第79話 上の空です(ジェード視点)
「おーい………おーい?ジェード?ジェードさーん?聞こえてる?」
「よっぽど陛下にお灸を据えられたのではないか?」
「マジかよ……ここまで放心するジェード初めて見た」
遠くで何やら声が聞こえるがそれは私の耳を通りすぎていく。
アリス様が……婚約する……
その話が出ていた事は知っていた。
想いが叶わなければ公爵家の子息と婚約する賭けのようなことをしていると陛下から聞かされていた。
そして私がアリスの想いを受け入れなかった為に、彼女は婚約することになった。
これで良かった……はずなのに何だ、この心がもやつく感じは…
心の中にあった何かが抜き取られたような、大事なものを無くしたような。
あぁ……そうか、あれに似ているんだ
同僚が殉職した時の様な感覚。
昨日までに当たり前に話して笑って稽古をしていた仲間が急に居なくなる。
気がつけば部屋も引き払われて、本当にそんな人間が居たのかすら分からなくなるような不安な気持ち。
それに少し似ている。
「なぁなぁルシオ、なんでジェードはパンをポタージュに浸してるんだろう?」
「食べやすくする為じゃないか?」
「なぁなぁアシュトン、なんでジェードはポタージュに水をいれてるんだ?」
「薄い味付けが好きなんじゃねぇの」
「あんなにいれたらしゃばしゃばになるじゃん」
「エルバート。ジェードは今、自分の心と対話してるんだ。放っておいてやれ」
「……自分の心と話す?どうやって?」
「お前にはねぇの?悩んで自問自答したりすること」
「俺が分からない事はルシオとかアシュトンに聞けば教えてくれるし、あとはこうしたいって思うことをする!」
「忘れてた、こいつ馬鹿だった」
「アシュトン、エルバートに聞くのが間違いだ」
「な、なんだよ!二人して!マリーは『エルバート様らしくて素敵ですね』って言ってくれるのに!」
「うわぁ、お前マリーちゃんに気ぃ遣わせるとかさすがだわ」
「だろ!!」
「「誉めてないから」」
賑やかな食堂の片隅でそんなやり取りを聞き流しながら、これでよかったんだと心の中で呪文のように繰り返す。
けれど一向に喪失感は消えてはくれない。
アリス様が婚約する事は喜ばしいことだ、そのはずなのに引き留めたがっている自分がいる…どうしてこんなにも、アリス様のことばかり…
喪失感のせいか味が薄く感じる食事を食べ終え護衛の仕事に戻ろうとした時。
「ジェード、少しいいか」
声をかけられ振り替えるとそこには師匠のシグルド団長がいた。
「団長…、私はこれから殿下の護衛に―」
「阿呆。そんな隙だらけの状態で殿下の護衛を任せられるわけがないだろう、マーカスに行かせている。お前は私とこい」
「……はい」
確かにアリスの婚約話を聞いた後から思考が定まらない。これでは何かあった時に瞬時に判断できなくなってしまう。
大方それを見越した団長が渇を入れようとしてくれているのだろう。
そう思い団長の後をついていくと、ある部屋へと案内された。
騎士団内での会議や集まりがある時に使用される部屋で、中に入ると細長いテーブルがひとつとそれを挟むように椅子が三脚用意されていた。
そのうちの一脚には予想外の人物が腰掛けて、へらへらと笑いながら此方に手を振っている。
「やぁやぁ、君がうちの可愛い姪っ子と甥っ子に決闘を申し込まれた色男だねぇ」
その人物は第二騎士団団長のウィル・ジルコンだった。
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