかな。
インベントリが使えればアリアが出せたのにな。
あ、いや、あまり変わんないか。
アリアってセラフの翼が非表示モードで使えるって言うメリットがあるだけで、何か特別な事が出来るわけじゃないんだよな。
まあ、セラフの翼だけで、十分凄いんだろうけどさ。
あと問題なのは、行動が制限されてしまうって事だよな。
動くなとか、立つなとか言われると、逃げる事も出来なくなってしまう。
「んお?!は、はい!いえ、起きてました。も、問題ないです!はい、はい。もちろんです!」
な、なんだ?
師団長が急に起きたと思ったら、独り言を言い出した。
怖いんだけど。
変な夢でも見てたのだろうか。
あれ?これって、誰かと話しをしてる?
「はい。それはもう、党首が一番お美しいかと」
やっぱり。あのおばさんのような党首と話しをしていたんだ。
と言うことは、通信が復旧したのか?
「では、また定期連絡で。失礼します、、、。ふう。危なかったですね、、、。おや、おはようございます。早起きですね」
「え?ああ、おはようございます。今のって党首さん?」
「ええ。あの方も早起きですからね。本当は朝の定期連絡をする筈が、すっかり寝過ごしてしまいましたよ」
「ははは、、、」
大丈夫なのか、この国。
「あの、通信障害って治ったんですか?今のは魔法の通信ですよね?」
「ああ、通信障害はまだ継続中ですよ。あれは我々がしている事ですから」
「え?そうなんですか?世界規模でするなんて凄すぎませんか?」
「まあ、種明かししてしまえば、意外と簡単な事なんですよ。ああ、ちょうどいい位置ですね。窓から外をご覧になってください」
外?
窓に付いている防寒用の皮をめくり、窓の外に視線を移す。
まぶしっ。
一面の雪景色に朝日が反射して、目が開けられないくらいに眩しかった。
目が慣れてくると、真っ白に塗りつぶされた平原の中を馬車が走っているのが分かった。
そして、その平原の向こうには急激に切り立った山脈が壁のように上へ伸びていた。
「あれが、アルマース山脈です。神が座する山々と言われています。あの中のどこかに天の国があるという神話もありますね」
「はあ、天の国、ですか」
あんな寒そうな所じゃなかったよな。
クロの部屋は暖かかったし、扉の外を見た時も普通の景色だったような気がする。
「そして、あの左のほうにある山の山頂に、実は魔法通信用の通信基地局があるのですよ」
「基地局、、、」
「ええ、我々が軍の高山演習で発見した時は、大変驚いたものです。普段は雪で巧妙に隠されていたようですが、どうにも最近大量の通信が行われたようでして、中の装置が熱を持ったせいで隠蔽していた雪が全部溶けてしまったのです」
大量の通信、、、。心当たりが多過ぎる。
あれか?遠隔地にいるアリアに学校から色々送った時か?
まあ、誰のせいかなんて分からないよね、、、。
「それで、その基地局を壊して通信が出来なくしたんですか?」
「いえいえ、そんな乱暴な事はしません。建物の中には入れたのですが、中にあったのは、よく分からない装置でしたので、色々いじってみたのですよ。そしたら、首都に報告をしていた魔法通信が使えなくなったので、ああ、ここが魔法通信を司っている天の国の祠なのだなと、まあ、そう思った訳です」
うわあ、、、。勝手に入って、勝手にいじって、通信障害を引き起こしたのか、、、。
ただの犯罪じゃないか。
「そのいじった人って、もしかして、、、」
「ははは。そうです、私ですよ」
なんで照れてるんだよ。
みんな困ってるんだから、何とかしてよ。
「その後、また色々といじっていたら、ボタンによって、遮断される方角が決まっている事が分かったのです。ですので、我らヴォルガの地域だけ通信が出来て、他の国はすべて止めさせていただきました」
何それ。復旧の方法は分かったのに、自分の所だけ元に戻して、あとはわざと止めたままにしたのか。
お陰でこっちは迷惑してるんだから、何とかしてもらわないとだな。
あれ?そうすると、今は僕もチャットとか使える状態なのかな?
チャット、、、あ、そうか、スキル自体が使わせてくれないんだった。
何かの隙に、リーカやシリカと話しができないかな。
行軍はまだずっと続いているみたいだ。
途中、食事の休憩が入ったり、馬を休ませたりして、止まる事はあるけど、それ以外はずっとノルドに向けて移動し続けていた。
「し、師団長!大変です!青の女神の祝福がなくなってしまいました!こ、これは、女神様に見放されてしまったのでしょうか!」
何度目かの休憩の時に、どこか部隊の隊長らしい人が泣きそうになりながら入ってきた。
「それは本当なのですか?、、、英雄殿?」
「ああ、そうか、あの時は言われるがままにやってたけど、あれって、半日くらいしか保たないですよ?最初に魔法をかけた人が今、効果切れになったんですね」
「そ、そんな、、、。あの祝福はずっと使えるものではないのですか?」
「そんな魔法があったら、僕が欲しいくらいですよ。マナで動いている以上、マナ切れはどんな魔法にもありますよ。強力なもの程、効果時間は短いですし、テュルキスの妖精は一つでもかなりのマナを消費しますからね。半日保たせるのが精一杯ですよ」
師団長も隊長も皆んなガックリとしていた。
ええ?何だよ。
そんな簡単に強力な力が使える訳ないじゃないか。
「それでも、もう一度祝福を授けて貰えば、使えるのですよね?」
「え、ええ。まあ、またあの数をやらないといけないんですけどね、、、」
そして、きっと、それをこの後やらされるんだろうな。
「我が国の軍事力が大幅に上がったと喜んでいましたが、ぬか喜びでしたね、、、。でも、一時的にも強化出来るだけでもいいでしょう。英雄殿さえいれば、いつでも祝福を頂けるのですから」
うええ。ずっと、この国に縛られて、魔法を掛け続けるのなんて嫌だよ。
結局、3日間かけて、ノルドとの国境付近にまでやって来た。
途中に町どころか村すらないので、食料は森にいる野生の動物を狩ってきては食材にしていた。
飲み水は雪を温めて溶かすことで確保している。
今は国境を越える前の最後の食事中だ。
僕の前にも、塩と何かの草のスープと、森で狩ってきた鹿をただ焼いただけのもの、あとは、首都から持ってきた硬いパンが木の皿に乗っていた。
「このあと、英雄殿には、また青の女神の祝福を授けていただきたいのです。お願いできますかな?」
「あ、はい。またやるんですね。分かってましたけど、、、」
「そのあと、すぐに国境を超えて、ノルドの最東端の町に攻め入ります。そこの軍事基地を制圧するのが今回の目的です」
「えっと、国境ってそんなに簡単に超えられるんですか?国境警備隊とかがいるもんじゃないんですか?」
「こんな何もない、ただ雪が積もった所をどうやって守るのですか?警備隊はその町にたくさんいますよ」
それなのに、国境はここなんだ。
どうにもノルド軍はヴォルガ軍に比べて雪山が苦手らしい。
そうは言っても南の国に比べたら苦手の内に入らないんだろうけど、ヴォルガよりは雪のある地域が少ない分、雪山で戦線を維持することが上手くできないのだそうだ。
そういったバランスから、この中途半端なら場所が国境となっているのだとか。
そのパワーバランスを保っているのが、これから行く、ノルド最東端の町ヴァストークだ。
この町があるせいで、国境があの場所で固定されていて、ヴォルガもこれ以上攻め入ることもできないようだ。
逆にこの町があっても、ノルドはこれ以上、雪の深いあの雪山を攻めるのは躊躇しているという事なのだろう。
また、ヴォルガ兵士達がずらっと僕の前に並び、次々とテュルキスの妖精を付けていく。
この寒空の下、あの人数を捌いていかなければならないのか。
でも、ここが仕掛けどころだと思う。
「師団長さん。お願いがあるんですけど」
「何でしょう。帰りたいと言うのはダメですよ」
「分かってますって。僕にはこの寒さが結構応えるので、魔法で暖めながらでも良いでしょうか?ちょっと、集中力がなくなってきちゃって、これだと、効果時間がもっと短くなってしまいそうです」
「そうなんですか。それは、よろしくありませんね。分かりました。では、英雄殿の魔法とスキルを生活魔法系のみ許可しましょう。これで、如何でしょうか」
「ありがとうございます。…………クラータラの熱!ああ、暖かいです。すぐ効果が切れるので、これが終わるまでこのままでいいですか?」
「ええ、終わったら言ってくださいね。また、制限しますから」
「はい」
寒いのは本当だったから助かったよ。
生活系の魔法も覚えておいて良かったよ。
呪文はかなり適当だったけど。
(チャット)
小声でチャットを開く。
こういう時、ステータス画面があれば、長押しで起動できるのにな。
でも、本当に開けたし、チャット相手にもリーカとシリカが選べた。
フォルクヴァルツにいるフィア達は選べなかったから、通信ができる人だけが、選べるのだろう。
流石に音声入力は無理なので、チャット画面から手で入力するウィンドウを出して入力する。
その間も、次の小隊がやって来ては、テュルキスの妖精を付けていく。
口では呪文を唱えて、指ではコソコソとリーカとシリカにチャットを打ち込んでいく。
リン『リーカ。シリカ。これが届いたら返事して。この国だけは通信できるみたい』
届いたかな。
返事来ないな。
「テュルキスの妖精、この小隊を守れ!」
まだかな。
あ、そうか!リーカとシリカもスキルが禁止されてたんだった。
どうするか、、、。
よし、ちょっと面倒だけど、試してみるか。
この人数がいる中で、実験かあ。
わくわ、、、ドキドキするなあ。
(認識阻害、アリアの存在)
まずは、インベントリ内のアリアを皆んなから認識されないようにする。
そして、アリアを外に出してから起こす。
ここからは2人分で動くことになる。
リンは相変わらず、テュルキスの妖精を掛け続けるけど、アリアの方でも動くから、少しゆっくり目に呪文もどきを掛けるようにする。
どうせ適当な言葉をグニグニ言ってるだけだ。
アリアの方では非表示モードにした、セラフの翼を出す。
(第一の翼 神判代行。対象、リーカとシリカ)
よし、これで、アリアからでもいいや、チャットを打ってみよう。
アリア『リーカ。これが読めたら、何でもいいから嘘を言ってみて』
『リーカが嘘をついています。内容は、リーンハルトくんの事なんて大嫌い、です』
よし、嘘の内容は、、、まあいいとして、意思疎通はこれで出来そうだ。
アリア『今、周りには誰もいない?ハイなら、さっきの嘘を、イイエなら違う嘘を言ってみて』
『リーカの嘘。リーンハルトくんなんて大嫌い』
別の嘘にして貰えば良かったかな。
嘘と分かっていても文字で見ると一瞬、うっとなる。
さて、話は出来るようになったけど、どうやって、2人を逃がそうか。
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