第五十四話 特別講師
シャッハの試合は次の2回戦目で負けてしまった。
僕が血だらけでみんなの所に戻ったせいで、大怪我をしたんじゃないかと思われてしまった。
そのせいで僕は出場できなくなり、リーカもそれどころではない精神状態のため出場を辞退した。
2人も欠場をしてしまったのもあるし、初戦が上手く行き過ぎたというのもあって、ボロボロの負けっぷりだった。
それでも、初勝利は学園にとっては悲願だったし、大勝ち出来たのも良かったみたいだ。
レクシーさんもヒルデさんも、これで悔いはないと言っていた。
3年生はこの試合でシャッハを引退するらしい。
今後は高等部への進学試験が待ち構えているんだとか。
そこでもまた試験があるのか。
一度入学すればずっと上に上がれるもんだと思ってたよ。
負け試合の翌日、生徒会室にまた呼ばれてきた。
ヒルデさんは居ないな。レクシーさんだけだ。
「リーンハルトさん。私はあなたに出会えて本当に良かったと思っているのですよ?中等部のこの最期の時期に、とても楽しく過ごせました」
「僕が何かした訳じゃないですよ。楽しいと思えたのならそれはレクシーさんが思いっきり楽しんだからです」
「ふふっ、そうですね。思いっきり楽しみました。だから今だけ、あと少しだけ。思いっきり、今のこの瞬間を楽しみますね」
「へ?」
そう言ってレクシーさんは、少し屈んで、僕の額に唇を付けた。
うおおっ!
びっくりした、びっくりした!
レクシーさんは少しだけ頬を赤らめ、くるっと回ってあっちを向いてしまう。
ううっ、これどういう意味だ?
意味あっての事だよね。
額だから特別な意味ではないのかな。
くぅ、表情が見えないから分からないな。
「あ、お疲れ様です。アレクシア会長、ってお前も居たのか。お疲れ〜」
ヒルデさんがやって来てしまった。
これじゃあさっきの意味を聞けないじゃないかよー。
「ヒルデ。良いタイミングですよ」
「はい?ありがとうございます?」
レクシーさんがこっちをチラッと見て、ふふって笑う。
もうこれじゃあ聞けないな。
この学園の今年のシャッハはこれで終わりになり、また来年改めて今の2年生が招集する事になる、という話を聞いて、生徒会室を出た。
廊下にはリーカが律儀に待っていた。
「額に唇の跡が付いてますよ?」
「な!何で知ってるの?見てたの?」
「おお!当たった!そんな気がしたんです!リーンハルトくんが額にすごく集中してるって分かったんです。なんかこう、女子の匂いが額に集まってる感じ?その匂いをリーンハルトくんが一生懸命嗅いでる感じ?」
「なんで僕が縄張り争いをしている犬みたいになってるんだよ」
「それで?浮気相手は生徒会長ですか?」
「浮気って、別にレクシーさんとは何もないし、そもそもリーカとも何もないしね?」
「そんなあ!私の事、奴隷にしたじゃないですかあ!」
そんな事大声で言わないでよ!
人聞きの悪い!
奴隷にしちゃったのは事実だけどさ!
あれからリーカは本当に僕達の家に住みついてしまった。
今までの住まいはやっぱりスファレライトが用意したものだったので、もう住めなくなっていた。
まあ、こうなったのも僕のせいっていうのは、あると言えばある。
なので、そのまま家に連れて行った。
家族達はみんな淡々とリーカを受け入れて、というより歓迎会まで開いてくれていた。
部屋もしっかり準備してあったし、必要な生活用品も一通り揃っていた。
あのスファレライトとの戦いでリーカと主従契約をした同時期に、ラナがいきなり「今、妹が増えたあ!」と叫んだらしい。
主従契約をすると何かが通じるようになるんだろうか。
気になるのは、フィアがリーカに懺悔室の説明をずっとしていた事だった。
「もし、1人だけ飛び抜けた時は必ず懺悔しなさい。みんな赦してくれるわ」
何の話なのかは分からなかったけど、リーカも厳しい表情だったから何か重要な事だったんだろう。
後で聞いても教えてくれなかったけど。
今日は魔法実技の授業に特別講師というのが来てくれるらしい。
おお!何だその響きは。ワクワクするなぁ。
何か特別って言葉が付くんだから、伝説の魔法使いみたいな人が来て、戦略級魔法とか教えてくれるんじゃないのかな?
実技室で先生達が来るのを生徒達みんな待っている。
「ワクワク」
「言葉に出して言う人初めて見ましたよ」
「だってさ、特別な講師だよ?どんな人が来るのか楽しみじゃん」
僕とリーカの話し声に、前の席のラルフが後ろを振り向く。
「ああ、そうだよな。僕も楽しみだよ、、、、なぁ、リーンハルト?クルルさんといつのまにそんなに仲良くなったんだ?」
え?仲良くなった?
そうかな。前からこんな感じじゃなかったかな?
周りからはどう見えてるんだろう。
「ロルフから見るとそう見える?」
「ああ。付き合ってるの?ってくらい急接近してるように見えるぞ」
「つき、つき、つき、、、ぽっ」
「ぽっ、って言うのもなかなか口では言わないよね、リーカ。ロルフは勘違いだよ、僕とリーカはそういう関係じゃないよ」
恋人の関係じゃなくて主従の関係ですけどね。
「何だ、そっか。つまんないなぁ。結構みんなそう噂してたんだけどな」
それは困るな。一緒に住んでるなんてバレたらもっと噂されそうだ。
お、先生が入って来た。
後ろから特別講師らしい人達が、おお?2人もいるのか?凄いな特別。
って、それ程特別じゃないや。
いや、ある意味、僕にとっては特別だけど。
そこに居たのは、騎士団のツィスカさんとヴォーさんだった。
「今日はリヴォニア騎士団からお二人が特別講師としてお越し頂きました」
「マルクス・ヴォーヴェライト5段戦術士だ。よろしく」
「フランツィスカ・ベルリヒンゲン5段魔道師です!皆さん、よろしくね」
おお、なんか懐かしいな。
相変わらずヴォーさんはダルそうにしてるな。
ツィスカさんはいつも通り元気そうだ。
「ああ!リンくん!久しぶり〜!あれれ?何で学園に居るの?だってリンくんはもう7段騎士じゃないのさ〜!」
まあ、見つかるよな。
でもこういう時って、もうちょっと大人な対応するもんじゃないのかな。
皆んなの前では知らん顔をしておいて、後で裏か何処かで改めて挨拶するとかさ。
ああ、周りから注目されてるな。
ざわざわと聞こえてくる。
(何だ?今7段騎士って聞こえなかったか?)
(聞き間違えだろ?あんなのが騎士なわけないぜ)
何とか聞き間違いって事で皆んな納得して欲しい。
ツィスカさんももう黙ってて!
「ええ?気付かない?ほら、ツィスカだよ?お姉さんだよ〜?忘れちゃった?一緒に馬車で揺られた仲じゃないの〜!命がけで助け合った仲じゃないのさ〜」
「おお?ホントだ、小隊長じゃねえか!ひっさしぶりだな〜。俺だよ俺!ヴォー様だよ!もう勲章2つ貰ったんだろ?なあ後で見せろよ」
ああ、もうやめて欲しい。
わざと気付かないフリしてるのにぃ!
まあ、こんな人達だったよね。
「ツィスカさん、ヴォーさん久しぶりです。積もる話はまた後で。今は特別授業をお願いします」
「おお!了解しました小隊長!かーっ、良いねえ!また小隊長の命令が聞けたぜ」
「うん!後でいっぱい話そうね。ツィスカはリンくんと話したい事たくさんあるんだよ」
きゅう。胃が痛い。
周りの視線も痛い。
隣のリーカの何故か熱い眼差しもよく分からないけど痛い。
ようやく特別講師の特別授業とやらが始まる。
もう早く終わらせてくれないかな。
たまにツィスカさんがこっちを見てバチバチウィンクしてくるのやめて欲しい。
「あー、まずは、、、、何すんだ?」
「マナの込め方とか?」
「おお、そうだな。それ行くか」
どうやらマナを溜める方法だかをやるみたいだ。
ツィスカさんがダミー君を引っ張り出して来ている。
「お、ダミー君だ。懐かしいな。何やっても壊れないからよく憂さ晴らしに思いっきり魔法ぶっ放してたっけ」
ヴォーさん、学生時代にそんな事してたのか。
「じゃあ、始めるか。まずはマナの込め方だ。授業じゃ精神統一してーだの、コップに水を溜めるイメージでーだの何とか言われるけど、軍だとそれじゃあ間に合わねぇ。実用的なイメージはな、風呂から桶で一気に掬う、だ。すでにお前らの体の中にはマナがいっぱい詰まってる。それを少しずつ取り出すんじゃなくて、ザブンと掬ってやりゃあ、一気に使える量が溜まるぞ。ま、やってみるか」
そう言ってヴォーさんはダミー君の方に向く。
「ゆっくり集中してマナを溜めるのも有りっちゃあ有りだ。こう、、、溜めて、、、撃つ!」
ゴン、という音がダミー君からする。
マナ弾を撃ったんだろう。
「そして、今度は桶で一気に掬ってみるぞ。いくぞ!そら!」
ゴウゥゥゥン
さっきより比べ物にならないくらいの大きな音が鳴り響く。
ダミー君も衝撃でグラングラン揺れている。
おおおお!
皆んな、ヴォーさんの実演に感嘆の声をあげている。
なるほどね、そういう僕も、そんなイメージでマナを溜めれば、時間短縮になるのなんて知らなかった。
ちょっと後で試してみよう。
「よし、そこのお前、前に出てやってみろよ」
「俺ですか?分かりました」
雷野郎だ。
ブリクスムの雷鳴が使えるんだから、それなりにマナを扱える筈だ。
「行きます!トオゥッ!」
ボウン
変な掛け声。
ダミー君の音も心なしかモヤっとした感じだ。
「そうじゃない。もっと一気にマナを集めるんだ。勝手に溜まるのを待つんじゃ無くて、自分から取りにいくんだ」
「ぐっ、やってみます。ドオウゥ!」
ボボン
ああ、マナが2回に別れちゃったな。
これって、結構難しいんだろうか。
僕も上手く出来るかな。
「速さは良くなったな。だが一纏めで掬わないとそうなるな。よし、なかなかセンスあると思うぞ?最初でそこまでできるなら、練習を積めばどんどん良くなる」
「あ、ありがとうございます!練習頑張って上手くなります!」
ほほう。雷野郎はお褒めの言葉を貰ったのか。
くそ、羨まし、、、くはないか、ヴォーさんからだし。
「じゃあ、次の奴、、、、。そこのお前、やってみろ」
僕かよ!うわあ、ヴォーさんニヨニヨして嫌な顔だ。
「ほれ、早くしろ学生君!諦めてこっちに来な!」
「うぐぐ、………はい………」
仕方ない、さっとやって次に行ってもらおう。
「じゃあ、やります。ふっ!」
ザブンと掬ってパッと放つ!
ゾッ
ん?ダミー君が居ない。
ああああ、しまった!またやってしまった。
マナの込め過ぎかあ。
加減が分からん。
あ、そうか、一気に掬うと、思ってたよりマナ量が増えるのか。
「小隊長、、、、何した?」
「いや、これは、きっとダミー君が古くなっちゃったんですって」
「ダミー君が古くなると破裂するっていうのはあるけど、中綿がモワッと出るだけだぜ?こんな、足首から上が蒸発するなんて聞いたことないんだが。どんだけマナを込めたんだよ、小隊長殿!」
「はははは、ヴォーさん冗談好きだなあ。あははは」
「それだと誤魔化せないとツィスカは思うんだよ。リンくん、やり過ぎはダメダメね」
はい。すみません。
周りからは、「なんだよあいつ、マナ量が桁外れなのかよ」とか、「なんであんな可愛い人と仲良いんだよ」とかこそこそ言われてる。
最後のは別にいいだろうよ。
「ああ。ダミー君が殉職されたので、次の行ってみようか。じゃツィスカ、よろしく」
「はいっ!よろしかれました!ツィスカは魔道士だけど、回復もできるので、今日は回復をやります!皆んな攻撃魔法とか派手なのばかりやるけど、回復は攻撃の友って言うくらい大事なんだよ?」
「それ誰が言ったんだ?」
「??ツィスカだけど?」
「あ、そう。あ、悪い、続けて」
「うん!それでね?回復をする時に大事なのは、相手の事を凄く思う事!これとっっっっても大事なんだよ!治したい人の事を一生懸命考えたら良く治るの!ホントよ?」
なんだ?急に精神論的な感じ?
ツィスカさんは意外と感覚派なんだろうか。
「やってみるね?あ、怪我が無いとだね。ヴォーさん怪我して?」
「出来るか!ダミー君でいいだろう?あ、小隊長が消し炭にしたんだった。しょうがねえな」
ううっ。すみません。
「あ!リンくんなら何とかできるかな?ねぇ、ダミー君回復出来ない?」
「ええっ?出来ない、、、と思うけど、出来るのかな?」
「やってみて、やってみて!あ、そうそう、相手の事をものすんごく思うの!これ大事!」
ダ、ダミー君の事考えるの?!
出来るかな。
また前に出て来てダミー君自体の回復を試してみる。
まあ、僕が消滅させちゃったから、悪い気もしてたし、ここはフルパワーでやってみるか!
目を瞑り、さっきのマナを桶で掬うイメージをやってみる。
マナはいっぱいあるんだから、どんどん掬ってみよう。
ザッブンザッブン。
おお!一気に掬えるもんだな。
あれ?なんか暑いな。
目を開けると目の前にキラキラと光る玉が浮かんでいた。
何だこれ?いやまあ、マナの玉なんだろうけどさ。
「リンくんそんなにマナを溜めて平気?戦略級魔法が起動できるくらいありそうなんだけど………」
そんなにか!
まあ、回復魔法だし、多すぎるって事は無いだろう。
欠損を回復する魔法がいいかな?
最近作った魔法を試してみよう。
あ、ついでにダミー君の事も考えてあげよう。
ダミー君!生き返って!と言うより跡形も無いから生まれ変わって!かな?
「ヴェルリーズンの反転!」
マナの玉らしき物がヒュッと無くなり、ダミー君があった辺りに集まりだす。
足元から、ジワジワと再生していく。
おお、面白い。
何となく下から順に転送されて来ているようにも見えなくも無い。
結構な勢いで再生していく、ダミー君。
あれ?ダミー君じゃないな。
ダミーさん?
さっきのボロボロのダミー君じゃなくて、丸みを帯びた女性タイプ?のダミーさんになった。
何で性別が変わるんだよ!
「これ、女性タイプだったんだな。最初は男女で区別は付くんだけど、魔法とか当たりまくって区別つかなくなるんだよ」
ああ、それが新品同様に回復しちゃったから元の容姿になったのか。
びっくりしたよ。
「上手くいきましたね。これで、元どおりです」
「元以上になったけどな」
「ふう、じゃあ僕は終わりでいいですね」
「はい!ありがとうございました!」
ん?今のツィスカさん?
ツィスカさんを見るけど、ブンブンと首を横に振っている。
ヴォーさんを見るけど、「何でだよ」と言われる。
そして、ダミーく、、さんを見る。
「回復してくれてありがとうございマス!お父サマ!」
ダミーさんが喋った?!
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