第28話 おやつの時間です

兄の婚約破棄の話を受けて二ヶ月後には正式にジュリアは婚約者でなくなっていた。

フィオナや他の生徒に対して行った嫌がらせを断罪され、それでも兄や父の慈悲で更生の機会を与えられて今では大人しく彼女の両親監視のもと謹慎しているらしい。


聞いた話によればフィオナを突き落としたことに罪悪感を感じていたらしく、今までの悪行が嘘のように大人しくなったようだ。兄からの婚約破棄が相当堪えたのだろう。

ゲームと比べると彼女の扱いが大分違うが今後は心を入れ換えて生活して欲しいと切に願う。



そして明日は冬の休暇で兄が再び帰ってくる日。

その後は年始を祝うパーティーも控えている為、城の中はいつもより賑やかに飾り付けられている。

私はそんな城内を通り抜けていつものようにジェード様へ差し入れを運んでいた。

今日の差し入れはスイートポテトだ、一口サイズのものをいくつか作ってバスケットに入れてある。



何度か差し入れしてジェード様との距離が少し縮んだような気がする……私の願望かもしれないけど。

嫌がられたりすることもなく、毎回吃驚するほど綺麗に完食してくれるので作り概がある。


私が騎士団の稽古場につくと見計らっていたかのようにジェード様が駆け寄ってきた。


「ジェード様、今日の差し入れです」

「ありがとうございます」

私がそう告げるとジェード様は柔らかく微笑んだ。


ジェード様の微笑みは何回か見てるんだけど毎回心臓に悪いっ!素敵すぎるっ!


「王女殿下、良ければ一緒に召し上がりませんか?丁度本日の訓練は終わったので」

その言葉に稽古場を見渡せば片付けと帰り支度をしている騎士がちらほらと見受けられた。


「この時間に訓練が終わるなんて珍しいですね」


「明日から年始のパーティーまで城の警備を強化する為に、警備担当の騎士達は体力を回復しておく必要があるんです。それで今日は早く訓練が終了したのですよ」

その言葉に成る程、と頷く。


年始のパーティーでは年初めの挨拶をするためにいろんな人がやって来る。

滅多にないが多くの人の出入りに乗じて悪いことを企む輩が入ってこないように警備が強化される事になっていた。


「私も忙しくなりますし、その前にお話しできたらと思いまして」

ご迷惑でしょうか?と首を傾げられる。

もちろん私がその誘いを断ることはない。

「是非ご一緒させてください!」


私がそう答えるとジェード様は嬉しそうに笑ってくれた。





二人でこの時間にあまり人が来ない庭園へと移動し、ベンチへと腰掛けると私はバスケットからスイートポテトを取り出してジェード様に差し出しす。

紅茶も欲しいところだがお誘いを受けると思っていなかったので準備していない。


「ありがとうございます。………ん、美味しいです」

受け取ったジェード様はそのまま口に運び嬉しそうに顔を緩める。この瞬間に見せる顔が小動物みたいで可愛らしい。


「………あの、アリス様。伺いたいことがあるのですが…」

スイートポテトを一個完食したジェード様は二個目に手を伸ばしながら話し掛けてくる。

「はい、何でしょうか?」

私が首を傾げると少し躊躇うような仕草を見せた後、彼は視線を少し外しながら告げる。


「婚約の話が出ていると言うのは本当でしょうか?」


その問い掛けに私は錆び付いたロボットのようにギギギとぎこちない動きでジェード様を見る。

「その話は…誰から?」

「陛下から伺いました。アリス様には想い人がいるため了承してくれないと」

その言葉に指先がピクリと動く。


お父様…っ、まさかジェード様に婚約の事言うなんて…。


「あ、あのっ…父からどの辺りまで聞かされたのですか?」

「アリス様には想い人がいる為、陛下の決めた相手とは婚約はしたくないという内容を。陛下にはアリス様がもし相談してきたら協力して欲しいとも言われています」


父なりの応援なのか、それとも妨害なのか…それは後程父を問い詰めることで明らかにしよう。


こめかみに指を当てて父に問い詰める方法を思案していると、ジェード様が続けてぽつりと呟いた。

「…けれど、私は協力することはできません」

その言葉に顔を上げると何処か憂いを秘めたような瞳と視線が合う。


それはどういう意味だろう…?

もしかして…私の事を少なからず想って――。


「これから忙しくなりますし、協力する為のお時間を作れるかどうか」


そっちかー!デスヨネー!


一瞬だけ期待してしまった自分に恥ずかしくなり口許を緩めて誤魔化す。

「もとより誰かに協力してもらおうだなんて思ってませんわ。当たり前ですけれど自分の力で頑張らないと意味がないのです、私の権力や立場ではなく私自身を見ていただきたいですから」


誰かに手伝ってもらうことは簡単だろう、けれどそれでは私の欲しいものは手に入らない。


「ですから仮にジェード様が父に頼まれて協力してくださるつもりだったとしてもお断りしたと思います」


私がそうまでして欲しいのは貴方の心ですから、そう想いを込めてジェード様に微笑む。

するとジェード様は口許を押さえながら視線をそらした。


「そうですか…、アリス様がそう言うのでしたらきっと大丈夫ですね」

「はい!ありがとうございます」

目を反らされたのは少し気になるけど、ジェード様の言葉に単純な私は嬉しくなってしまう。


それから少し話をした後、私はジェード様に自分の部屋まで送ってもらうことになった。

ギリギリまでジェード様と一緒いられるのが嬉しい。

自室までの階段をジェード様にエスコートしてもらいながら登っているとふと自分が前世で落ちたことを思い出した。そのせいかつい階段を上る足に力が入ってしまう。


「アリス様?どうかなさいましたか?」

会話が急に途切れた事を不振に思ったのかジェード様が一段上から首を傾げる。


「いえ…何でもありません、大丈夫ですわ」

そう答えて一歩踏み出そうとした時、スカートの裾が爪先に引っ掛かる。

ヤバイ、そう思った瞬間私の体はぐらりと傾いた。

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