第53話 彼は婚約者『候補』です

エドワード・セドレイ。

父親であるセドレイ公爵は父の友人で、結構仲が良い。息子のエドワードの事も父は可愛がっていると聞く。

私は公爵夫妻とは面識があるものの、エドワードに関しては話に聞く程度だったのでほぼ知らない。


そんな相手を婚約者候補として選んだ父、そしてその父に反発した私はジェード様となんとか結ばれたいが為に二年の猶予期間を貰っていた。



なのに、何故、ここにその婚約者候補がいるの!?

まだ与えられた期間は残っているはずなのに……!


驚きを隠すことも忘れ父を見上げれば、父は数度瞬きをした後にこりと微笑む。

「アリスも色々あって大変だったろうからな、同年代の子と仲良くなれれば気分転換になるかと思ったのだよ」

私の事を心配してと口にするが、その裏側には「仲良くなっちゃえばアリスの気持ちも変わるんじゃない?そしたら婚約させちゃえばいいよね!」的な父の思惑があることだろう。

応援してみたり、邪魔をしてみたり、猶予期間を設けてみたり……父が何を考えているのか私には理解しがたい。

だが子供を溺愛するだけの甘い父でないことだけは確かだ、私は『国王』を侮っていたらしい。

にこにこしながら私を見詰める父に私は受けて立つべく、こちらもにこりと微笑む。


上等だわ。

お父様の思惑なんて打ち砕いて見せるんだから!


何処かの漫画の熱血主人公よろしく心の中で拳を握り天高く掲げると私は婚約者候補に向き直り、父と同じ張り付けた笑顔を向けた。



父は私とエドワードを面会させた後「あとは若い人たちで」とお見合い定番な台詞を残し、公務にいってしまった。

丸投げかい!と突っ込みたくなる気持ちを押さえて、とりあえず城の庭園を案内することにする。他に案内できそうな場所が思い付かなかっただけで特に意味はない。


今の時期庭園に花はほとんど無い、けれど城の庭師は遊び心の溢れた人々で、生け垣を動物や花の形に剪定して目を楽しませてくれる。時々独創的な形もあるので、花が咲く時期でなくとも楽しめる場所だ。

「お城の庭師達が頑張って作り上げてくれた庭です、私もとても気に入っていますの」

そう説明すればエドワードは選定された植木のひとつに視線をやり足を止めた。

「……これは何でしょう?」

エドワードがじっと見ているのは私が庭師の人達にお願いして整えてもらったくらげの形の植木だ。

何故くらげかというと海の生き物を庭に作ってもらおうと庭師にお願いする時、くらげが一番絵にしやすかったから。

「これはくらげです」

「………くらげ?」

「海中にいて、ふわふわと泳いで触手で餌をとる生き物ですわ」

「……へぇ」

エドワードは私の説明に目をぱちくりと瞬かせた後、じっとくらげの植木を見つめる。そんなに気に入ったのだろうか。


他のお家の庭がどんなものなのか詳しくはないけれど…やっぱり珍しいよね

満足するまで鑑賞するがいいさ、時間が来るまで夢中になってくれればなお良し


そんな事をかんがえているとエドワードはくるりと振り返り、私の方に駆け寄ってきた。

「まるでこの庭は物語の世界のようです!王女殿下は奇想天外なものがお好きなんですね!」

初対面の賢そうな顔つきはどこへやらその瞳は、好奇心にあふれる普通の子供みたいにキラキラと輝いている。


この年頃の男の子は不思議なものとか好きなのかな?

弟とかいたらこんな感じなんだろうなぁ

……にしても奇想天外とくるか。いや、変わってるのは事実だけどね


「お気に召していただけたのなら何よりですわ」

そういって微笑めばエドワードは次々に植え込みの形を尋ねてくる。

「あれは何の形ですか?」

「こちらは分かります、獅子ですね!」

「これは馬でしょうか…?」等々。

興味津々に私の説明を聞いて喜ぶ姿は可愛らしくもあり、庭園を一周する頃には私たちはすっかり意気投合してしまった。

途中から動物の形にした植え込みを見ながらこの生き物はきっとこう言う冒険をしてここにたどり着いた等と言う創作が始まり、創作活動が好きだった私の前世魂に火が付いてしまい二人であーだこーだと話始めてしまったのも原因だろう。



この子は婚約者候補なのに仲良くなったら駄目じゃん!

お父様の思惑にのせられちゃう!


それに気がついたのはエドワードが帰時間になり見送りに出たところ、何とも言えない含みがありそうな笑みを浮かべた父が現れた時だった。

ニヤニヤしたその瞳は「仲良くなった?婚約しちゃう?」とでも言うように私に向けられている。


私は婚約するつもりなんか無いんだからね!


馬車に乗り込んだエドワードに、にこりと笑みを浮かべると私はこう告げる。

「エドワード様、今日はとても楽しかったです。私には友人が少ないので今後ともずっと友人として仲良くしてくれると嬉しく思います」


名付けて『私達ずっとお友達のままでいましょう』作戦である。

婚約だのなんだのと言う話を持ってこられる前に『友達以上には絶対になるつもりありません』と宣言しておくのだ。そうすれば牽制にもなるだろう。

そう思っていたがエドワードは私の言葉を聞くと同じようににこりと微笑んだ。


「そういって戴けて光栄です、王女殿下。でしたら私はもっと貴女に近付けるよう精進いたしますね、婚約者候補から婚約者になる為に」


エドワードの言葉にも私は思わず目を見開く。

「今日一日で貴女の魅力がとてもよくわかりました、次お会いできるのが楽しみです」

予想外の宣戦布告に驚く私を残してエドワードをのせた馬車は走り出してしまう。


「ふむ、エドワードは中々見所があるな。私が選んだだけのことはある」

横で満足げに頷く父を見ながら、私は眉間に思い切りシワを寄せた。



どうしてこうなった…!?




◇◇


「あらまぁ、姫様の愛らしさにまた一人被害者が」

部屋に戻ってメアリーに紅茶を入れてもらいながら先程の出来事を話せば真顔でそう告げらる。

「被害者ってなに!?好かれるのは嬉しいけど私は逆ハーなんて望んでないのよ、ジェード様一途なんだから!」

「けれど、肝心なジェード様には意識されているのか分からないではありませんか」

「そうなんだけど……うぅ、メアリーが容赦ない」

傷口をえぐってくるようなメアリーの言葉に唇を尖らせ拗ねて見せるとくすくすと笑われてしまう。

「気分転換になったのは事実なのでございましょう?エドワード様なら同い年ですし価値観も合うのなら婚約してしまってもよろしいのでは?」

「…メアリーは私の味方なの?それともお父様の味方?」

「もちろん姫様の味方ですわ。けれど陛下のお気持ちや王女様としての立場から見たとき、エドワード様は婚約者として適任なのも事実です。立場がある以上政略結婚は仕方のないものですわ」

「わかってる、わかってるけど……」


それでも私はジェード様が好きなのだ。

駄目と言われて「はい、そうですか」と諦められるくらいなら拗らせたりしていない。


「それでも、どうしても……諦めたくないんだもん。今度は絶対に」

ぽつりと呟きが漏れる。



私がこの小さな恋に執着しているのはきっと前世での経験が影響しているからだ。

前世で恋をして、その思いを伝えることもなく死んだこと。

それが死ぬ間際の私の心残りであったから。

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