第五十話 本物のシャッハ

言っていることが本当なのかとか、この人が何者なのかとか、色々気になることは山積みだけど、ひとまずこのミスティルテインさんのやりたい内容は分かったつもりだ。


この人はアールブの民であるらしく、過去、天使にアールブの民が酷いことをされたから、天使やその仲間の精霊達に仕返しがしたい、と。

まず、アールブの民が分からん。

アールブ族っていう事だと思うけど、そんなの聞いたことがない。


真実の書の知識としてはあるんだろうか。

えっと。お、あった。


古エルフ族の呼び名。または、エールブ族。

すでに滅亡している。


…………これだけ?

もういない種族だから情報が少ないのかな。

まあ、ありもしない想像の種族をこの人が言っているわけじゃないのは分かった。

でも、滅んでるならこの人はこの種族じゃないよね。

可能性としては、実は生き残りがいて、それがこの人って事だけど、そう言えばエルフは長生きだったような。


「あの、ミスティルテインさんはおいくつなんですか?」

「アールブの民は長命。いにしえの時代より生き、今年で齢2537歳。数字を全部足すと17。だから、今年17歳」


本当は17歳で合ってるんだろうか。

それとも2537歳が実年齢?

そっちが本当なら、生き残りでも間違いではない。


「他にアールブの民はいないんですか?」

「我は孤独。アールブの民は既に我のみ。ちょっと寂しい」


あれ?まずいぞ。

聞けば聞くほど、この人が本当の事を言ってるんじゃないかって気がして来た。


邪眼だの、下から付けて来たのを見破っていただの中途半端に嘘が入るから分かりづらいんだよ。


「天使や精霊に嫌がらせをして、どうしたいんですか?」

「我らアールブの民も精霊の一つだった。それをスファレライトがアールブの民から精霊権限を無理に剥奪して、自身の部下に分け与えてしまった。精霊権限の無くなった民達はその特権の長命が無くなり、寿命で亡くなってしまった。だから、せめて一矢報いて皆の弔いの代わりにする」


そうなのか。

あれ?スファレライト?どこかで聞いたような。


「スファレライトは神。触れる事すら出来ない。だから、せめて、スファレライトが使役している天使や精霊に嫌がらせをして、間接的にスファレライトに仕返しする」


あ、スファレライトって僕の運命を奪ったヤツか。

忘れない内に情報操作でメモっとこ。


「我はその頃、精霊の仕事中に生命の木の根っこを9割方腐らせると言うほんの些細な不祥事にて、200年間の封印刑を受けていて免れた」



生命の木、この世界のあらゆる生き物の命を司る木。

この木によって命が吹き込まれ、生き続けることが出来る。

一時期、この木の92.4%の機能が失われ、全生命体の滅亡の危機に陥ったが、残り7.6%だった機能は現在34%程度までに回復している。



危なかったんじゃないか!

ミスティルテインさん何やってるのさ!

これあれだ、歴史の授業で習った凍結期とか言うヤツだ。

遥か昔に人も動物も植物もほとんどがいきなり凍りついたという時期があったらしいけど、その原因がこの人だったんだ。


まあ、この人のやりたい事は分かったし、多分他の事も大体本当の事なんだろう。

悪事の書かれた本で仕返しがどれだけ出来るか分からないけど、まあ、スファレライトの敵という事は、勇者候補ではないのは確実だ。

放っておいても問題ないと思う。


「あ、じゃあ、僕はこの辺で。仕返し頑張って下さい」


えっと、裾掴まないで。

ちょこっと掴むんじゃなくて両手でワシって掴んでるし。


「ここまで話したからには、一心同体共犯者。我が捕まったら主犯はこの人って言う」

「うわぁ、最悪だこの人。自分でやろうとしてるんでしょ?最後まで責任持ってやってよ」


手を振りほどいて図書館塔から逃げ出す。

ああもう、関わるんじゃなかったよ。

上の方から「またひとりはいやだー」とか聞こえてない。ないったらない。


しかし、スファレライトか。

色んなところで悪事を働いてそうだ。

最近起きてる精霊が悪さしている、というのもコイツのせいなのだろうか。


勇者候補も見つからないし、そもそもラーシュ写本も無くなったままだし、どうにも手詰まり感が滲み出て来ているなぁ。



中等部棟に戻って来たけど、もう今日は図書館塔には行けないしどうしようかな。

たまには家に帰ってのんびりしてようかな。

最近、マルモとブロンとも遊んでないし、今日くらいいいよね。


「おい!そこのお前!」


ようし、たまには兄ちゃん思いっきり遊んじゃうぞ!


「ちょっ、待てって、おいって!」


さあ、何して遊ぼっかな。今から考えておかなきゃな。


「待って、待ってください!お願い!ねぇってば!ううっ。ぐすん」


くっ。泣くなんてずるいぞ。そんなタイプじゃなかったでしょ?

仕方ないので振り向いてあげる。


「何の用ですか?ブリュンヒルデさん」

「ああ、良かったぁ、返事してくれたぁ、ぐすんぐすん」


用があるなら早くしてくれないかな。

特に用事はないけど、早く帰って遊ぶんだから!


「あの?ブリさん」

「変な略し方すんな!」

「ええ?!じゃあ、ブヒさん?」

「悪化っ!!ボクの事はブリュンヒルデかせめて、ヒルデって呼んで!」

「ワガママだなぁ。ヒルデさん?」

「今のはワガママって言わなくない?!」


話が進まないなぁ。

まあ、僕がヒルデさんをからかってるってのもあるけど。


「それで?何用ですか?」

「うううう。昨日アレクシア会長に言われて、お前を誘いに来た!」

「え?僕を誘いに?僕の事好きなんですか?」

「す!?そんな訳ないだろ!大体ボクはアレクシアさんが、って何言わせるんだ!」

「早く用件を言ってくださいよ」

「うぐぐ。我慢しろ、アレクシアさんに頼まれたんだ、我慢だ。おほん。お前を本校のシャッハ代表として誘いに来たんだ」


へ?シャッハ代表?

あのシャッハ?マナ弾ビョーンの?


「お断りします。じゃ」

「待ったー!!何で意地悪するの?ボクの事嫌いなの?」


だって面倒そうじゃん。

レクシーさんは生徒会に誘うのは諦めたかと思ったのに、今度はシャッハか。

生徒会って意外と暇なの?


「僕はシャッハなんて全然上手くもないので、役に立たないと思います。それでは失礼します」

「待って!なんですぐ帰ろうとするの?!お前、シャッハでトップの成績だったんだろう?毎年1年生の中から上位者を誘う事になっているんだ!それに、お前はアレクシアさんが何故か絶対に連れて来いって、言ってたからここで断られる訳にはいかない!」

「あまりそういう事を大きな声で叫ばないでくださいよ」


ニヤ


え?何その顔。


「そうかぁ、そうねぇ。すううぅ。捨てないで!ボクの事捨てないで!何でもするから!あれだけボクの事好きって言ってたじゃないの!」

「ちょっ!何言ってるの!?待った、待った!ええ?!急にどうしちゃったの?」

「あんなに愛してくれてたのに!ボクの事裏切るの?」

「分かった!分かったから!付いていくから!話聞くからちょっと黙ろうかな」


この人何なの?

捨て身が凄すぎる。


「ふっふっふっ。どうだ。このボクの作戦は。名付けて、騒いで恥ずかしがらせて言う事聞かせろ作戦!略してSHY作戦!」

「もう何でもいいですよ。どこ行けばいいんですか?競技室ですか?」

「?何を言ってる?ウチの競技室でシャッハができる訳ないだろう?生徒会室だ」


え?この人こそ何言ってるの?

授業でシャッハやってるじゃない。競技室で。

やっぱりちょっとおかしい人?


「シャッハの代表なんですよね?競技室じゃないんですか?」

「??ああ!授業でやるシャッハは誰でも出来るように簡単なルールになってるんだ。普段の練習用としてだったり、作戦を立てる時に使ったりはするけどな。本当のシャッハは剣と魔法でバリバリ戦う」


え、そうなの?剣と魔法って死傷者でないの?


「ま、あとはアレクシア生徒会長の話を聞いてからだな」


そう言ってヒルデさんは生徒会室の扉を開く。

部屋の中ではニッコニコのレクシーさんが待ち構えていた。


「どうも」

「きっと来てくださると信じてました」

「そりゃあんな捨て身殺法されちゃ敵いませんよ」

「捨て身?」

「ヒルデさんは僕に捨てられたくないんだそうですよ」

「ヒルデ………。あなた手段を選ばないのね」

「いやぁ、そんな照れますね」

「ヒルデさん、褒めてないですよ?自分の身を削ってまでやるとはレクシーさんも思ってなかったんじゃないですか?」

「自分の身?」


あれ?この人、気付いてないの?


「あれだと、ヒルデさん、僕にベタ惚れしてることになっちゃいますよ?」

「?!?!」


おお、顔が見る見る内に真っ赤になっていく。面白い。


「ま、待って。あれはだって、お前のこ、事を………。ボクがお前を?ボク、お前が好きだったの?」

「いや、違いますよ。なんでそっちに引っ張られるんですか」

「そ、そうか。ちょっと自分で言っててびっくりしてたんだ」


おっと、レクシーさんから冷たいマナが流れ出して来ている気がするぞ。

放っておかれると拗ねるタイプか?


「ヒルデさんがしばらくは恥ずかしい目に合うのはもう良いとして「よくない!」おほん、良いとして、それで、シャッハの?代表ですか?」

「ええ、ヒルデが恥ずかしい思いをしてまで誘ってくれたのは、シャッハの代表になって欲しいという話の為なのです」

「アレクシアさんのイジワル〜」


レクシーさんも乗ってくるとは。

そろそろ本題に入らないと話が進まなそうな気がする。


「授業のシャッハとは違うって聞いたんですけど」

「ええ。あれは、基礎ルールを学んだり、試合の仕方に慣れたりするためのものです。本物のシャッハは剣と魔法を使って、外の大きな敷地で戦います」

「それだと、怪我したりしませんか?だって剣と魔法ですよ?」

「ああ、それはだな。剣はシュトラールという特殊な剣を使うんだ。これは、石や土、金属なんかには当たるけど、生きているものは素通りしてしまう光の剣だ!これなら誰も怪我をすることはないんだぞ!」


なるほど。そんなのがあるのね。


「魔法の方はだな、ゲレートという、ああ、これは授業でも似たものを付けているはずだよな。本物のシャッハはゲレートという名のリストバンドを付けるんだけど、それが、魔法の効果を落として人畜無害にしてしまうんだ。どれだけ強い魔法でも、火の魔法ならほんわか暖かいなぁ、くらいになってしまう」


そんなのあるなら戦争で使えば無敵なのに。

何か制限でもあるのかな。


「ま、とにかく実害の無いように工夫してあるから、剣と魔法を思う存分使っても誰も怪我せずに戦う事が出来ると言うわけだ」


他にも授業でやったシャッハとは大きく違う部分があった。

役はキングとクイーン、ナイトだけだったのが、ルーク、ビショップ、ポーンという役が増える。


大まかなルールは以下のようになっている。




試合は実際の市街地や森林などを利用し、最低でも一辺が4ハロン以上の広さを有する会場で行われる。

剣や魔法により相手のポイントを減らして、0ポイントになればその相手は退場となる。

剣を振るう強さや魔法の強さにより、減るポイントは変わる。

キングを倒すか、キング以外を全て倒せば勝利となる。

戦術級、戦力級などの大規模魔法や致死性や後遺症の残る魔法は禁止となる。


各クラス(役)の特徴は以下の通り。


キング 1人

剣のみ使える

徒歩で移動

初期ポイント300pt


クイーン 1人

回復魔法のみ使える

馬で移動

魔法は反射する

(試合開始時にシュピーゲルの反射という魔法をスタッフにより掛けられる)

初期ポイント200pt


ルーク 2人

剣のみ使える

馬で移動

初期ポイント200pt


ビショップ 2人

魔法のみ使える(回復魔法は使えない)

馬で移動

初期ポイント200pt


ナイト 2人

魔法と剣が使える(回復魔法は使えない)

徒歩で移動

初期ポイント100pt


ポーン 8人

剣のみ使える

徒歩で移動

初期ポイント100pt


ベゲークヌンク・ゲフェヒト国際連盟試合要綱より抜粋




かーっ!面倒!

何これ!

授業のシャッハも面倒だったのに、本物もっと面倒!


これ以外にも、誰かを怪我させたり、死に至らせた場合は即刻失格、とかスキルは事前に申告したものであり許可が下りたものでないと使えないとか、細かなルールはあった。


まあ、そんなルールもだし、これからこれを僕がやんなきゃいけないって言うのも含めて。面倒だ!

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