第61話 不調です

玄関ホールに行くと既に兄が帰城していて、ジェード様と話をしていた。

どうやら少し遅くなってしまったらしい、いつもなら駆け寄って「お兄様!お帰りなさい!」と抱き付くのだが今の私は淑女。

おしとやかに優雅に、兄を出迎えるのだ。


「お帰りをお待ちしておりました、お兄様」

兄の前に出て淑女の礼をすると、談笑していた兄とジェード様がぴたりと動くのをやめた。


どこかおかしかった…?


何の反応もないことに不安を感じて兄とジェード様を交互に見る。

「アリス…?」

「はい。お出迎えが遅くなってしまって申し訳ありません」

ようやく口を開いた兄に出迎えが遅れてしまったことを謝ると、兄は片膝を床について私の顔を下からまじまじと覗き込んだ。

「……驚いた、見違えてしまったね。私の可愛いアリスはいつの間にか一人前の淑女になってしまったようだ……お前もそう思わないか、ジェード」

兄は嬉しそうな、少し寂しさを含んだような微笑みを浮かべた後視線を動かしジェード様に尋ねる。

兄の視線を追って、ジェード様を見ればジェード様は瞬きする事もなくこちらをじっと見つめていた。


「ジェード、何かいったらどうだ?」

兄が何処か楽しげにジェード様に声をかけると彼は片手で口許を抑えて視線を反らしてしまった。

それを見た兄は声を押し殺して笑う。


もしかしてジェード様の好みじゃなかった!?


大人っぽくなろうと焦りすぎてしまったのかもしれない、そう思い始めていると玄関ホールに一組の貴族の夫婦が入ってきた、ブレイクのお披露目会に招待されたのだろう。

夫婦は私達の姿を見つけると、兄と私にお祝いの言葉をかけてくれる。この夫婦は私も面識があった、もしかしてと周囲に視線をやれば見知った顔が此方に駆け寄ってきた。

お披露目会用に着飾ったエドワードである。


彼らは家族でブレイクのお披露目会に参加しに来てくれたのだろう、是非今後とも仲良くしていただきたい。ただし、エドワードは友人枠で。


「今日はいつもよりとても素敵な装いをされているのですね、お美しいです王女殿下」

まるで乙女ゲームの攻略対象者が口にするような甘い言動に一瞬ドキッとしてしまう。

けれどエドワードを遮るように私達の間に兄が割り込む。


「お披露目会の会場は向こうだ、ご両親はとっくに行ってしまった。迷子にでもならないようについていった方がいいのではないかな?」

「ご心配ありがとうございます、しかし私は生まれてこのかた迷子になったことなどございませんので問題ありませんよ」

「今日はじめて迷子になるかもしれないだろう?」

「ご安心下さい、見た目より私は優秀ですから」


ははは、ふふふと笑い合う兄とエドワードを呆れながら眺めていると、ジェード様が私の隣にやって来た。


「……アリス様、言いそびれてしまいましたが…とてもお似合いだと思います」


少し照れた様にそう告げてくるジェード様に、単純な私はそれだけで何よりも嬉しい。

私が嬉しさのあまり言葉を返せずにいるとエドワードを追い払った……もとい会場に誘導を終えた兄が此方に手を差し出す。

「アリス、そろそろ私達も会場に向かおうか。弟を待たせてしまってはいけないからね」

「はい、お兄様」

差し出された手を取って会場へ向かう。




会場へ入場すると貴族達がホールに集まっていて、玉座には父とその傍にブレイクを抱いた母が居た。

兄と私が傍に来るのを確認して、父は貴族達の注目を集めブレイクを皆に紹介する、貴族達の拍手や歓声の声にも我が弟は動じることなくすやすやと眠りこけていた。案外大物になるのかもしれない。

そして祝いを兼ねて宴を開く事を宣言し、貴族達には御馳走が振る舞われた。

ブレイクはまだ幼いこともあり父からの紹介を終えた後はすぐに母と共に部屋に戻ってしまった。

残った私達は貴族からお祝いの言葉を受け取らなければならない。



次々とお祝いの言葉を述べる貴族達の列にうんざりし始めた頃、私達の前にフィオナとロレンツィ公爵が挨拶に来た。

フィオナは少し俯き加減でいつも見せてくれるヒロインらしい微笑みがない、どうかしたのだろうか。


「陛下、この度はおめでとうございます。この様な祝いの席に招待していただけた事、深く感謝申し上げる次第であります。ご招待いただいたにも関わらず息子は体調を崩しておりまして……代理で娘をつれて参りました」

「あぁ、ロレンツィ公爵、ご令嬢も。楽しんでいくといい、もし薬や医者が必要になったらいつでも言ってこい。国一番の腕を持つ医師を派遣しよう」

「ありがとうございます」


父の言葉に深く頭を下げるロレンツィ公爵。

聞くところによると息子さん(大分前に会ったフィオナのお兄さんだろう)の具合が悪いらしい。

それは心配だろうとフィオナにお見舞いの言葉を掛けようと視線を向けると、突然フィオナがふらりとよろめいて此方に倒れてきた。

私にぶつかる直前にエリックがフィオナの体を抱き止める。


「フィオナ…!」

ロレンツィ公爵が心配そうに名前を呼ぶがフィオナの意識は朦朧としているのだろう、反応がない。

「ジェード、彼女をすぐに休息用の部屋へ」

その光景を見ていた兄が傍で待機していたジェード様に命じる。

「畏まりました、失礼致します」

ジェード様はエリックからフィオナを預かると、一声かけてロレンツィ公爵を伴い休息用の部屋へと歩いていく。


「私も付き添います!」

「アリス?」

名乗り出た私に父が首をかしげる。

「フィオナ様は私の友人でもありますから」


ジェード様を想い合うライバルでもあるが、それ以前に私と楽しく話してくれる友人でもあるのだ。心配になって当然だろう。


私の気持ちを察してくれたのか、父は付き添いを許可してくれた。

私はエリックを連れてジェード様の後を追った。



休息用の部屋へと運ばれたフィオナは、医師が来るまでの間ベッドに寝かされていた。

傍に寄り添うロレンツィ公爵は心配そうに彼女の手を握っている。


やがて初老の医師がやって来て、診察をした後ロレンツィ公爵にフィオナの症状を尋ね始めた。

「フィオナ嬢はいつから具合が悪かったのかね?」

その質問にロレンツィ公爵は目を伏せる。

「それが…学校から屋敷に帰って来て、暫くは元気だったのですが少しずつぼんやりし始めたのです。本人は少し疲れてしまっただけだと言っていて……この子の兄も体調を崩していた為、無理はしないようにと連れてくるつもりはなかったのですが…どうしても行きたいと言われて…仕方なく」

「ふむ……」

その説明に医師は指先を顎に当てて考え込んだ。


「原因が何かはっきりせん事には薬も処方出来ん…、暫く休ませて様子をみるしかなかろう」

医師のその言葉に、フィオナの体調が回復するまで休息用の部屋を貸すことになり、ロレンツィ公爵は城に泊まることになった。

私は暫く付き添っていたのだが、いくら心配とはいえ王族がいては気が休まらないだろうとフィオナ達のいる部屋をそっと後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る