第五十一話 練習

シャッハ代表に選ばれた1年生は僕の他にフリーデとクリス、そして、ミスティルテインさんとリーカ、あとは雷野郎も選ばれていた。

雷野郎の名前を覚える気は毛頭ない。


今年は剣術学科の新入生が極端に少なく、魔法学科が異様に多いらしい。

例年それまではずっと、剣術学科が大部分を占めていたのもあって、学年によって偏りが激しい。


魔法学科の2、3年生はレクシーさんとヒルデさんだけで残りは全員剣術学科なのだそうだ。

だから去年までは魔法が使える選手がほとんどおらず、全く勝てなかったらしい。

今年の1年生は魔法学科に多く入り、これで勝てる!とヒルデさんが嬉しそうにしていた。


剣しか使えないポーン役はみんな剣術学科の人達で埋まった。まあ、それはそうだろう。

1年生から剣術学科は選ばれていないからポーンは全員2、3年生だ。


キングはレクシーさん、クイーンは何故かヒルデさんに決まっているらしい。

レクシーさんは実は魔法より剣の方が得意なんだとか。

なら何で魔法学科なの?と聞いたところ、「あの先生がどうにも合わなかったのです」と。全くもって同じ意見です。

ヒルデさんはあの感じなのに、意外にも回復師を目指してるのだとか。


「リーンハルトさんは、どのクラスがよろしいですか?」

「えっと選べるならナイトがいいですね。魔法と剣のどちらも使えますから」

「あら、でも、ナイトは馬には乗れませんよ?」

「元々身長の問題とかあって馬には乗れませんから。それに、馬より早く走れますしね」

「ふふふっ。リーンハルトさんっていつもそうやってみんなを楽しませてくれるのですね」


あ、いや、冗談で言った訳じゃないんだけど。まあ、いいか。

機動力からするとルークかビショップなんだろうけど、それより、魔法と剣の両方が使えるのは大きい。


フリーデは剣も馬術も長けていることからルークに、クリスは同じく馬術を一緒に習っている事からビショップになった。

ミスティルテインさんはルークを選んだ。

シャッハのルール上、ルーククラスは弓矢に持ち帰ることも可能だった為、ミスティルテインさんの得意な弓矢を選択することになった。

これも光る矢を放つ事で怪我をさせる事なくポイントだけを減らすことがができる。

リーカが魔法学科である事からビショップになり、というより余ったクラスに決まり、魔法も剣もできる雷野郎がナイトとなった。


ええ?!アイツと同じかよ。

まあ、初期配置が端同士だからいいけど。


これから毎日お昼の休み時間と放課後に16人が集まって、練習をするらしい。

困ったな。写本と勇者候補探しができなくなる。



放課後、競技室に集まったメンバーはここで練習をするのだけど、実際の競技に沿った練習は中々出来ない。

まず、光の剣シュトラールと、魔法を抑制するゲレートというリストバンドが手に入らない為だ。

これ自体が高価な物というのもあるけど、特にゲレートは悪用される為に、購入には厳しい審査が必要になる。


この王立学園は長年シャッハ弱小校だったため、学校からの予算もあまりなく、手間のかかる審査を通す気力もなく、4本のシュトラールと2つのゲレートしか保有していなかった。


「今まで魔法を打てる人があまりいなかったから、練習でもこの数で何とかなっていたんです。でも今年はこれでは足りませんね」

「せめてあと2つあれば良かったんですけどね。回復魔法はボクが掛けたとしても、害はないですし」


そうだ。剣しか使わないクラスは魔法を使わないようにすれば練習にはなる。

試合だとこっそり使えないように、ゲレートで制限するけど練習なら問題ない。

回復魔法もそうだ。体力とかが回復してしまう事自体は問題ない。


「あ、リーンハルトくん!それがゲレートですか?見せてください!」

「リーカ。はい。どうぞ」


2つあるうちの1つをリーカに渡す。

もう1つのゲレートはクリスがいじっている。


「おおおお!って授業用のとあんまり変わらないですね………」

「一番の違いは魔法を制限するところだからね。何か魔法を使ってみたら?」

「あ、今なら何やってもいいんですよね!ようし!………………………ファッケルの火!」


リーカが炎を出す魔法を唱えると一抱えもある炎の玉が出現し、目の前でゲレートをぶつぶついじっているクリスにぶつかる。


「うぎゃああ!すみません!すみません!王子殿下になんて事を!」

「………あ、ダイジョブだから………」


本当に何ともなさそうだ。

クリスはリーカと上手く話せないのかな?

同じチームだったのに仲良くなれなかった?

やっぱり一緒に食事とか遊びに行かないと距離は縮まないのか。


それにしても本当に魔法の威力が抑えられるんだ。

ちょっと付けてみよう。

リーカから借りてゲレートを左腕にはめてみる。



  ベゲークヌンク・ゲフェヒト

  所属:王立学園

  状況:待機

  クラス:ナイト

  ポイント:100pt



授業用のとは少しだけ違う表示なんだな。

お?



  ベゲークヌンク・ゲフェヒト


  このデバイスが、稼働中のアバターユニットに対して、機能制限ポリシーを構築しました。

  機能制限:マナ出力制限(最大20CP制限)


  この制限を許可しますか?


  [許可しない] [許可する]



おお、こうやって制限されるのか。

あれ?他の人はこれ聞かれてないっぽいよな。

みんなは自動で許可しちゃうのかな?

何で違いがあるんだか。

許可する、を押してみる。



  機能制限中:マナ出力最大20CPまで



小さくこんな表示がずっと出っぱなしになった。

これが出ているうちは魔法を撃っても誰も傷付けないという訳だ。


試しに魔法やってみようかな。

クリスにまた当てるのは流石にまずそうだから、というかここで誰か人に当てると気まずいような気もするから、競技室の壁に向かって魔法を撃ってみる。


「メールの水塊」


ビシャ


あれ?辺り一面水びたしになった。

と思ったら乾いてる。

魔法発動の見た目と音だけは実際の威力と同じように見えて、効果だけが20CP分に落とされるんだな。

これ、見た目が派手な魔法を思いっきりマナを込めて撃ったら、凄い見た目の割にほんのり暖か、とかになるのか。

面白い。

早く試合で魔法をバンバン撃ち合いたいものだ。



次に剣部隊のところに行ってシュトラールを試させてもらう。

ナイトクラスは魔法も剣もどちらも使うから大変だ。

シュトラールを持っても特にウィンドウは出ない。

光る剣身を壁に当てるとカツンと音がしてそれ以上剣は動かない。

感触としては金属製の剣と大差ないような感じだ。

それを今度は自分の腕に当てようとすると、腕の下にするっと通り抜ける。

ゆっくり剣を上げると腕と剣が重なり、腕を通り抜けているように見える。

これも面白い。


あ、これ制服もすり抜けてる。


「人が身につけている範囲までは、同一の物として認識するように設定してあるんだ。服やアクセサリーだな。手に持っているだけでは、身につけているとは判断されない」

「結構曖昧な判定なんですね。それなら剣同士なら打ち合いができるんですね」

「ああ、そうだ。こういう感じでな!」


おお?僕の持っているシュトラールに剣術学科の先輩が自分の持っているシュトラールを当ててくる。


キィィィンと高い音がして剣同士が跳ね返る。


「へぇ。今のに反応するんだ。シュトラールを叩き落とすつもりだったんだけどな」


この人は確か3年生のディートフリート・ブライトクロイツ。

男だから名前を覚えなくても良かったんだけど、一応シャッハのメンバーくらいは情報操作でメモしておいた。


「これならどうだ?」


まだやるの?

ディートさんがシュトラールをこっちにブンブン振ってくるから、こちらもそれに剣を合わせて防ぐ。

何でこう剣使いは打ち合いで相手と会話をしたがるかな。

この人だって、見た目は結構賢そうに見えるのに。

それにしても3年生ともなると、剣の扱いはかなり上手いように見える。

これだけ打ち込めるなら、剣士として実戦で活躍できるんじゃないかな。

あ、段々と剣さばきが重くなってきた。


「ゼェゼェゼェゼェ、何故だ!何故魔法学科の1年生がここまで出来るんだ。ゼェゼェ、今からでも剣術に移って来ないか?」


無茶言うなぁ。

あの先生がいる限り剣術学科に行く気は無いし、魔法の方が僕には合ってると思うから今のままでいいかな。


シュトラールの感覚は分かった。

ほとんど重さは感じないし、生物はすり抜けるから実剣とはかなり勝手が違うけど、まあ、魔法の補助程度と考えていればいいだろうな。



この学園内で本格的なシャッハの練習は無理なので、授業用シャッハで作戦とか配置とかを確認したり実際に動いてみて本番の動きを練習していく。

魔法は使えないからマナ弾を使うし、シュトラールも数が足りないから、柔らかいゴムの棒で代用した。


元々シャッハは万年一回戦敗退の常連校だけあって、練習方法もみんなよく分かっていなかった。

王都一、いや、王国一の大規模な学園なのに、シャッハに関しては王国内で下から数えた方が早いくらいの弱さなんだそうだ。

学園としても今年こそは何とかしたいんだと思うけど、それならもっとゲレートとかシュトラールを揃えてほしいものだ。

活躍が先か、環境整備が先か、なんてのはこの手のよくあるジレンマなのだろうな。

でも、活躍が先なんて奇跡的な事は滅多に起こらないんだから、環境整備が先なのは自明なんだけどね。

インフラ大事。


それでも、無い物は無い。

この環境でなんとかしないといけないんだ。

数日の間、足りないものは想像力と演技力で補って、実際のシャッハを出来るだけシミュレーションして、作戦を練っていった。

あの騎士団達の作戦の悪さというか行き当たりばったりより全然、格段に、こっちのメンバーの方がいい作戦を考えていた。

真実の書的には普通なんだけどさ。

それでも真実の書の知識を出してくる必要もなく、これなら勝てそう、と思う作戦や練習は出来たと思う。


せめて、一勝くらいはしたいよな。



シャッハの全国大会、本当はベゲークヌンク・ゲフェヒトの全国大会だけど、それが始まる。

まずは予選かららしいけど、まあ、なんでも同じだ。

我が校は弱小なんだから、どんな相手でも大して変わらない。

大抵の敵が格上校になる。


だからまあ、逆に気楽に楽しめそうな気もするけど。


会場は王都のすぐ近くにある小さな名もない森だった。

まずは王都内の学校だけで戦うこの予選を勝ち抜かないと全国大会本選には進めない。


「いよいよですね。リーンハルトくん!」

「お、リーカ。準備は出来た?」

「はい!ばっちしです!」


リーカはビショップクラスの為、貸し出されたゲレートを左腕に付けるのみだ。

僕はそれ以外にシュトラールも帯剣している。

馬部隊は試合開始直前に馬が貸し出されることになっている。

初対面の馬に慣れるのが大変そう。

ナイトクラスにして良かった。


「みなさん、これまでよく頑張って来てくれました。今年はようやくフルメンバーで戦えます。でも、、、そうですね、勝ち負けにこだわらず試合を楽しんみましょう」

「そうだ!アレクシア生徒会長の言う通り!ボクなんか昨日楽しみで楽しみで寝れなかったんだからな!」


ヒルデさんはみんなの緊張をほぐそうとしてるんだきっと。うん。


第1試合から我が校の出番だ。

相手はハイデルベルク魔法学校。

自軍の初期配置場所に順に並んでいく。


「ついてないな。去年の準優勝校だよ」


ディートフリート先輩が近づいてきてそう言う。

自分の持ち場離れないでよ。

と言うか男は寄らなくていいです。


「あの剣さばきを期待してるぞ。共にこの剣で勝利へ導こう!」

「は、はあ」

「大丈夫!心配しなくとも、我が校は剣術が優秀と噂されているくらいなんだ!」


はやくあっち行かないかな。

1人で気がすむまで話したらディート先輩は持ち場に戻っていった。

悪い人じゃないんだけどね。


「大変でしたね」

「ああ、リーカ。馬は慣れた?」

「はい!この子可愛いでしょ?素直に言う事聞いてくれるんですよ」


ルークとビショップ部隊は馬の機動力を生かして、敵陣深くに切り込むことになっている。

戦力が分断されるのはどうかとも思ったけど、初撃を加えたらすぐに戻って歩兵部隊と合流するから、まあ大丈夫だと思う。


「毎日練習頑張ったんですから、いけますよ!お陰で写本を探せなかったのは痛いですけど、でも、その分この試合で勝てば報われるはずです!」

「ああ、そうだね……………。え?写本?」


写本ってラーシュ写本?


「あ、試合開始みたいですね。じゃあ、私は奇襲に行ってきます!」

「リーカ!待って!ちょっと話を!」


リーカがラーシュ写本を探していたの?

気になる!

ナイトはここでしばらく待機だけど、ダメだ!気になって仕方ない!追いかけよう!

僕は周りに誰もいないのを確認したら、馬で駆けて行ったリーカを追いかけるべく走り出した。

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