第六十二話 平和な日々
最近、マルモが夢をよく見るようになった。
あ、いや、夢は元々見ていたんだけど、近い将来に起きる事をよく夢で見るようになったらしい。
必ずという訳でもないし、お昼寝の時だったり、朝起きた時にそんな夢を夜に見たと思い出す時もある。
全ての場合で僕の事が関係しているらしかった。
僕がメインじゃなくても、何処かで少しでも関係していた。
フィアが言うには、僕が今は、この世の中の重要な動きの中心に近い存在なのではないか、と力説していた。
そんな馬鹿な。そりゃあ、変わったスキルは持ってるし、変な女神の加護は付いてるし、元勇者候補だけど、、、あれ?普通の子供だと、まず体験できない境遇だな。
おかしいな。
「僕は賢者ポジションがご希望なんだよ。中心よりやや右後ろが僕の定位置だ」
「物理的なポジションの話なの?立場的な話をしてたような気もするんだけど」
「まあ、どっちもだよ。大体勇者はリーカなんだから、世の中の動向としては中心地はリーカになるんじゃないかな」
「うえっ!?私はまだ勇者候補ですって!こ、う、ほ!それに元はリーンハルト君の運命だった、って言うじゃないですか!返しますよ。ほらほら、持ってってくださいな!」
やだよ。要らないよ。そんなの。
せっかくスファレライトが僕から持って行ってくれたんだから、大事に育ててください。
「そう言えばリーカの勇者クエストは後どれくらいなの?」
「あ、そうですね。後は確かラーシュ写本を何ページか読んで、、、それから、、、」
「え?ちょい待ち。ラーシュ写本数ページ?僕が聞いたのは全て読破!だったんだけど、、、」
「最初はそうだったんですけど、スーさ、、、スファレライトがパッチ?とかいうのを当てたから、いくつかのページだけで良くなったんですって。そうだ、あの魔導研究の授業で見たのもそのページだったから、多分、あと1ページか2ページくらいだと思います」
パッチって何だろうか。
あのスファレライトの事だから、何かズルをしているんだろうけど。
「その後は、レベルを6にするのと、他種族との本気での戦闘、、、が残ってますね」
「それって、この間の人形との闘いで一つクリアしちゃってない?」
「あ、そうかも。ちょっとステータス見てみます。ちゃんとクエスト欄に載ってるんですよ」
今まで全然確かめてなかったのか。
それまではスファレライトが管理してたのかな。
「クリアしてました………。じゃあ、後は写本をちょいと読んで、レベルを6にすれば私、勇者になっちゃいますね」
「それはまずいな」
「まずいわね」
「何でラナも?」
「だって、ご主人ったら、勇者のサポートをするのが夢だったんだから、勇者がいるとそっちにかかりっきりになっちゃうじゃない!勇者はこの世に現れたらいけないのよ!」
「それだと、まるで魔王の発言だな。勇者はいてもいいだろうよ」
「あら、だったらご主人は何で、まずいって言ったの?」
そこなんだよ。
勇者自体は別にいい。
大魔王だって今は候補、なんだろうけど、いつかは正式な魔王として君臨するだろうから、対抗馬として勇者は必要になる。
でも、それがリーカだとダメなんだ。
勇者や英雄が頑張って闘うのを応援したり手助けして、勝たせてあげるって言うのが、僕の役割だ!
その勇者がリーカだったら、勇者リーカを一人闘わせて、僕は後ろでただ見ているだけ、なんて僕にはとても出来ない。
どうしても、リーカの前に出て守ってしまいそうだ。
勇者って言うのは闘って勝てる存在だから勇者なのであって、守られる存在だとしたら、それは勇者や英雄なのではなくなってしまう。
多分これは真実の書には載っていない事だ。
でも、母さんが真実の書から得た知識から導き出して、一つの回答を得たのだと思う。
それが僕の知識として残されていた。
それは、
『本来、闘いに勝ったものが勇者と呼ばれるが、その因果を捻じ曲げて先に勇者と呼ばれる者が生まれ、その因果により、闘えば必ず勝つ結果が後から付いてくる』
というものだった。
元は初めから勇者や英雄として生まれる訳ではなかった。
でも、それだと、何処に勇者が生まれてきて、いつ、その才能が開花するのか分からない。
過去数百年の間、そう言った勇者探しに時間を費やした神々が、知恵を絞って考え出したのが、因果を曲げて最初から勇者や英雄になる運命を持って生まれてくる子というものだった。
もちろん全くのリスク無しで都合良くリターンを得られる筈がない。
勇者の運命を持つ子が正しく勇者と成るには条件があった。
僕達は勝手に勇者クエストとか呼んでしまっているけど、そういう、勇者に成る為にやらないといけない事がたくさんあった。
僕も途中までクロにやらされていたけど、なかなかに全てをクリアするのは大変だ。
でも、そうやってある一定のクエストをクリアさえすれば勇者になれるのであれば、神々にとってみれば、いつ何処に勇者が生まれるのか、いつ開花するのか、予め把握しておける訳だ。
「まあ、そういう訳で、リーカが勇者になってしまうと僕が守ってしまう存在になってしまう。そうすると矛盾が生まれて、リーカが勇者じゃ無くなってしまうかもしれないんだ」
「よく分からないわね。なんで、矛盾が生まれるとリーカが勇者じゃ無くなるのよ」
「そういう運命だからなんだよ。運命は決められた未来なんだ。それに逆らってしまう結果になると、運命ではなかった訳で、そうなると最初からリーカが勇者じゃなかった事になってしまうんだ」
「ますます分からない………。私の理解力が足りないの?」
「平気です!当人の私も分かってないですから!」
まあ、とにかく、そういうものなんだよ。
要は神々がそういうルールで作った仕掛けっていう事なんだから。
リーカには写本は見ないようにと言っておく。
それと不用意にレベルも上げないようにとも。
それに関しては渋られた。
まあ、そうか。レベルを上げるなって言われても嫌だよな。
学校では平和な日々が続いた。
近しい所では、クリスが責任のある役割りを得られた事で、フリーデに突っかかっていたのが無くなり、以前の仲の良い姉弟になった。
そのお陰で気まずかった周りもホッとしている事だろう。
キリキリと胃が痛む音がしそうだったのだから、クラスの体調もこれで安泰だ。
精霊の人形化を裏で行なっている、あの声の主も気になるけど、まあ、それも今の所は誰だか分からない以上、こちらからは何も出来ないでいる。
ゼルマさんも非常に気になる存在だけど、下手に手を出して絡まれるのも嫌だし、しばらくは放っておく。
そういう訳で僕の周りは比較的平和だ。
「暇、でふね」
リーカがペンを鼻と唇の間に挟みながら、話しかけてくる。
口がムニュっと突き出ていて、可愛いんだか、イラっとするんだか微妙な所だ。
「暇なのはいい事だよ。悪い事が起きてないんだから」
「ほうでふけど、いいこともおきてないれふよ?」
これでよく話せるな。
指でペンの先をつんと軽く突く。
「ふほ、やめてくらはい。おひてひまいまふ」
別にそこまでしてやり続ける意味はないだろうに。
「なあ、リーンハルトよ」
「うん?ロルフ?」
「後ろでイチャイチャするのやめてくんないかな。目から汗が出てきそうなんだが」
「違っ、、、悪かったよ、他に行ってするね」
「待て、それもそれで嫌だ。二人が居なくなった時に、ああ、何処かで隠れてイチャイチャしてるんだな、、、って必ず思ってしまうじゃないか!」
「ああ、それは、その、ごめん」
僕とリーカの関係は主従関係、、、つまり、この国ではいわゆる奴隷とその主人ということになる。
そんな関係は流石にバレるわけにはいかないから、今のところ、付き合っている訳ではないけど、いい雰囲気の関係、くらいを演じる事で妥協している。
そうでもしておかないと、毎日一緒に登下校したり、いつも一緒に居る事の説明が面倒だからだ。
それなら、学校では別行動にすれば上手く行くんじゃない?って言ったら、家族中から怒られた。
フィアからは、だからリンなのよ、と言われた。
意味は分からなかったけど、ひどい言われようなのは分かった。
「ラルスくん!私達は今、いい雰囲気の関係なんです!だから、このくらいは大目に見てください!」
「ああ、うん。僕はロルフな。まあ、控えめに頼むよ」
ごめんよ、ロルフ。色々と。
今日は学園の外に出て社会科見学に来ている。
普通、社会科見学って言ったらお店とか工場とかそういう街でよく見る仕事を見に行くと思うんだけど、僕達は軍の駐屯地を訪れていた。
もっとこう、パン屋さんがパンを焼いている所を見学して、帰りがけに一個パンをもらえたり、チョコレート工場で溶けたチョコを指で掬って怒られたり、そんなのが社会科見学なんじゃないの?
「今日はリヴォニア騎士団の第8部隊が来てくれているぞ!これはついている!あのリヴォニア騎士団だぞ!なかなか会えないんだぞ!」
今回は軍の駐屯地に入れるという事で、魔法学科だけではなく、剣術学科とも合同で来ているため、引率にはあの嫌な手を使うバルテン先生もいた。
ここに入れる事が嬉しいらしく、興奮しているのがまたうざったい。
しかし、リヴォニア騎士団か。
第8部隊だと会った事がないから知り合いはいないかな。
「学生の諸君ようこそ!私はリヴォニア騎士団第8部隊隊長のボーン・ブルーニだ。今日は我が隊が誇る高い魔法戦闘技術を見ていって貰いたい」
ほほう。これは楽しみだ。
作戦とか戦略とかは期待できないけど、純粋な魔法技術は今までの団員の人達を見ていても高い事はわかる。
「まずは!二人一組になって放つ炎の魔法だ。息を合わせるのにコツがいるが、一人の時より火力も届く距離も桁違いになる」
「「ヴリーントの炎!!」」
ゴオオォ!
おお!2人の団員が同時に炎の魔法を放つと途中から一つに混じり合ってギュルギュル回転しながら長く伸びていく。
かなり遠くにマトのマークが書いてある壁があり、そこまで炎は届いてマトを黒く焦がしていた。
「この魔法の素晴らしい点は人を増やせばその分威力が上がる事だ。1人増やせ」
「「「ヴリーントの炎!!!」」」
ゴゴゴオオオオオオォ!!
ふひょう。3人同時に打った魔法はさっきより大きな渦になってマトまで一気に届いた。
炎が消えるとマトには穴が開いてしまっていた。
「今度は5人で行う魔法だ。これも全員の息をピッタリ合わせないと上手くいかない」
「「「「「パルセイロの氷瀑!!!」」」」」
5人が一斉に呪文を唱えると人より大きな氷の塊が、壁に書かれたマトに次々と当たり、最後はマト全体が氷の壁に包まれてしまった。
なるほどね。一人一人のマナは少なくても5人も合わせればこれだけの大きな魔法が出せるんだ。
それに、息を合わせるって言ってたけど、タイミングだけじゃなくて、よく見ていたらマナの量もピッタリあっていたと思う。
2人ならまだしも、5人のマナの量を合わせるのは相当訓練しないと出来ないんじゃないかな。
「では、今日は特別に我が団員達が諸君らにこれらの魔法を教えてあげようじゃないか!好きな方に集まるといい」
教えてくれるのか。
それなら派手な5人用がいいか?
それとも上手くいきそうな2人の方が面白いか?
「リーンハルトくん、わ、わ、私と二人っきりで魔法、しませんか?」
「二人っきりではないと思うけど、、、いいよ。こっちのにしようか」
「むふふ。これが初めてする二人の愛の魔法、ですね」
「愛の、は入らないよ」
騎士団の人に教えてもらって、リーカと二人で魔法を出してみる。
「ヴリーントの炎」
「ヴ、ヴリーントの炎ぉ」
ボフッ
僕とリーカの手から出てきた炎は途中まで上手く混じりそうになったけど、僕の方がマナを込め過ぎたみたいで、リーカの炎に巻き付いてしまい、黒い煙を出して消えてしまった。
「あらら、リーンハルトくんが私に絡み付いてしまいましたね」
「言い方!僕はリーカには絡みついてないからね!」
「え?絡みつきたいんなら、そう言ってくれればいつでもいいのにぃ!」
「うおっほんうおっほん!ああ、そういうのは後にしてくれないかな」
「ああ、すみませんすみません」
「えへへぇ、怒られちゃいましたね」
しかし、この魔法は難しいな。
何度かやってみるけど、なかなか息が合わず、魔法は失敗してしまう。
「僕達、息が合わないね」
「がーん!そ、そんなぁ……。き、きっとこれは神の試練なんです!これを乗り越えれば二人の愛はもっと強くなるはず!」
めげないな。
多分僕のマナがどれだけ抑えても、多過ぎるからなんだろうけど、リーカが燃えているから、そっとしておこう。
「おお!あれは、なんと!凄いぞ!そんなまさか!」
バルテン先生うるさい。
言っている内容も薄いし。
「あ、あれはリヴォニア騎士団の第2部隊ではありませんか!?」
「んん?ああ、そうだな。丁度、王都に駐屯する順番なのだろう。我が軍はああやって部隊の配置を定期的に入れ替えて軍力のバランスにバラツキが無いようにしている」
第2部隊って言ったら、あの第2部隊なのだろうか。
あ、いたいた。レリアが隊列の前の方にいた。
元気そうで良かった。
あれ以来会ってなかったな。
お、僕に気付いて、、、ああ、固まった。
隊列ぐちゃぐちゃになっちゃったよ?大丈夫?
うわあ、レリア、すんごい目を見開いて僕を見てるよ。
なんだかマズかったかな。
その後は物凄い怒りの魔王のような顔で睨んでるんですけど。
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