第76話 兄と妹、王子と王女です

「その決闘、お待ち下さい!」


声を張り上げ腕を広げて割り込むとピタリと兄とジェード様の動きが止まる。


「アリス、こんなところに出てきたら危ないだろう?戻りなさい」

「王女殿下、ここは危険です。お下がりください」


今まで剣をぶつけ合っていたのが嘘のように二人は呼吸を揃えて私を止める。

けれど引き下がるつもりは毛頭無い。


「お兄様、決闘の理由をお聞かせ願えますか?」


兄に顔を向けて落ち着いた口調で尋ねる。


「……この場では言えない。しかしジェードには心当たりがあるはずだ」


兄はそう答えると私からジェード様に視線を向ける。


「ダニエル殿下の仰る通りです、決闘を申し込まれるだけの理由が私にはあります。理由は王女殿下もご存じかと」


副音声があるとするならば「私は貴女の気持ちを拒絶したから決闘を申し込まれても仕方ない」だろうか



いやいやいやいや、真面目か!

知ってたよ、ジェード様は真面目だよ!真面目すぎるよ!!



ジェード様は私を拒絶したことで兄に処罰される覚悟でもしていたような物言いだ。

妹の失恋くらいで自分の護衛に決闘を申し込む兄も兄なのだけれど。


「………私が思っている内容でお兄様がジェード様に決闘を申し込まれたと仰るならば、それは間違いですわ」


私は兄の方に向き直るとそう告げた。


「私とジェード様の問題にお兄様が口を挟む事ではありません。ましてや決闘だなんて」


「しかし…アリス…」


私の言葉に兄は眉を下げる。

凛々しい王子様の顔ではなくただのシスコン兄の顔になっていた。


「お兄様、心配してくださるのはとても嬉しいです。私を守ってくださっている事、たくさんの愛情で包んでくださる事、いつも感謝しております。そんなお兄様が私も大好きです。けれど……それではお父様…陛下のような立派な国王になどなれませんわ」


兄はいずれ国を納める王となるべき人なのだ。

だからこそ個人的な事情でこれだけの騒ぎを起こしてはいけない。いくら私の為でも国王に遣え、国を守る騎士団達の前で公私混同するのは絶対に駄目だ。


「お兄様が守るべきは私ではなく、国の民ではないのですか」


淡々と述べる言葉に兄は情けない顔を隠すようにくしゃりと前髪を掴んだ。

幼い妹に諭されたのだから動揺するのも無理はないだろう。

言葉を無くした兄に背を向けて私はジェード様に向き直る。



「……という訳でこの決闘は無効です。変わりに私と決闘してください」



そう言い放てば回りの騎士達がざわつきジェード様が目を見開く。



剣技大会まで待つつもりだったがここで決着をつけてしまおう。



「しかし、王女殿下…っ」


「兄よりも私の方がジェード様に決闘を申し込む理由がありますもの」


ね?と微笑んでみせるとジェード様は渋い顔をするも頷いてくれた。

私の気がそれですむのなら、と考えてくれたのだろう。


「アリス、いくらなんでもそれを認めるわけには……!」

「お兄様は黙って下さいな」


兄が止めるけれど聞く耳などない。

私が兄にを黙らせると同時にいつの間にか戻ってきたメアリーが剣を差し出してくれる。


「お待たせいたしました姫様」


「ありがとう、メアリー。お兄様を連れて少し下がっていてくれる?」


「畏まりました」


メアリーは頷くと兄を回収し観衆達の元へ向かう。


「は、離せ!アリスが怪我でもしたらっ…!」


「姫様の事を本当に思うのなら見守って差し上げてください」

メアリーの言葉に兄が静かになる。

心の中で心配させてしまうことに謝罪しながら私はメアリーから受け取った剣を構えた。


「さぁ、始めましょうか」


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