第四十八話 探す者

とにかく、探してみよう。

一番上の階は見たから、下の階へと順に見ていくしかなさそうだ。


一つ下の階は真ん中が吹き抜けになっているから、一階までが全部見渡せる。

こう上から覗き込むとほとんどの階の大部分が見える。

だからと言ってここから本棚に入っている本が見えるわけじゃないから、ここで一気に探すなんて出来ない。

そもそもそんなに遠くまで見えないしね。


階段を降りた辺りから本棚を見て回る、この階より下の本は背表紙がこちらを向いているので、探しやすくはなっている。

いや、むしろ上の目録の方が統一されているから、探しやすいのはあっちの方か。


ラーシュ写本。

真実の書を書き写したマグヌス写本をさらに写本した物。

全てを写さずに、部分的に写本する事で写本時に発生する原因不明の書き写し間違いを出来るだけ無くしたもの。

外観は赤茶の革に金の文字でタイトルが書かれた装丁がされている。

全6587ページ。

これを読むためには、ある一定のレベルか魔法技術、または専用のスキルなどが必要になる。


というものか。

見た目は良くある色だからそれだけだと分かりづらいな。

分厚くて、赤い本、背表紙のタイトルは金色。

まあ、これで見ていくしかない。



無いな。

レクシーさんも一緒に探してくれたけど、上二階にはラーシュ写本は無いようだ。


「手伝ってもらってすみません。お昼終わっちゃいますね」

「いいんですよ。私は好きでしているのですから」


え?あ、ああ、好きって、好んでしているって意味か。

焦った。また告白かと思った。

そんなはず無いだろうに。

最近どうも変な勘違いしやすくて良くない!

大体こんなキレイなお姉さんが僕のような子供をどうにか思うなんてはずが無いんだよ。


「どうしました?」

「あ、いえ。そろそろ帰りましょうか」

「はい。途中まで一緒に行きましょうね」

「あ、は、はい」


お昼の間には見つからなかったから、放課後また来て探してみよう。

中等部棟に入って、1年と3年とで行き先が別れる所までずっと隣をレクシーさんが歩いている。

そりゃ周りは見るよね。

入学試験前にこうやってレクシーさんに連れて来てくれたのを思い出すよ。


「アレクシア生徒会長!今までどこに行かれてたんですか!」

「ヒルデ。こんにちは。少し用事があって図書館塔に行ってました。ヒルデは私に何か用事でもあったのですか?」

「あ、いえ、特には無いのですが、お昼をご一緒しようかなと思っただけでして」

「大変!それなら、ヒルデはお昼を食べていないのですか?」

「あ、流石に食べました。ただ、中等部棟の何処にも居なかったので、ちょっと心配になって探していたんです」


レクシーさんより年下、つまり2年生だと思われる女子生徒がレクシーさんに駆け寄って来て話しかける。

短めの髪に褐色の肌が健康そうな人だ。

運動するのが得意だ!というのが全身から滲み出している。


「それで?この子供はどうしたんです?初等部、、、では無いのですね。中等部の制服を着てるし。も、もしかして、アレクシアさんと、この子供と今まで一緒だったんですか?」

「え、ええ。その、秘密です」


え?なんで秘密にするの。

余計怪しまれるじゃないですか!


「あ、あ、あれですよね!近所の子供を預かってるとか、親戚の子とか、そう言うのですよね!」

「ヒルデ。内緒なの。だから、その、ヒルデも見なかった事にしてくれませんか?」

「あ、あううう。そんな、アレクシアさんに限って、こんな子供とぉ!」

「ヒルデ?変に勘違いしないでね?このリーンハルトさんと二人で図書館塔の本を探していただけですから」

「二人っきりで、図書館デートぉ!もうダメだぁ!うぐぐぐっ。こうなったらこの子供を抹殺するしかない!」


物騒な人だな。

不意打ちを食らってもこの人に負ける気はしないけど、女子に命を狙われるのは勘弁してほしい。

あ、誰からでも命を狙われるのは嫌か。


「ヒルデ。この人に何かしたら許しませんよ?分かってますね?」

「はははははいぃ!わかわかわかってますとも!いやぁ、お前!よく見たら可愛い顔してるじゃないか!なあ!」


そう言ってヒルデさんとやらは僕の肩に腕を回して、首を絞めるようにギュッと引き寄せる。

色々困るからやめてくれないかな。


「ヒルデ。分かっていないようですので、身をもってわからせる必要があるようですね」


こ、怖い!

ヒルデさん、そうっと腕を外して、そうっと離れていく。


「ボ、ボク、用事あるの思い出しちゃったなあ!アレクシアさんまた来ますね!じゃっ!」


わあ、撤退は見事だなぁ。


「ごめんなさい。あの子は悪気があるわけでは無いのです。許してあげてね」

「は、はい。もちろんです」

「ふふっ。あの子は2年生のブリュンヒルデ・エーデルマンと言います。生徒会の書記をしてもらっています。また会ったら仲良くしてあげてくださいね」

「は、はあ」


さっきの様子だとあまり関わりたく無いと言うのが率直な感想だ。


廊下でレクシーさんと別れると一年生の教室はすぐそこだ。

ここでは学年が上がると上の階に移っていく。

自分の教室に入ると、クラスの人達に物凄い勢いで見られた。

な、なんだ?

気のせいかと思って、席に向かうと視線も一緒に付いてくる。


「な、なあ、リーンハルト。君はさっきのあの人と知り合いなのか?」


ロルフが真剣な表情で話しかけてくる。


「え?ああ、うん、そうだね」

「そうか、僕は初めて本気で人を尊敬したのかもしれないよ」

「??そう?」


なんのこっちゃ。



授業がすべて終わって放課後。

また、図書館塔で写本を探す。

レクシーさんは流石に来ていないから一人で捜索だ。

その方が気楽でいい。

あの人、本を探す場所が近いんだよ。

こんなに広いのに、ずっと手が触れるくらいの場所にいるんだもん。

たまにトンッて肘を当ててくるしさ。

どう反応していいか困るんだよ!



今は上から3階の所を探している。

流石にこの階は広さが増してきて、本の数も一気に増える。

この中に紛れた一冊を探すのは一苦労だよ。

何かスキルで、パパパーッと探せないかな。

ああ、こんな時にあのスキル一覧の本があればな。

あ、ここならあの一覧の本もあるかも?

よし、それも同時に探しながらでいこう。


ん?階段を上がってくる靴音がする。

レクシーさんかな?放課後も付き合ってくれなくてもいいのに。

手すり越しに下の方の階段を見る。

女生徒なのは分かるけど。

髪の色、違うな。

レクシーさんじゃないや。

この感情はどっちだ?

ホッとした?ガッカリ?

いや待て!レクシーさんじゃないなら、ここを上がってくる人は勇者候補の可能性があるんじゃないの?


か、隠れよう。

って何処に?

とにかく下の人が上がってくる階段とは反対の階段に行き、そこの本棚の隙間に体をねじ込む。


見た目に反してすっぽりと入るもんだ。

円状に棚が設置してあるから、隙間は狭くてもその奥は意外と広い。

階段の影になるのでこれなら反対からは見つからないだろう。


来た!

女生徒がこの階にまで上がってくる。

誰だ?


あ、ベルシュ?

シャッハで同じチームになったベルシュ・ミューエだ。

シャッハチームのメンバーは覚えているうちに情報操作で書き込んでおいたから確かだ。


この階にまで上がると辺りをキョロキョロ見渡している。

そして、こちらを向いてじっと見つめ始める。

バレてる?

まずいか?

あ、いや、そのまま、上に行く階段へ登っていった。

ふう。


まだ、ここからだと上から見えてしまうから動けない。

ベルシュが一番上の吹き抜けが無い部屋に入るまで我慢だ。

その一番上に上がる階段の途中でベルシュが立ち止まる。

………ああ、疲れたのね。

まあ、ここまでかなりの段数を上がって来てるから仕方ない。


よし、上の階に入った。

隙間から、よいっっしょっと、出たらすぐ前の階段を一つ上がる。

最後の階段は一つしかないから、ベルシュが上がった所から上に行くしかない。

でも、あの部屋は小さいし、階段は良く見える所にあるから、上まで行くのは難しいだろう。

階段を少し上がった所から聞き耳をたてる。


(あったあ!これだ〜。ようやくみつけましたよ〜。これで知りたかった事が分かります〜)


え?ラーシュ写本?

あったの?

それに今の時期に写本を見に来たんなら、ベルシュが勇者候補?


(ああ!読める!これで目標達成できそうです!神様!やりましたよ私!)


やっぱりそうだ!

あのなんちゃらって神に唆されて写本を読みに来たんだ。

どうする?

こうなったら、ここで、ベルシュを押さえてもう写本を読めないようにすれば、勇者復活を阻止できる筈だ。


クロと繋がってる僕にバレたと分かれば相手の神も観念するだろう。


階段を上がりベルシュの所に行く。


「ベルシュ!そのまま動くな!」

「え?え?え?何何何?リン様?」


その呼び方、定着してるの?

いや今はそれはいい。


「ベルシュ!その本を置いて両手を上げるんだ!」

「は、はいぃ!?これ、何?新しい愛の形?」

「何を言ってるんだ………。ん?その本は、、、ちょっと見せて」

「ど、どうぞ。私は命じられるまま手を上げて、恥ずかしい姿を晒していますぅ」


本当に何を言ってるんだこの人は。

ベルシュが手を上げた事で書架から鎖でぶら下がってしまった本を持ち上げ、表紙を見てみる。


『宝石と鉱石のすべて 神の宿る石』


違う。

ラーシュ写本じゃない。

じゃあ、さっきの独り言はなんだったんだ?!


「ベルシュ、君に聞きたい事が山ほどある。君は、あ、もう手を下ろしていいよ。君は、ラーシュ写本を見ていたんじゃないのかい?」

「もう、恥ずかしいポーズは終わりなんですか?そうですか………。ラーシュ写本?いえ、そちらのその本がどうしても見たくて来たんです」


この本、ただの宝石の本だよな。

中を開いてみると、神話に出てくる神々の名前とその象徴たる宝石が美麗な図解で書かれていた。

神の解説本の方だったのか。


「これを見てどうするの?」

「あ、いや、その、それは乙女の秘密と申しますか、それは流石のリン様でも、、、ほっぺにチュウとかしてくれたら、教えてもいいかなあ、、、なんて」


これってさあ。

もう似てるとかじゃないよね。

ラナそのものだよね。

ん?ベルシュは小さめの男子限定じゃないのか?

いや、そこがポイントじゃないな。

この、なんというか、話してると自然と空気が砕けていくこの感じ。

ラナだけじゃなくて、フィアもマルモもブロンも同じだ。

何故かレティもだけど。


「ねぇ、ベルシュ。君はエルツ族だね?」

「!!!ちちちちちち、ちぎゃいみゃす!!そそそ、そんな事あるはず、にゃーでよ!」


その動揺が肯定になるんだけどな。

分かりやすくて話が早い。

でも、是非、団長さんの駆け引きとか習って欲しい。


「心配しないで。僕はこの王都にエルツ族の知り合いが4人いる。君の事も誰かに言うつもりはない。あ、その4人には言うかもだけど」

「え?4人、も?だ、誰?チーちゃん?むっにゃん?めへへれちゃん?」


その呼び名は合ってるの?それともさっきみたいに噛んだだけ?


「フィア、、、ザフィーアとかグラナトって知ってる?」

「知ってるうう!フェルゼンさんだぁ!懐かしいぃ!」


フィアはやっぱり呼び方はフェルゼンさんと呼ばせてたんか。


「あとは小さい子だから知らないかもな。それで、君はこの本で何をしようとしてたんだい?」

「それは、エルツ復興の為です!私達エルツは信仰する神様のお声が聞こえなくなっているんです!ご神託?って言うのが得られなくなって、この先、エルツがどうすれば人族から解放されるのか、神様からのお声を聞きたいんです」

「また、遠回りなやり方だね。まあ、それはいいとして、それで、何でこの本なの?」

「どの神様がいつエルツの神になられたのか、そして、エルツの神そのものではなくても、天からエルツをご支援してくださる神様がどなたなのかが、エルツでは失伝してしまっているのです!」


そうか、散々人族に追いやられて、伝承とか、そもそもエルツが持っていた書物自体も無くなってしまっているんだな。


「ですが!人族の貴重な書物の中にはこの本があるって噂を聞いて、これを読む為に学園に入って来たんです。確実にあると分かったのがこの学園だったので」

「そうか、見に来た理由は分かった。それで、この本を読んで、分かったの?エルツに友好的な神様とかって」

「あ、はい。さっきチラッと見たら、カルサイト様とかがお優しい女神様で、もしかしたらご神託をくださるのではないかなと」

「おお、カルね。彼女なら優しいから色々助けてくれるかもね」


クロはご神託を考えるのに一日中考えそうだな。

変にカッコつけて余計に分かりづらくなるって言う。


「あ、あの?その口調ですと、カルサイト様とお知り合いみたいに聞こえるんですけど」

「聞こえるも何も知り合いだよ?ついこの間知り合ったばかりだけどね。あ、でもカルの方は僕の事をもっと前から見てたんだってさ」


そうなんだよね。もしかしたら、僕の事を………。

いや、やめておこう。つい最近同じような事があって、反省したばかりじゃないか!

僕の事を恋愛的に考えてくれてるのは、一部のマニアな人とか、婚期に焦ってる人とか、その辺りだけだからね。


「ああああの!カルサイト様からお言葉を賜るとか出来るんでしょうか」

「え?どうだろう。前話した教会に行けば話しかけてくれるのかな?確実な事は言えないけど、試してみたら話せるかもね」

「お願いしますぅ!私、エルツの為に一人ビクビクしながら、騙し騙しここまで来たんですぅ!ご神託を賜るまでは国に帰れません!是非、あ、是非とも!カルサイト様との謁見をお願い奉れないでしょうか!」


その言葉の用法あってるの?

まあ、教会に連れて行って話しかけてみるくらいならいいか。


「分かったから、ちょ、ちょっと両手をついて額を床に擦り付けないで!分かったから!連れてく!カルに会えるかもしれない教会に連れてくから!」

「ありがたや〜ありがたや〜」


いや、だから合ってるのその使い方。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る