第六十一話 声

お昼の休み時間。

食事に誘おうとクリスの所に行ってみると、写本を広げ、ものすごく顔を近づけていた。

寝てるの?とも思ったけど、ちゃんと本を読んでいた。

目が悪いんだろうか。


「クリス。食事に行かない?」

(……………)


夢中になってるな。

自分の出来ることが誰かの役に立つとか、自分が期待されているとか、そういったことが今は嬉しいんだろう。

そっとしておいてあげようか。

後でクリスにパンでも買って、横に置いておこう。



食堂に向かう途中でゼルマさんを見かける。

ゼルマさんには取り巻きがいるらしく、左右に一人ずつ女子がゼルマさんを守るように歩いていた。

彼女が本当に女神候補なら、あの2人は天使候補といったところか。

もしくはただのクラスメイトを従えているだけかもしれないけど。


そう言えばゼルマさんは、アニカがダミーさんだった頃に盗聴する機械を埋め込んでいたんだっけ。

ダミーさんに付けても聞き取れることなんて、そんなに無いだろうに。


授業で使う時、、、は特にわざわざ聞く必要もないな。

みんな居るんだし、聞かれて困ることがある訳ではない。

それなら、ダミーさんをしまっている場所、、、は倉庫か。

それこそ、誰もいないところの音を聞いてどうするんだ?

そう言えば、ダメージが溜まりすぎたダミー君達はメンテナンスとかいうので、何処かに持って行って修理をするって言っていたな。

そこの音を聞いているのか?

それを聞いて何になるんだよな。


あ、そうか、僕もダミー君にあんな感じで音を聴く機械を入れてみればいいのか。

スキルだか魔法だかでもいいしね。


食堂に着くと、ゼルマさんはパンを買うようだ。

無くなる前に僕もクリスの分も買っておこう。


食堂に併設されているパン売り場はいつも混雑している。

今この、お昼の休み時間が始まったばかりの時間帯は特に人でいっぱいだ。

この中でお目当てのパンを買うには人をかき分け、顔を潰されながら探さなくてはいけない。

ようし、行くか!

力ずくで押し退けても良いんだけど、それだとやり過ぎてしまいそうだったから、隙間にするすると入り込んで行く。


クリスの好きそうなパンを買って、人口密集地から抜け出した。


「ふう。なんとか買えた」


前を見るとゼルマさんが大人しそうに立っていた。

あれ?パンを買いに来たんじゃないの?


「はあはあ、ウルブル様、パンを買って、参り、ました」

「わたくしも、ウルブル様の為に、、、、こ、、これを」

「ええ、いつもありがとう。あなた達にはわたくしの格別な加護を」

「「ありがたき幸せ」」


なんじゃこりゃ。

流れるような会話で、あまりにも自然に行われた会話だったから誰も気に止めていないけど、ゼルマさんのあの呟きを知った上でこの光景を見ると、違和感ありありだ。


そもそも同級生を様付けしているって時点でおかしい、、、くないか、ベルシュは僕をリン様と呼んでいたよ。

いや、それでも、こんな風にパンを買ってきてあげるなんておかしい、、、くないな、僕もクリスの為にパンを買ってきたばかりだった。


違うんだよ。違和感あるんだよ!

ええええ、何がおかしいんだ?

僕と同じような事をしているだけなのに、ゼルマさんとそれを取り巻く周りの人達は何かがおかしい。

フリーデとゼルマさんの関係もなんだかおかしいんだよ!


女神候補っていうのと、教室で聞いた独り言の差が激しかったから、そう思ってしまうんだろうか。



食事を摂ってから、クリスにパンを届けてあげた。

クリスはというと、まだ顔を至近距離にしながら読み込んでいた。

すごい集中力だな。


「クリス、食事、食べないと体に良くないよ」

「んあ?ああ、リーンハルトか。悪いな。いくらだった?」

「いいよ、それくらい。それよりその本、面白い?」

「ああ、難しくて意味が分からないところは多いけどな。読めない事は無い。ただ、読めた所を書き写すと、書いた文章の方が読めなくなるんだ。なんでなんだ?」

「ああ、それは真実の書のセキュリティーが働いてるんだよ。暗号化されているから、書き写したものは読めなくなるんだ。写本の写本を書き写してもまだダメみたいだね」

「なんだ。そんな仕掛けがされているのか。リーンハルトは何故そんな事を知っているんだ?」

「え?あ、いや、昔、母さんがちょっとね。真実の書の研究?とかをしてたとかしてないとか」

「そうか。だが、いい事を聞いた。書き写すからおかしくなるのだろう?それなら、僕が意訳して僕の言葉で書けばいいのだ!よし、やってみるぞ!」


ふふふっ。やる気出てるなぁ。

頑張れ、クリス。

その頑張っている姿をにこやかに眺めていると周りの女子達がまたざわつき始めた。

何なんだよ!まったく!



授業も終わり、家に帰る。

どうやらクリスは自宅に写本を持ち帰って、家でもやるみたいだ。

あんまり根を詰め過ぎたらダメだぞ。


「リーカ、帰ろうか」

「は、はいぃぃ!!下校を、、、誘われ、、た。がくっ」

「ええっ。何でそれで倒れるのさ」

「あ、いえ、嬉しさの表現です!あまりに嬉しすぎて倒れちゃう、みたいな」


こんな事で喜んでくれるなら良いけどさ。

クリスも一緒に帰ろうっていったら、リーカ怒るかな。

あれ?フリーデと帰るんだ。

なんだ良かった。仲直り出来たのか。

それなら姉弟水入らずにしてあげよう。


「いいんですか?」

「え?ああ、いいんだよ。リーカ、ありがとうね」

「うえっ、うへへぇ。そんなぁ」



家に帰って、アニカの背中に埋め込まれていた盗聴器とやらを見てみる。

ただの薄っぺらい四角い箱?じゃなくて板、かな。

真っ黒でボタンも何も付いていない。

あ、いや、真ん中を触ると何かベコベコと押せそうな感触がある。

そこを押すとカチッと凹んだ。



聞き耳たて郎君


録音中 257:52:36


[停止]



「おお、びっくりした。ウィンドウが出てきたな。録音中、か」


この装置が周りの音を記録して後で回収して聞くというやり方なんだな。

停止を押してみる。



聞き耳たて郎君


新規録音1 を保存しました。


新規録音1 257:52:42 [再生]



再生で聞けるのかな?

今はこのリビングには誰もいないし聞いてみよう。

再生を押してみる。

お、サーッという音が装置から流れてくる。


『これでよし。ふん、何としてもヤツの尻尾を掴んでやる』


この声はゼルマさんだな。

やっぱりゼルマさんがこれを仕掛けたんだ。

それにしても、自分で録音したのに、独り言言っちゃうなんて、思っていたより抜けているんだな。

一人の時の言葉遣いは相変わらず悪いし。


しばらくはサーッという音しかしない。

この表示は再生の時間を表しているんだな。


聞き耳たて郎君


新規録音1

再生中 0:0:52/257:52:42

○——————————

<<< << < || > >> >>>



[新規録音]



この>を押すと10秒進んで、>>だと1分進んだ。

>>>は1時間進んだから逆のボタンは前に戻るボタンなんだろう。

これ、257時間もあるのかぁ。

全部聞いてられないなぁ。


パシパシと1分のボタンを連打して適当に聞いているけど、ほとんどがサーッだ。

お、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

朝になったんだな。

これ時間かかりそうだな。


ん?ちょっと長めに押してしまったら、キュルキュル言い始めたぞ。

時間が早く進み始める。

これなら早く聞けるのか。

もう一度長めに>>を押してみると、更に早くなった。


お、話し声っぽいのが聞こえてきた。

急いで真ん中の||の部分を押して止めた。

表示が▷になったから、押してみると普通の速さで声が聞こえてきた。


どうやら授業でアニカ、じゃなくてダミーさんが使われていた時の様子だった。

聞きたいのはここじゃないな。

また再生を早くして時間を進める。


ん?ガタガタいい始めたな。

何処かに運ばれているようだ。

ずっと音がしている。

音が止んでしばらくすると会話らしき音がしたので、少し時間を戻してから、普通の速度で再生する。


『人形化した精霊はどうだ?ただ硬いだけではないだろう?魔法もスキルもほとんどが効かない。これが10体もあれば戦略級魔法も防ぐだろうよ』


ほほう。やはりアニカをダミーさんにした連中のところでメンテナンスをしていたのか。


『だが、これはろくに動かないではないか!これでどう戦えと』


もう一人は誰だ?学園の人間か?


『そこは問題ない。今回はその辺りにいた、間抜けな精霊を使ったが、本格的に人形化をする時には私の教育が施された特殊な精霊を使う。何でも指示通りに動く兵隊になる』

『教育ね。俺も教育者の端くれだが、あんたのは真似できないな。あんたのは教育じゃなくて、洗脳っていうんだよ』

『どちらでも同じ事だ。結果は変わらない。それだけだ』

『まあ、俺も同じだ。最後に俺の軍が出来ればそれでいい。そこまでは付き合うぜ』


なるほどね。

その後は大した会話は無く、また、人形達を運んで学園に戻ってきたようだ。


うちの学園にあるダミー君、ダミーさんは5、6体あったと思う。

そのうち1体は僕が破壊してしまって、もう1体はアニカへとコンバートしてしまったから、3、4体残っている筈だ。

その全てがこの連中により人族の精霊から人形族へと強制的にコンバートしたんだろう。



ラナがリビングに入ってきた。

他の子達もそろそろ来そうだな。


「ご主人何してるの?これってアニカに埋め込まれてた物?」

「うん、ちょっとね。中身を聞いてた」

「え?聞けるんだ、聞きたい聞きたい!」


ええ?どうするか。

最後の方にしてみるかな。

さっき僕の声も録音されているだろう。


『おお、びっくりした。ウィンドウが出てきたな。録音中、か』


あれ?誰の声だ?


「あ、ご主人の声だ!ふひょう!可愛い声!」

「え、ちょっと待って。これ僕の声じゃないよね?」

「何言ってるのよ!私がご主人の声を間違えるわけないじゃないの!ご主人マイスターの称号を持つ私なのよ!」


そんな称号捨ててしまいなさい!

ええええ!?絶対僕の声じゃないよ〜。

いや、話した内容は僕の物だから、僕の声なんだろうけど、話してるのは違う人だよ。

こうなったら、ラナで試してやる。

新規録音をえいっ。


「マイスターなのよ?ご主人の声なのよ?これ毎朝聞きたいくらいよ!ねぇ、明日これ借りていい?」


変なの録音しちゃったよ。

やり直そうかな。

まあ、再生してみよう。


『マイスターなのよ?ご主人の声なのよ?これ毎朝聞きたいくらいよ!ねぇ、明日これ借りていい?』


あれ?ラナの声だな。

おかしいな。

僕だけ違う声になるの?


「うえあっ!?誰この声?!私の話した内容を違う人が喋ってるぅ!」


あ、自分の声だと違って聞こえるのか。

面白いな。

ラナに操作の仕方を教えると、自分の声を録音しては聞いてみて、その度に声が自分の思っているものと違うことに不思議がっていた。



まあ、何にしても、これで、あの声の主が精霊からダミー君を作り出している事は分かった。

もう一人の方はそれを頼んだ側なのか。

何か聞いたことがある声なんだよな。

誰だったか。


あとは目的だな。

どうにも頼んだ側はダミー君を使って戦争でもしようかという雰囲気だった。


他の子達もリビングにやってくると、ラナがマルモやブロンの声を録音して遊んでいる。

やはり自分の声は違って聞こえるみたいでみんな驚いていた。


「ねえねえ、フィアちゃんも声出してみて!」

「いやよ。姉さんがやっていればいいじゃない」

「えーいっしょにやろうよー。後でご主人の声も聞かせてあげるからー」

「何故私がリンの声を聞きたがっていると思われているのかしら。姉さんではないのよ?」

「ほらほら、聞いてみなさいよ。耳元で聞くの、ちょっといいわよ」

「ちょっ、やめなさい。姉さん。怒るわよ」


うちは平和だね〜。

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