第77話 手加減されたのです

キンッと硬く澄んだ音を響かせながら私とジェード様の剣は交差する。

その感触から手加減してくれているのが伝わった。


私に怪我をさせないように相手をしてくれるジェード様はやはり剣の技術に優れているのだと思い知らされる。

ある程度打ち合ってから私が怪我をする前にわざと負けれてくれるつもりかもしれない。



私は一度後ろに退くと態勢を立て直してジェード様に斬りかかる。

それを受け止めたジェード様は不意に剣を持つ力を緩めた、このまま押し通せば剣をジェード様の手から落とすことなど容易いだろう。


ジェード様が力を抜いた事で勢いのついた剣を制御することができず、私の剣はジェード様の剣に弾かれ私の顔に跳ね返って―――という風を装ってわざと自分の顔に刃を近付ける。


「きゃっ」

女の子らしい悲鳴付きで。


「アリス様!」


焦ったジェード様が此方に手を伸ばしてきた。

その瞬間を狙ってジェード様の足を払う。バランスを崩した彼は仰向けにドサリと倒れた。

すかさず剣を手放してその顔の横に、メアリーに持ってきてもらったもうひとつの武器である短剣を思い切り突き刺す。


何が起こったのか把握しきれていないのか、ジェード様は目を丸く開いてポカンとしている。

その表情も愛しく感じる辺り私の恋の病は末期なのだろう。


「私の勝ちです」


にっこりと微笑みそう告げるとジェード様は数度目を瞬かせ困ったような笑顔を浮かべた。


「参りました」


「アリス!大丈夫か!?怪我は!?」


ジェード様が負けを認めると同時に兄が駆け寄り、私の体を思い切り抱き寄せて怪我がないか確かめ始める。


「だ、大丈夫ですわ、お兄様!無傷ですから!」



慌てて兄を宥めながらちらりとジェード様に視線を向ければゆっくりと立ち上がっているところだった。

私は兄の腕から抜け出すと私はジェード様に向き直る。


「さすがはジェード様ですわ、わざと負けてくださるなんて。私の我が儘に付き合わせてしまい申し訳ありません」


出来る限りの自然に見えるようにはっきりとそう告げる。

すると観戦していた騎士達の声が小さく聞こえてきた。


「なんだ…手加減してたのか」

「そうに決まってるだろう、でなきゃ騎士団長に就任しようって男が負けるわけない」

「姫君と本気でやりあう訳ないよなぁ」


よし、観衆には『手加減してわざと負けた』ように見せることが出来たようだ。

実際は私がジェード様の手加減するという油断を利用して勝ったのだが。


「皆様、お騒がせして申し訳ございません。私が皆様の剣さばきに憧れて剣術を始めたいと駄々を捏ねたので、お兄様は私に剣術の大変さを教えるために一芝居打ってくださいましたの。ジェード様も私の『一度騎士の方に勝ってみたい』という我が儘を叶えてくださったのですわ。………少しだけ剣術を教わってジェード様に勝たせていただいて、改めて騎士団の皆様がどれ程大変な訓練を積み私達の国を守ってくださっているか理解いたしました。どうかこれからも我が王家と共にこの国を守ってくださいますようお願い申し上げます」


そういって王女としての微笑みを浮かべれば観戦していた騎士達は納得してくれたのか了承の言葉を口にすると、稽古や各々の任務へと戻っていった。



これで、お兄様は『私事でジェード様に決闘を申込んだ』とは思われないしジェード様が負けたことも『王女の我が儘に付き合わされた』と思ってもらえる。

予定では剣技大会でジェード様に勝利して「私も貴方を守れるくらい強くなりました、簡単に居なくなると思わないで下さい」って伝えて……「ジェード様の大事なものは私にも大事なものです。一緒に大切にさせてください」って再度告白するつもりだったけど…。




予定通りに行くとは思ってなかったが、まさか兄がたくさんの人目があるところでジェード様に決闘を申し込むとは思わなかった。

つくづく私は考えが足りなくて甘いと思う。


そもそも仮に剣技大会でジェード様に勝てたとしても、伝えたいことを伝えてもそれをジェード様が受け入れてくれるとは限らない。

ジェード様が私を想ってくれているというのも私がそう思い込みたいだけかもしれない。

実際に刃を交えて、手加減されて気付いたのはこの想いが私の独りよがりに過ぎないという現実だった。



なのにジェード様を諦めたくないってだけでメアリーにマリー、エドワード様やウィル叔父様…お母様にお兄様まで巻き込んで……何やってるんだろう、私。



騎士達が解散していく中で黙ったままの私に兄が声をかけようと口を開いた時。


「失礼致します。ダニエル殿下、アリス殿下。至急、謁見の間までお越しください。国王陛下がお待ちです」



駆け寄ってきた父に遣える従者によって私達は謁見の間へと呼び出された。



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