第36話 誘拐されたそうです
「……っ、……様」
何か音がする…違う、これは誰かの声だ。
その声は名前を呼んでる。
でも…誰の?
「目を開けてください、アリス様」
軽く肩を叩かれて意識が急激に浮上する。
「っ…い、った」
ガバッと体を起こせば後頭部がずきんと痛む、その痛みと共に自分が誰かに襲われたことを思い出した。
状況を把握しようと目を凝らす、どこか薄暗い空間…鉄格子で空間が区切られているところを見ると牢屋なのだろう。
私の傍には声をかけてくれた人物がいた。
「ジュリア様…?」
それはすっかり見た目の変わったジュリアだ、あんなに匂っていた香水の香りも全くしない。
「えぇ、そうです。アリス様、痛いところはありませんか?」
「…頭が少し」
「見せてください」
私が大人しくしているとジュリアが私の後ろに回り髪を掻き分けてそっと患部に触れる。
「少し瘤が出来てますね…冷やせたら良いのですがここではそれすら出来なくて…申し訳ありません」
「いいえ…大丈夫です。これくらい…あの、本当にジュリア様…ですか?」
私の知っているジュリアならこんなところに閉じ込められて大人しくしているわけがない。
兄に断罪されて全く別人になってしまうほどにショックだったのだろうか。
「えぇ、紛れもなく私はジュリア・ローゼンですわ。その…以前は無礼なことばかりしてしまって申し訳ありません…にも関わらずダニエル様には情けをかけていただいて…本当に感謝しております」
そう言って土下座宜しく頭を下げる姿はまさに別人。
宇宙人に性格矯正手術でもされたみたい……
失礼にもそんなことを考えてしまう。
しかし今はジュリアの性格が矯正された事よりも此処がどこなのかが気になる。場所から察するにジュリアを脅していたやつらに拐われたのだろうか。
鉄格子に近付いて回りの様子をうかがえば同じ様な牢屋がいくつか見えた。
あれだけの目撃者の中で何故こんなにもあっけなく拐われてしまったのか。兄達はどうしたのだろう、そしてエリックは何処に…。
「何故、こんなにもあっさりと犯人は私達を連れ去ることができたのでしょう?」
こんな時ほど冷静にならなければいけない、そう自分に言い聞かせながら私はジュリアに尋ねる。
「あれだけの人が居たのです、自警団の一人も駆けつけてこないのはおかしいですよね」
「…多分、それは私の馬車が襲われたせいですわ」
「ジュリア様の?」
どういうことだろうと首をかしげればジュリアは男に脅されながら歩いていた経緯を話してくれた。
「私、最近アクセサリーや物造りの勉強をしておりまして…今日も勉強を兼ねて色々なものを取り扱っていると噂の装飾品店を訪れましたの。その帰りに馬車が男達に襲われました…私はそのうちの一人に身代金を要求するための人質として『ナイフで殺されたくなければ大人しく来い』と脅され、男達の根城に連れていかれる途中でしたの……多分、自警団の方々は襲われた馬車に人員を割かれていたのだと思います」
なるほど、それが何かのタイミングで兄の耳に入り確認しようと兄達は私の傍を離れたのだろう。
そしてジュリアが連れていかれる途中に私が声をかけてしまい、一緒に連れ去られてしまったと言うことか。
あの時、男の仲間が私達の後ろにいたのだろう。
けれど意識を失う前に聞いた言葉は私に向けられたものだった気がする、私がエリックを心配しちゃいけないとかなんとか。全く意味はわからないけれど。
「大丈夫ですわ、ジュリア様。あれだけ目撃者がいたんですもの、すぐにお兄様や騎士団の皆様が助けに来てくださいます」
自分自身を元気付けるように無理矢理に笑って見せたがジュリアは目を伏せる。
「…難しいと、思います。人混みに流れて街の外れまで出たところで何処かの空き家から地下に潜ったんです…そしてそのままこの牢屋に連れてこられたのであの場での目撃者はいたとしてもこの場所を騎士団の方々に教える手だてがありませんわ」
なるほど…ここがどこなのかも分からないってことね…。
窓でもあれば何か目印でも見えるかもしれないけど地下っぽいから難しいし……。
「だとするなら、まずはどうにかして外に出る方法を探さないといけませんね」
そう呟きとりあえず鉄格子を開けられないか観察しているとジュリアが目を瞬かせながらこちらを見ていることに気がついた。
「……どうかしましたか?」
「いえ……その、アリス様があまりに冷静なので少し驚いてしまって。もう少し取り乱されるのかと思っておりましたから」
その言葉に私は苦笑浮かべる。それはこちらの台詞だ。
「取り乱して現状が変わるのであればいくらでも泣き喚くのですがそうではないでしょう?それに…本当はとても怖いです…けれど怖がってばかりでは前に進めませんから」
「……アリス様……」
子供らしくない台詞を口にする私にジュリアはポカンとしている。
「それに、『なせば成る、成さねばならぬ何事も』ですからね」
私はそう言うとにっこり笑って見せる。意味は伝わらないだろうけどやろうと決意して出来ないことは無いはずだ。
「それって…」
ジュリアが何か言いかけた時、キィと金具が軋む音がして何処かのドアが開く音がした。
私は咄嗟にジュリアの手を取って牢屋の奥に身を寄せる。
私達を誘拐した犯人だろうか…。
コツ、コツ…コツ、コツ…
石の床が足音を反響させる。
足音はゆっくりとこちらに近付いて来ているようだ、蝋燭か何か明かりになっているものを持ってるのだろう。オレンジ色の光が壁にゆらりと黒い影を映し出す。
私とジュリアは身を寄せあって息を潜めた。
コツ、コツ…
足音は牢屋の中をひとつひとつ確認しているのか時々間が空く。
そして私達のいる牢屋の前まで来るとぴたりと足音が止まった。
「アリス様…!ご無事でしたか!」
石壁に響くその聞きなれたその声に顔を上げると鉄格子の向こうにはエリックがいた。
「エリック…!」
私は安堵の息を吐き出し鉄格子に近付く。
「怪我は!?殴られたところ、痛くない?」
「えぇ、私は大丈夫です。ローゼン公爵令嬢もご無事ですか?」
エリックがジュリアに尋ねれば彼女はこくりと頷く。
「今、出して差し上げますから」
エリックはそういうとポケットから針金のような物を取り出して牢屋の鍵穴をカチャカチャやりだした。
これはまさかのピッキングってやつですか!
「義父さんから鍵開けの方法を教えてもらっていたんです、何かあったときに役に立つからと。まさかこんなに早く実践することになるとは思いませんでしたけど…開きましたよ」
エリックは数秒とかからずに牢屋の鍵を開けてしまう。
「……エリック、凄いね」
「お褒めに預り光栄です」
にっこりと微笑むエリックに私の口許はひきつってしまう。
凄いけど!助かったけど!マーカス様はエリックに一体何を教えてるんですかね!?
騎士なのにやってることが泥棒みたいだ…ただ助けられたのは事実なので文句は言えないけれど。
「こちらです、足元にお気をつけ下さい」
先導するエリックに続き薄暗い地下道を進むと出口だろうか、明かりが見えてきた。見張りがいないかエリックが先に出て調べる、問題ないらしく手招きされる。
地下から外に出るとそこはボロボロの空き家だった、いつ崩れてもおかしくないだろう。
窓から夕日が差し込んでいる、もうすぐ日が暮れてしまいそうだ。
「街まで行けばダニエル殿下や騎士団が控えています、もう暫くの辛抱です」
エリックに励まされ一歩踏み出した瞬間、ひたりと首筋に冷たい何かが触れた。
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