第27話 兄の幸せを望むのです

「姫様!ダニエル殿下がお戻りになられました!」


「……へ?」


厨房でカップケーキを作っていた私はあわてて飛び込んできたメアリーに目を瞬かせる。


「メアリー、はしたないですよ。落ち着きなさい」

マリーに注意されてメアリーは頭を下げる。

「申し訳ありません…ですが、その…ダニエル殿下が戻られて…」



お兄様が帰ってきた?

休暇でもないのに何故……!?



マリーにオーブンに入れたカップケーキを任せて、急いで玄関ホールに向かう。

そこには私と同じように突然の知らせを聞いて駆けつけたのだろう、ジェード様が居た。

慌ててやって来た私の姿を見て目を瞬かせる。


その視線に自分の姿を思い出し恥ずかしくなる。

お菓子作りをしていたためエプロンをつけ腕捲りをし髪を纏めたスタイルのまま来てしまったのだ、仮にも王女がするような格好ではない。


ちゃんと身なりを整えてくれば良かった!


頬に熱が集まる、私の顔は赤くなっているに違いない。

そんな私を見てジェード様が何か言おうと口を開いた瞬間、兄が玄関に飛び込んできた。帰ってきてすぐに侍従に父に取り次ぐように伝えると私の姿を見つけて、首を傾げた。


「アリス…その格好は?」


いつもなら「ただいま私のアリス!」とかテンション高く、なんなら抱き上げそうな勢いがあるのだが今回は違う。

いつものように振る舞っているほど余裕がないように見えた。


「いや…今は置いておこう。すまない、アリス。話はまた後で、先に父上に伝えなければならないことがあるんだ。ジェード、来い」

「御意」

兄は早口にそう告げるとジェード様を伴い父の元へ行ってしまった。



兄の様子、父に伝えなければならないこと…そして休暇から約三ヶ月というこの時期…。

その全てに当てはまりそうな出来事に私は心当たりがあった。



もしかして……イベントが進んだ?







△△



兄が急に戻ってきたその日の夜。

私は謁見の間にて両親から兄の学校で何があったのか聞かされた。


「ダニエルとジュリア嬢の婚約を破棄する事が決まった。といっても正式な手続きに少し時間がかかるがな」


内心でやっぱりかと呟く。

私の予想通り、イベントが進みジュリアはフィオナを階段から突き落とした。そして婚約破棄するまでに至った。

もしゲームの通り進むのならここでジュリアの変わりにフィオナが兄の婚約者となるのだが次の婚約者についての話はその場では一切語られなかった。


両兄の婚約破棄を聞かされた後、下がっていいと言われた私は兄の部屋に向かう。

フィオナと婚約するのか出来れば確認しておきたい。



ジュリアのイベントが起きたってことはほぼ間違いなくフィオナはお兄様のルートに入ってるってことだけど、確信が欲しいな……。



そのまま行けばフィオナは兄の婚約者になり、兄はフィオナと一緒に幸せになれるはずだから。

兄の部屋をノックすると内側からジェード様がドアを開けてくれた。礼を述べて中に入ると兄が苦笑を浮かべていた。


「あぁ、アリス。父上から婚約破棄のことを聞いたのかい?」

「はい…少し驚きましたけれどお兄様が決められたことならば私はそれでいいと思います。それで……お兄様、次の婚約者は…もう決まっておられるのですか?」


私の問いに兄は首を横に振った。


「いや、まだだ。と言っても王妃教育等もあるだろうからすぐに決まるかもしれないが……どうしてだい?」


まだ決まってない?なんで?

ゲームだと既にフィオナが次の婚約者と決まっているはずなのに…


「私の次の婚約者が気になるのかい?」

兄の言葉に我に返った私は慌てて頷く。


「えぇ…そうなんです、私はお兄様には幸せになって欲しいのです。ですからお兄様が心から望まれる方と結ばれるのが一番だと…思って…」


そう言葉にしてからはたと気が付く。


私にはゲームの記憶があった、だからからお兄様はフィオナと婚約するものだと決めつけているんだ…。

フィオナがお兄様とくっついてくれればって思っていたけど、例え相手がフィオナじゃなくてもお兄様が幸せならそれでいい…


私は兄のためにフィオナに近付いたけれどフィオナでなければ絶対に幸せになれない、と言うわけでもない。

詰まるところ私は兄が幸せならその相手は誰だって良いのだ。


なんだ、そっか……そうだったんだ。


フィオナが婚約者にならないことに一瞬焦ったが焦る必要など元から無かったんだ。

その事に気がついた私は兄を見上げてにっこりと微笑むとはっきりと言葉にする。


「次期国王である前に、王族である前に、お兄様は私の…たった一人のお兄様ですもの。幸せになっていただきたいです」

「アリスッ……!」


その言葉を告げるなり兄が私を無言のまま強く抱き締めたけれど、締め付けられ過ぎて呼吸が止まる前にジェード様から助けられた。


兄の腕力舐めてました……。

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