第百五話 呼び名

王宮が結論を出した。

結局、僕が出した対策をほぼそのまま実践する事にしたようだ。

違いと言えば、今、所有しているエルツの奴隷に関しては、強制的に解放するのではなく、国が買い取るという形を取り、国所有の奴隷にしてから、解放する、という手順を取るようだ。

正規の手続きで購入した奴隷をいきなり方針が変わったから解放しろと言っても、反発が大きくなり過ぎてしまうと判断したからだ。

奴隷を持つのは大抵が上位の貴族や大きな商人である事からも、あまり批判が集まるやり方は出来ないのだろう。


「この書状をシュタール国王にお渡しください」

「うむ。承った。説明をして頂いた政策は大変素晴らしい物だ。国王に私の言葉でも説得しよう」

「ありがたい。感謝する、王女」


この国からシュタール王国へ帰る手段としては、王宮の高速馬車で送る事になった。

かなりの出費になるが、国の存亡が掛かっているのだから、そんな事は言ってられない。


「それで、ああ、リーンハルト、、、。その、お前の隣にいるのは、、、お前だよな?」

「はい。僕ですね」

「なんで二人いるんだよ?いや、別人だから変じゃ無いんだが、でも、お前なんだよな?」

「そうですよ?どうしたんですか?国王、変ですよ?」

「お前には言われたくない!勝手に増えてるんじゃないよ!」


国王は何を怒ってるんだか。

リンの僕と、アリアの僕の両方で謁見に来ただけじゃないか。

全く同じ姿が二人だと変だけど、リンとアリアは性別だって違うんだから、別におかしくないじゃないのさ。


「あ、そうか。女の子なのに、男っぽい話し方だから変に見えるのかな?」

「そんな事はどうでもいい!お前、次に会ったら3人になってるとかじゃないだろうな」

「やだなー。国王も冗談なんて言うんですね」

「なんか腹立つな。いや、分かってたよ。お前に常識が通じるわけないんだよ。お前なら気付いたら分裂してた、とか普通だよな」

「そんな、人を単細胞生物みたいに言わないでくださいよ〜」


失敬だな、もう。


「フォル、、、アリアさん、、、で、いいのですよね、呼び方。アリアさんは、本当にシュタール王国まで、王女に付いて行ってくださるのですね」

「ええ。何があるか分かりませんので、アリアが居ればディアを守れますし、どういう状況なのかもすぐに分かりますから」

「そうですか。それは、助かります。その、、、出来れば馬達もこの間のように、潰さないように連れて帰って来ていただけると嬉しいのですが、、、」

「ああ、あれですね。分かりました。大事な王宮の馬を怪我させないように、大切に走らせてきます」


また、ステータスをいじって疲労骨折しないようにしてあげよう。


王宮の正門に一台の馬車が止まっていた。

10頭立ての高速馬車だ。

馬車自体は前に乗ったような、鉄板が貼ってあるものではなく、豪華な王宮仕立ての大きめの馬車だ。

御者は2人の騎士団員が務める。

世話係として、これも、騎士団員から女性が2人付いてくれる。

全員7段を持つ騎士だから、護衛としても充分だし、女性達は要人や貴族の世話をする訓練を受けていて、道中の食事の用意はもちろんのこと、身の回りの一通りの世話はプロ並みに出来るのだそうだ。

まあ、僕に、と言うわけではなくて、ディア用のお世話なんだけどね。


「では、この書状は預からせていただく」

「お気を付けて」

「リーンハルト、、、はこっちにおるのか。紛らわしいな!アリア!お前もちゃんと説明をして説得してくるんだぞ!」

「はいはい。分かりましたよ。っていうか別にそっちにも僕はいるんだから、ここで言わなくたって後で話を聞きますよ」

「ああもう!頭が追いつかん!」



馬車に乗り込むと、ゆっくりと馬車は動き出す。

王都から出て、まずはマルブランシュを目指す。

そこからは馬車は速度をだんだんと上げていく。


シュタール王国への直線距離だと真南にあるデマルティーノ帝国を通った方が近いのだけど、この帝国はフォルクヴァルツとはあまり仲が良くない。

むしろ敵対していると言っても良いくらいだ。


そこへ、フォルクヴァルツの紋章入りの馬車が通るなど出来るはずもなく、友好的なマルブランシュへと遠回りをしていく必要があるのだ。


「この馬車は異様に早いな。いくら10頭立てとは言っても、この速度ではシュタールまでは持たないだろう」

「馬には悪いんだけど、頑張って貰ってるんだ。でもまあ、これをすれば、疲れず怪我もせず走っていられるしね」


そう言って、馬達のステータスをまた少しいじらせてもらう。

翼はこの中で出すと邪魔だから、非表示にして操作した。


「い、今、何をしたっすか?馬車が更に早くなったような」


僕の正面に座っているのは、お世話係をしてくれる騎士団のカティアさんだ。

ショートカットの金髪に紺色の大きな瞳がクルクルとよく動いて表情もコロコロ変わる元気な人だ。


「マナが動いた。魔法?」


こっちは同じくお世話をしてくれる、騎士団のユーリエさん。

焦げ茶の長い髪が薄い緑の瞳を右の片方だけ隠している。

その見えている左目だけで、さっきからじっと僕の方を見ている。

見つめている、のではなくて観察されている感じだった。

それも何だかオモチャを前にした子供のような視線だ。

嫌な予感しかしない。


御者をしてくれる男性騎士はファルコさんとヘルマンさんだ。

男なので見た目には興味ない。

ファルコさんはどーんという感じて、ヘルマンさんはヒョロって感じだ。

それ以上の情報は不要だ。



「アリアージュ殿は我が国まで付いてきてくれて良かったのか?どうやらそちらの国では、かなりの要人のようではないか?」

「そう、、、かな?そんな要人って程じゃないよ。都合よくこき使われてるだけだね」

「とんでもない!アリア様は王国においての最重要人物っすよ!先程、お見送りにいらしていたリン様と同じ国王付き王宮魔導師になられたのですから、この国ではお二人だけしかおられない、実質ナンバー2なんすよ!」


一部の人を除くとリンとアリアは別人と言う事になっている。

まあ、当たり前なんだけど。

むしろ、中の人が同じなんて方がおかしいんだけど。

だから、混乱するだろう、という事でお互い他人であり、今回同時に国王付き王宮魔導師に就任することになった。


どうやら前に会ったことがある、バッケスホーフ8段王宮騎士さんよりも発言力がある地位らしく、しかも、クラウゼンさんよりも実質は上の発言力を持つようになってしまった。


お前は次期国王なのだから、これくらい当たり前だ、とか国王は言っていたけど、本気で国王にするつもりなんだろうか。


「僕、、、私は名前だけのお飾りだと思うけどな。国王の私の扱いが雑なんだよ」

「そういう発言をしても許されている時点でお飾りでは無いと思うっすよ?」

「そうだろうな。我が国でも王族にそのような口の利き方をしたら、ただでは済まないだろうな」

「あ、、、その、、、ヘルグリューン王女殿下、、、も、申し訳ありません」

「ん?何故謝る?アリアージュ殿が変だと言う話をしていただけだが?」

「ええ?ぼ、、、私は別に変じゃ無いと思うけどなあ」


ディアの今の発言に対しての反応としては、おかしくないか?

さっきから二人とも僕の方は見てるけど、ディアには目を合わせていないように思う。


王族だから緊張してるのか?それとも、これが王族に対しての接し方なんだろうか。


「ねぇ。カティアさんはシュタール王国って行ったことあるの?」

「いえ!実は私、外国に行くのも初めてなんすよ〜」

「そうなの?騎士団だから遠征とかあるでしょうに」

「私、ずっと、王都の治安維持部隊にいたんで、、、。だから、戦闘も王都内ではありましたけど、外国には行く機会は無かったっすね〜」


やっぱり僕とは普通に話してるし、ニッコニコと笑顔を向けてくれている。

その間もユーリエさんは僕の事をじっと見つめている。

何が楽しいんだか、、、。


「我祖国、シュタールはいい国だぞ。海が近いから魚介類が豊富だし、街並みも白い壁の家が並んで美しい」

「へぇ、いいところみたいだね」


ビクッ


え?

カティアさんとユーリエさんがほぼ同時にビクッとなる。

僕の発言、、、じゃないよな。

そうすると、ディアの言葉、、、。

何か怖がってる?

それを僕と明るく話す事やじっと見つめる事で、気持ちを誤魔化してるみたいな、、、。


何を怖がってるんだろう?


「カティアさん?」

「は、はい!、、、なんでしょ」

「ディアの事、怖いの?」

「ふえっ!?そそそそそそんな事無いでしゅ!!べ、別に、こここ怖がってなんか無いんだからねっ!」


やっぱり怖がってるのか。

ユーリエさんを見ると、顔面蒼白になって、ふるふると首を横に振っていた。

ああ、こっちもなのか。


「我は怖がられてるのか。そんなに怖い顔だろうか?」

「ううん。可愛いと思うけどな」

「んな?!何をいきなり言うのか!?ま、まったく、アリアージュ殿は自分の事を棚に上げて、我をおちょくっておるのか!」


その反応が可愛いところなんだよね。

うーむ。これは、あれか。

もしかして、エルツ族だからなのか?


エルツは神の子って話はもう騎士団や王宮の中では周知されてるはずだ。

やっばり、嫌悪する対象ではないと言われても、すぐにハイそうですか、とは行かないものだなあ。


でも、何となく嫌悪感というよりは恐怖に近い反応にも見えるんだよね。


「カティアさんはエルツ族が嫌いですか?」

「い、いいえ!いいえ!嫌いとかは、、、その、、、小さい頃から、疫病神とか教わってきたんすけど、、、ああ、すみません!」

「いいや、構わない、そう教えられたという話なのだから」

「は、はい。その、だから、今まではずっとエルツ族は敵だとか、その、、、倒すべき相手だとか、そう思ってきたんです。で、でも、先日発表になった、エルツ族の正しい知識を知って、びっくりしましたっす!だって、学校の先生も、軍の教官も、親だって!エルツ族は厄災だって言ってたのに、実は私達より神様に近い存在だったなんて」


ユーリエさんも同感だと言うように頷く。

そうなのかあ。

記憶に刻まれているのは、覆りづらく、だからこそ、実は神の子だと知るとそのギャップに頭が追いつかないんだろう。

よし、そうだな!まずはここから始めてみよう!


「ねぇ。ディアはぼく、、、私の事をアリアージュ殿って呼ぶけどさ。それ、今から禁止ね」

「なっ!?何をいきなり、、、。他国の要人なのだから、そう言った呼び方になるのは当然ではないか」

「知り合った時は、別に要人って知らなかったでしょ?そもそも、その時は王宮魔導師でも無かったんだし」

「それは、そうなのかもしれぬが、、、いやしかし、アリアージュど」

「禁止!この国の要人たるボクが言ってるんだよ?」

「くぅ、、、、で、では、アリア殿」

「ブブーッ!同じじゃん!それも禁止!」

「、、、なら、ア、、、アリアさん」

「もう一声!」

「うぐぐぐ!」

「フィアにはフィーちゃんとか言うくせに」

「そ、それは幼馴染だし、、、わ、分かった!分かったよ!ア、アリアちゃん。これでどうだろうか」

「まあ、それでいいかあ。アーちゃんが理想だったんだけどな」


よし、ディアを真っ赤にさせる事は出来たぞ!

いや、それが目的じゃないんだけどね。

次行ってみよう!


「はい、じゃあ!カティちゃん!」

「うえぇっ!!カティちゃん、、、すか?!」

「そ。カティちゃんはディアの事はなんて呼ぶ?あ、あとボクの事も」

「アリアー、、、ア、アリアちゃんは自分の事をボクと言ってしまっているが、いいのか?」

「ああ、もう面倒だから、ボク、で通す。ボクっ娘なら他にもいるだろうしね!」

「それは、種族か何かなのか?」


何を言ってるんだ?ディアは。


「はいはい!それはもういいから!で、どう?ディアとボクの事、なんて呼ぶ?」

「ふええぇ、デ、ディアちゃん王女様にア、アリアちゃん様???」

「混乱してるなあ。はい!もうちょっと考えて!よく考えればわかる問題だよ!先生はいつも言ってるでしょ?人に聞いてばかりじゃなくて、ちゃんと自分で考えられる人になりなさいって!」

「いつの間に先生になったのだ?!」


ユーリエさん、、、えっと、ユーリちゃんでいいかな?

ユーリちゃんも呼んで貰うぞ!


「さあさあ!ユーリちゃんもなんて呼ぶかな?」

「ぐっ。遠慮、しとく」

「はいダメー!今の話の流れで許されるとでも?」

「ディア、、、ちゃん、、、、アリア、、、ちゃん」

「よく出来ました!あとはカティちゃんだけだね!」

「うえええん。助けてぇ」


そんなに難しい事かね。

その後、きっちりとカティちゃんにもディアちゃん、アリアちゃんと呼ばせる事に成功すると、さっきまでの怖がっていた雰囲気はすっかり無くなっていた。


何だよ。呼び方一つだけで変われるんじゃん。

国王同士も、ちゃん付けで呼べば良いんだよ。


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