第九十五話 お祭り

「本当にリンは私達の事を忘れているのね?」

「はい。ご自身の名前すらも分からなくなっているようでして」


全身真っ黒な服の子にじっと見つめられる。

何故だかこの子には逆らってはいけない気がして、目を反らせられない。


「なら、始めてあった時に森の中で私を押し倒した事も忘れているのかしら?」

「ちょっと待ったー!ボク、キミにそんなことしてたの?」


周りもざわざわしている。と言うよりは皆んな引いている。

それはそうだ、ボクも前のボクに引いている。

こんな大人しそうで可愛い子を押し倒しただと?


「場を和ませる軽い冗談よ?あの時は走ってきたリンが私にぶつかっただけよ。でも、本当に忘れてしまっているのね」


ふううぅ。

あ、危なかったあ。

前のボクが変な事してなくて良かった。


「でも、だいたい分かったわ。以前の記憶が無いだけでしょう?あとは私達の問題だから、ゆっくり時間を掛けて慣れさせるわ」

「そうですね。王宮としましても、出来るだけフォローをしますので、お困りの事があれば何でも言ってください」

「ま、待って!わ、私もここに住まわせて欲しいの!」


レリアさんが手を挙げる。

一瞬でボクの家族達に殺気がこもる。

具体的には黒いマナが溢れ出してくる。


変わらないのは両脇の二人くらいだ。


「あなたは誰なのかしら。とても私達の間に入れるような人には見えないのだけれど」

「フィアちゃんそれじゃあ怖すぎよ。ここにいる私達は血の繋がった家族ではないけれど、それ以上の繋がりを持った仲なのよ?そこに入り込めるのかしら!」

「ちょっとラナも途中から力が入り過ぎ!ごめんなさいね。皆んな、自分とリンくんの接する割合が、これ以上減りそうになるんじゃないかと感じ取ってピリピリしてるのよ」


ボクとの時間を大事にしてくれている仲なのか。

ちょっとそういう家族って嬉しい。

そして、やっぱり血は繋がっていなかった。


「分かっているわ!ここに来てからのあなた達の態度とかリンに対する眼差しとか、そういうの見て理解したわ!でも、私だって一緒に死線をくぐり抜けたし、私の命の恩人でもあるし、リンの事を命がけで助けもしたわ!私に取ってリンは自分の命を委ねてもいいと思える人なの!だから、お願い!ここにいさせて!側にいて支えたいの!」


今は記憶は無いけど、今までこんなに強く人に思われた事は無いんだろうなって思う。

命がけで守って守られたなんて、前のボクはこの人とどういう人生を送ってきたんだろう。

婚約しているくらいだから、恋人だったんだろうか。


誰も何も言えなくなってしまった。

左右に座る妹と弟はこんな状況なのにボクに寄りかかって寝てしまっている。

何となくこの光景は見覚えがあるような気がする。


何分経っただろうか。

黒ずくめの、確かフィアと呼ばれていた子が深い溜息をついてから、話し出す。


「分かったわ。あなたもこちら側に来る資格があるみたい。やはりこうやって増えていくのね」

「ちょっと待ってよ!フィアちゃん。この子は危険よ!リーカとかアニカと違って、本気も本気よ!?本当にご主人がこの子のものになっちゃうわよ!」

「あのー。私も存外本気でここに来たつもりなんですけども」

「ワタシもデース。いつかゲコクジョーするつもりデス!」

「ね。この二人なら平気でしょ?でも、今度はまずいわよ!いいの?私達の居場所が無くなるかもしれないのよ?」


ボクをご主人と呼ぶこのお姉さんは額に汗をかいて熱弁している。

でも、自分の為にではなく、このフィアの為に頑張っているようにも見える。


「姉さん。分かっているわ。でも、同じ気持ちの人を締め出して勝った気になるなんて、私らしくないと思わない?」

「フィアちゃん………。とうとう!とうとう、フィアちゃんがデレた!!」

「待ちなさい姉さん!誰がデレたのよ!」

「そうよね!ご主人の記憶がないのを言い事に今なら素直になっても恥ずかしくないとか考えるフィアちゃん可愛い!」

「や、やめなさい!リン!勘違いしてはいけないわ!私は素直とかそういうのではなく、別に誰が来ても気にしないとか、そういうのだから!ああもう!あなたは、何、訳わからないと言った顔をしてるのよ!」


なんだろう。このフィアって子のこういう表情はとても貴重なんじゃないかと、直感で分かった。

そして、何となくこの子とボクは普段から一番仲が良かったんだろうと思うんだ。きっと。


「と、とにかく、あなたがここに住む事は私が許します。そして、正々堂々とリンの事を、、、、いえ、それはいいとして、リンの記憶を取り戻したり、それまでのフォローを皆んなでしていきましょう」

「何よ。あと一言なのに、ライバル宣言しないの?」

「しません。姉さんはしておいたら?」

「私はもう絶対に切り離せない関係になってるから余裕なのよん」


そう言えばこのフィアのお姉さんはボクをご主人と呼んでいて、ちょっと不思議な人だ。

フィアにはあまり似ていないけど、でも、ボクのお姉ちゃんと考えるとしっくりくる。そんな人だ。


「では、ヴァレーリアはリーンハルトくんに預けるとしよう。よろしく頼むよ」

「あ、はい。お父様。お嬢さんはボクが守ります」


ビキキッ


え?あれ?え?

何か間違えた?

フィア達家族が皆んな暗黒のマナで全身が包まれているし、レリアさんからはピンク色のマナが垂れ流されている。


「ほう、リーンハルトくん。言うようになったな。婚約パーティーには国王にも出てもらう予定だからな。楽しみにしておいてくれ」


そう言ってレリアさんのお父様はクラウゼンさんと共に帰ってしまった。


「ねぇ、やっぱり、今からでも追い出そうかしら」

「ダメよ。フィアちゃん。追い出しても外でご主人と会ってしまうわよ?地下室って外から鍵がかけられなかったっけ」

「もうフィアもラナも何言ってるのよ。リンくんがこう言う時にテンパって余計な一言を言うのは分かってるでしょ?記憶が無くったってそうそう人は変わらないのよ」


あまり話に参加せず、奥でニコニコしていたお姉さんが二人をなだめてくれた。

すごく大人な感じのしっかりとした人だ。

助かったのだろうか。

というより、もしかしたら、かなり危険だったのだろうか。


「ヴァレーリアさんといったわよね。私はレティシア・バルシュミーデといいます。よろしくね」

「は、はい。ヴァレーリア・アウグステンブルクです。よ、よろしくお願いいたします」

「あら、あの公爵家の?」

「はい。先ほどの父が公爵家を守っています」

「そう、、、、。どんどん私の立場が弱くなるのね」


あれ?レティシアさんがしおれていく。

前のボクはこの人には散々苦労を掛けていたと、これも直感で分かった。



レリアさんがこの家に住むというのが決まったので、生活品を買いにレリアさんとレティシアさんとリーカと呼ばれた人が出掛けてしまった。

あのリーカという子も実の妹なんじゃないかなと思う。

ボクとは似てないしフィアのお姉さんとも似てないのに、何でだろうか。


「さて。リン。付いてきなさい」

「え?どこにいくの?」

「また増やしたのだから行くところは一つよ」

「そ、それは?」

「懺悔室に決まってるわ」


何その部屋。

屋敷の真ん中に小さな小部屋があった。

小さな扉を開けると、人が一人分入れる窮屈な部屋がある。

そこに押し込まれると、反対の扉からフィアが隣の部屋に入るのが分かる。


「懺悔なさい」

「え?懺悔?ボクの過ちをここで話すって事?」

「ええ。わたしが聞いてあげる」

「でも、記憶が無いから、何を間違ったのか分からないんだけど」

「それでもよ。今感じた自分の間違いをここで話しなさい」

「ううっ。、、、そうだね。ボクはキミを心配させた、と思う。そして、勝手に記憶を無くしてキミを忘れてしまった。キミから前のボクを奪ってしまったね。それが、今ボクが感じる懺悔かな」

「そう。なら、それはわたしが赦してあげるわ。わたしを心配させた事、わたしを忘れた事。どちらも、わたしはあなたを赦してあげる。だから、その分だけ、楽になっていいわ」

「フィア………。ありがとう」

「それに、わたしから前のあなたは奪われていないわ。今のあなたもリンに変わりわないのだから。今日わたしと話をしたリンはあなたなのよ」

「うん」


前にもこうやってここでフィアと二人、何か大事な話をしたような気がする。

思い出せないけど、この会話があれば、今のボクには十分だ。


「おかえり〜。懺悔できた?」

「うん」

「ふふ。良かった。あ、私ともしとく?」

「う、うん。でも、その前に名前を教えて欲しいな。お姉ちゃん」


ブフォォォ


ええええ!!鼻血出して倒れた!!

何でぇ?

やっぱりこの人は実の姉ではなかったのかな。

絶対そう確信めいたものがあったのにな。

でも、違ったとしても何で鼻血?


「だ、大丈夫?お姉ちゃん」

「くはああ!やめてご主人!私を悶え殺す気?!」

「え?死んだらダメだよ!お姉ちゃん!」

「うぐほあああ!!も、もうダメ、、、がくっ」

「リンは分かっていてわざとやってるのよね」

「あ、途中からちょっと」



たくさんの生活品と食料も大量に抱えて、レリアさんとレティシアさん、そしてリーカが帰ってきた。


「おかえり〜」

「ただいま、っと。今日ってお祭りだったのよね。すっかり忘れてたわ。商店街は凄い人混みだったわ〜」

「はひぃ〜。大変でした〜」

「ご、ごめんなさい。わたしの為に、、、」

「ああ、いいのいいの。ここに住むんならそう言うのは無しね。皆んなお互い様」

「はい。レティシアさん」


あっちはあっちで仲良くなったみたいだ。

ボクもフィアとかお姉ちゃんとはだいぶ仲良くなったと思うぞ。

そう言えば、名前まだ聞いてなかった、、、。


「お祭りいいなあ」

「わたしは別にいいわ。人がたくさん居るところは苦手」

「行きまショウヨ!オマツリ!楽しいデスヨ!」

「皆んなは行って来なさいよ。私達はほら、人が居る所はまずいから」

「ア!ゴメンナサイ。そうデシタ」

「いいのいいの。ほら、ご主人も楽しんでらっしゃい」


何がダメなんだろう。

フィアとお姉ちゃん。妹と弟。この4人はお祭りには行かないと言う。

レティシアさんは、もうヤダ、の一言で自室に行ってしまった。

結局、レリアさんとリーカ、アニカ、そして、ボクの4人でお祭りに行くことにした。


「また、あの中に行くんですね」

「あ、疲れたのならいいよ?」

「いいえ!リーンハルトくんとお祭りデート出来るなら、何処へだって行きますとも!」

「う、うん」


ボクの家族って言うのはこう言う感じな人ばかりなのかな。


家から出た所はまだまばらだったのが、商店街まで来ると辺りは人で埋め尽くされている。


「凄いね。これはそんなに大きなお祭りなの?」

「そうでもないんですけどね。焼きソーセージ祭りって言って、ただ焼いたソーセージ食べるだけのお祭りなんです。でも、こうやって屋台もたくさん出ていたり、大道芸もやってたりしますよ」

「わたしはこういうお祭り始めて。ずっと軍にいたから、参加するときは、大抵裏方で駆り出されていたわ」

「ヴァレーリアさんは軍人さんなんですか?」

「ええ。リヴォニア騎士団第2部隊所属よ。リンは第1部隊ね」


へぇ。レリアさんって軍人さんだったんだ。

ちょっと待った。その後何を言った?


「あの、レリアさん?」

「ねぇ。もういい加減その呼び方はやめて欲しいわ。前みたいにレリアって呼んで。それに敬語なんて使わないで」

「え?あ、分かりまし、、、分かったよ、レリア。これでいいかな」

「ええ。嬉しい。うふふ」

「ちょっと〜。勝手にいい雰囲気作らないでくださいよ〜」

「ソウダソウダ〜」


リーカとかアニカが間に割り込んでくる。

まったく、、、あれ?さっき何か大事な事が気にならなかったっけ。


「早く行きましょうよ!アッツアツのソーセージが待ってます!」

「待ってマ〜ス!」

「あ、ちょっと、小指だけ引っ張らないでよ。痛い痛い」


あれ?この小指の痛みは、前にもあったような、無かったような。

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