第十話 誘い

翌朝、レティは昨日までの休暇が終わり、ギルドに出勤していった。

すぐに僕もギルドに行って、クエストの受付用紙を出しに行くと、受付がレティだった。


「えっと、なんだか照れるわね……。はい、これ。会員証とクエストカード。無理しないでね。危なくなりそうだったら、すぐに引き返すのよ?お弁当持った?ハンカチは?」


母親かっ!

いや、まあ、心配してくれてるんだろうけど。


あと、多方面からの視線が突き刺さる。

後ろからは、何俺のレティシアさんに馴れ馴れしくしてるんだ、と声が聞こえそうなくらいのものが、横からは隙間からエミィさんの、え、何、リンくんとレティの関係って何なの、という少し淀んだものが刺さっている。


レティがギルドの姫とか呼ばれて、ファンも大勢いるっていうのは、話半分で書いていたけど、本当に人気があるんだな。


居心地の悪さと、レティ相手の気恥ずかしさから、早々にギルドを出た。

ギルドの扉から出て、さあ、行くかと考えていたら、扉の前にあの女の子がいた。

推定、他種族の姫様のあの子だ。違うかもしれないけど。


「……、そんなにわたしのことを追いかけ回して…もしかしてストーカー?」


いや、違うでしょ。僕、ここから出て来ただけでしょ。

何なの?あの時、押し倒しちゃったの、まだ根に持ってるの?


「わたしのことが気になるなら、少しなら教えてあげなくはないから、代わりに誠意をみせてくれないかしら」


これ、たかられてるのかな。

もしくは恐喝?


「何を教えてくれるのかな?」


一応のってあげた。


「わたしの真の名を。本当は秘密だけど、あなただけに教えてあげるのよ。その対価に金貨5……、3枚は必要よ」


高いよ。名乗っただけで、半年分の家賃が稼げるなんて、どれだけ高貴なお名前だよ。しかも、真の名って。

ん?もしかして、本当にそれだけ価値のある名前の人だったりして。ちょっと気になるな。


「えっと、銀貨3枚位なら出せるけど」


ものすごく値切ってみた。

99%引きだ。


「ザフィーア=フェルゼン=シュタインよ。友人はフィアと呼んでいるけど、あなたはフェルゼンさんとでも呼んで。シュタインさんとは呼ばないように」


大幅値引きでも良いんだ。

しまったそれならもっと値引きすれば良かった。

それにしても、家名が二つある?

この国にしては、変わった家名だし、やっぱり他の種族なのかな。


「早く対価を差し出しなさい。わたしの真の名を知ることができたあなたは、これから幸せが訪れるでしょう。だから、少し上乗せしなさい。具体的には、大銀貨1枚」


上乗せの方がはるかに多いですよ。

フォルク銀貨を3枚手渡そうとすると、不思議そうな顔をされた。


「ライヒェン銀貨ではないのは、何故かしら。わたしの高貴な真の名には、信頼が置けないとでも言うのかしら」


フォルク銀貨とは言っていないけどさ。

何でそんなにお金が必要なんだろう。


「何か欲しい物でもあるのかな?」

「ええ、そうよ。あなたが買ってくれるの?ライヒェン金貨5枚と大銀貨3枚よ。嬉しいわ。お礼にわたしのことをフィアと呼ぶことを許してあげるわ」


僕が代わりに買うとは言ってません。

それにしても、かなりの高額なものだな。

ここまで具体的なんだから、本当に欲しい物があると言うことか。


「何を買いたいの?宝石とか、魔道具とか?」

「宝石…。ふっ、そうね、そうとも言えるかしら。そうよ。わたしはその宝石をどうしても手元に置きたいの。そのお金を出してくれるなんて、あなたの事を見直したわ。わたしの事を親しみを込めて、フィーちゃんと呼んでも構わないわ」


だから、買わないって。

そんなに欲しい宝石って、どんなものなんだろう。


「お金は出さないけど、どんな宝石なのか教えてくれたら、何か手伝えることがあるかもしれないよ。もし、とても大事なものなら、クエストの手伝いくらいならできるよ。その方が達成しやすくなるだろうしね」

「はぁ。そう。あなたもやっぱり他の人と同じなのね。

わたし目当てで手伝いをされても、わたしにその気はないから。話しかけて悪かったわ。もう、声を掛けないから安心して。さようなら」

「うわあっ!ちょっと待った!キミ目当てとかじゃないから。知り合いが困っているのを見過ごせないだけだから」

「わたしに興味がないですって?そう、あなた、同性にしか興味が無い人なのね。なら安心かしら」

「違うから!ちゃんと女の子が良いから!」

「堂々と女の子を狙っている宣言かしら」


ううっ。また焦って変なことを言ってしまった。

それでも、「まあいいわ」と言ってくれて、一緒にクエストをすることになったからいいか。

なんで僕はここまでして、この子の手助けをしようとしてるんだろう。

自覚してないけど、やっぱりこの子目当ての気持ちがあるんだろうか。

それか、この冷たい目で睨まれるのが、癖になってるとか。

いやいや、そんな趣味無いはずだよ。たぶん。



フィアが欲しいという宝石を買う為に必要な、ライヒェン金貨5枚と大銀貨3枚を稼ぐ為、僕たちは臨時のパーティを組んだ。

パーティといっても、単に行動を共にするだけだ。

本格的に組むなら、クランという形でギルドに登録して、専用の通帳やクラン証などを発行してもらう。

少しの間だけなので、そこまでしなくてもいいだろう。


「キミ、ギルド会員証持ってないよね。あ、それは別に大丈夫だよ。昨日みたいに僕の会員証と通帳を使えば良いし。昨日はニクロムヘビを取ってきていた位だから、戦うのは問題ないかな。クエストの受付はもうしているから、早速行ってみる?」

「本当にあなたはわたしに興味が無いの?今まで、そういう人たちばかりだったから、逆に不安だわ。信じて良いのかしら?」

「信頼してもらうためには、今後の態度で示すよ。それに、誰かと一緒に戦うというのは、良い経験になると思うよ。お互いにね」

「……。あなたいくつなの?本当はおじさま級?」

「失礼な。10歳だよ。見た目通りであってるよ」

「歳下だったの…。わたしは12よ。女の子に歳を聞くのは、失礼にあたるのよ。知ってた?」


知ってるし、聞いてないですよ。

意外と年齢近かったな。

それに段々とわかってきた。

この子、焦ると自覚無しにボケた発言をするんだ。

今までおかしな事を言っていたときは、見た目では分かりづらいけど、実は内心焦っていたみたいだ。

そうとわかったら、途端に親しみを感じてきたな。


「歳も近いし、これからはフィアって呼んでもいいかな」

「だめよ。フェルゼンさんと呼んでと言ったのを忘れたのかしら。あなた、頭が弱い人?」


えええぇ。ここは、いいわよ、って場面じゃないのかなー。

あ、そういえば僕が勝手に親しみを感じてただけだった。

ここはなんとしてもフィアって呼んで、仲良くなりたい!


「あ、じゃあクエストに行こうか、フ、フィア」

「フェルゼンさん」

「フ、フィ……。フェルゼン、さん。行きましょうか…」


まだだ。まだ焦ってはいけない。チャンスあるはずだ。



町の北にある、大きな岩だらけの場所に来ていた。


ここには今回のクエストの討伐目標であるスターリング・シルバー・オオトカゲがいるはずだ。

略してスタシルトカゲというらしい。

この魔物は害があっての討伐依頼ではない。

このスタシルトカゲの外皮からライヒェン銀貨が作られているからだ。

こいつから取れる銀は品質が良いため、高値で取り引きされているそうだ。

なぜ、まだ冒険者になりたての僕がこんなクエストができるのかというと、レティが受付をしてくれたお陰だ。

本当は上位クランなど貢献度の高いところに回す、優良クエストなのだけど、レティが贔屓して僕に回してくれたのだ。

公私混同は禁止って言ってたくせにね。

でも、助かるよ。あとでお礼に何かプレゼントでも買ってみようかな。


そう考えながら岩場を歩いていると、スタシルトカゲが岩の間から出てきた。


「銀色のトカゲ…。かわいい…」


えっ。あんまりかわいいとは思えないんだけど…。

兎に角、戦闘だ。


「僕がまず斬りかかるから、フィアは後方支援をよろしく」


よし、自然に名前を呼べたぞ。

このままいけば、いつの間にか、名前で呼ぶのが当たり前になるはず。

ムッとした顔で抗議してくるのは気にしない。


スタシルトカゲに短剣で斬りつける。

ざくん、と音がして、トカゲを真っ二つにする。

あれ?動きは遅いし、柔らかいし、こいつ弱いよ。

これで、銀貨5枚の報酬は効率が良すぎるな。

ちなみにこのトカゲ1匹分の材料で、ライヒェン大銀貨が10枚分作れるそうだ。

貨幣を作るときには発行国の特殊な印が押されているから、このトカゲを捕まえて、偽造しようとしても簡単にはできないようになっている。


「あなた、今、何したの?あまり攻撃力があるようには見えないその短剣で、硬そうなトカゲを斬ったように見えたのだけど。実は聖剣?」


違います。一本フォルク銀貨4枚の超安物です。

父さんから貰ったものだけど。

ああ、どう説明しようか。


「このトカゲとスキルの相性が良かったのかもね」

「あなたの能力ということ?それにしては、マナの動きは見えなかったわ。剣が普通のものなら、あなたの力技だけで、斬り裂いたのかしら。もしかして、魔王?」


そこは、「もしかして、勇者?」じゃないんだ。

しかし、なぜバレてるんだ。

マナの動きが見えるっていうのも、普通じゃないし、それが当たり前のように考えている、というのもそうだ。


「僕は魔王でも、勇者でもないよ。キミの方こそ、もしかして、人族じゃないのかな?」


あ、ここはキミじゃなくて、フィアって呼ぶチャンスだったじゃないか!しまった。もう一度、やり直せないかな。


「女の子の秘密を無理矢理聞き出すなんて。やはり大魔王?」


魔王認定から離れてよ。


「知らない方が良いこともあるわ。あなただって、今の力は内緒なのでしょ?それに、この事を知ってしまえば、後戻りはできなくなるわ」


フィアがさっきまでの、少しふざけた感じが無くなり、真剣な表情になる。


「情報料ライヒェン銀貨1枚…」


くっ。さっきのシリアスはなんだったんだよ。

ライヒェン銀貨が無いから、フォルク銀貨2枚を渡す。


「本当に聞くつもり?あなたの、人族にとっての、災いになるかもしれない話なのよ」


むしろ、それだけの事を抱えているなら、僕はフィアを助けたい。

なぜ、会って間もないこの子をそこまで助けたいと思うかは、もう気にしない。

そうしたいと思うから助けるんだ。


「エルツ族よ。わたしはエルツ族。ここまで話せばわかるかしら?」


あれ?エルツ族って聞いた事ないよ。

もうこれでわかるわよね、みたいな顔をされてるけど、全くわからないや。


「あなた何もしらないのね。エルツ族は人族が魔物化してしまい、そのまま人族とは別のものとして、別れてしまった種族よ。名前も家名も魔物と似ているでしょ。魔物化と言っても、理性はあるし、見た目も髪と瞳の色が少し違うだけで、人族とは見分け付きづらいはずよ。エルツ族とばれれば、この国では捕まってしまうかもしれないけど、特徴を知らなければ、まず判別は付かないでしょうね」

「魔物化した人族か。綺麗な髪と瞳は、そのせいなんだね」


ん?フィアが目を見開いている?

何か驚いているのかな。


「ふぅ。あなたは、意図していないのでしょうけど、あまりそう言った発言は、簡単に女の子にはしない方が良いと思うの」


どういう事だろう。

それよりも気になる事を聞いてしまいたい。


「キミが探している宝石っていうのも、やっぱりエルツ族が関係しているの?」

「そうね。ここまで話したのだから、もういいかしら。宝石とは言ったけど、そうではないの。エルツ族の1人よ。わたしの姉、グラナト=フェルゼン=シュタイン。ラナとわたしは呼んでいるけど、あなたは姉の事を呼んではいけないわ。話しかけてもだめ」


何でさ。話させてよ。今いないけど。


フィアが蒼玉で、姉が紅柘榴を意味する名前か。確かに宝石と言ってもいいのかもしれないな。


そのお姉さんが、単にいなくなったのだとしたら、お金を稼ぐことに繋がらない。

だとすると、残る理由としては、奴隷か。


「そう。ラナは今この国の奴隷センターに特級奴隷として、売られているわ。高額だし、少し特殊な事情があるから、まだ売られていないけど、早くお金を作ってわたしが買い取らないといけないの。それに、エルツ族が人族の奴隷になった事が公になれば、種族間の争いが生まれるかもしれない。まだ、その事情のためにあまり多くの人には知られていないのが救いね」



この王国には王立の奴隷を売り買いできる施設がある。

正式には王立人材契約支援センターと言って、表向きは働き手の就職斡旋の組織になる。

だが、ここに売られれば逃げ出す事も出来ず、買われた先でも一生そこで働かなくてはいけない、という事から、奴隷センターと呼ばれている。

ここに売られた時に頬に焼印を押されて、消えない傷が残されてしまうため、余計に奴隷と称されてしまっている。


フィアはラナを買い取り、契約破棄をする事で、奴隷身分から解放してあげるのだろう。


「よし、わかった。元々一緒にお金稼ぎの手伝いをする予定だったけど、正式にクランを立ち上げないかな。クランにすると、今回みたいな得なクエストが回って来やすいし、お金の管理もしやすいと思うんだ」

「どうして?なぜ、あなたはここまでしてくれるの?わたし目当てではないのよね。はっ、あなたまさか、ラナが目当てなの?」

「お姉さん、今知った人だよ。キミが目当て、というのはちょっと違うけど、フィアが大事に想っている人を助けて、キミに喜んでもらいたい、というのが理由だよ」

「え、あ、そう。あり、がと」


フィアの顔が赤くな……ってないか。おかしいな。

ここは、僕に惚れてしまう場面じゃなかったのかな。

それでも、少しだけ笑顔をみせてくれたから良かったのかな。


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