第99話 彼女への違和感
ローラ、ユキを新たに引き連れ、俺たちはアルカ・ディアスに帰還した。
「これは…………」
アルカ・ディアスを見て、ローラが声を漏らす。
「外周の木と石の柵による防壁など、しっかりしていると思いましたが、建物などもすごいですねえ」
ユキによる感想に、ローラが頷いている。
「正直、辺境の地で少規模の集合体と聞いた時はどのようなものかと思いましたが……確かにこれは驚きました」
「何も無いところからここまで、三ヶ月はかかってるけどなー」
逆に言えば、三か月で俺とゼルシア、ミドガルズオルムと異空間内で修理中だったバルオングだけから、よくここまで広がったものだとも思うが。
「あれ? サキト様、もう戻ったんですか?」
アルカ・ディアスの玄関口、先日設置したばかりの大門を潜ると、ちょうど食事の用意をしていたフラウとアサカが居た。
「ああ……、予想外に客人が増えたというか」
言うと、彼女らは上半身を横に傾け、こちらの後ろを覗き込む。
「お客さん? ―――って、すっごい綺麗な人……え!? 人間!?」
フラウとアサカの驚きの声を聴きながら、まあそうなるよなあと思いつつ、
「一人は
「了解しました。だったら、アルカナムでみんなに連絡回しておきますね」
アルカナムを取り出しながら言ったフラウに、頷き肯定する。
「そうだな。あと、お前らの知り合いたち、どうしてる?」
「今、中央広場でご飯を食べてもらってますよ。これは追加の分ですし」
アサカが持っている皿を示す。
「ん、彼らからも色々話を聞きたい。そういうの、お前たちから伝えておいてもらえるか。俺らも後で行くから」
「お安い御用です。行こ、フーちゃん」
「うん。失礼しますね」
一礼して離れていく二人の少女を見て、ローラが首を傾げる。
「あれは……
聞き覚えのある言葉が出た。確か、
「それ、吸血鬼の連中も言ってたな」
「人型では無い魔物でありながら、人間の姿を取る存在の事をそう言うのです」
そう言われ、何となく裏の意味を察した。
「あー……」
「ローラ、それ今後禁止よ。少なくとも、ここで御世話になる内はね」
マリアが唐突にローラに厳しく言い放った。
「何でだ?」
一応、訊いておく。おそらく、読み通りだとは思うが。
「蔑称なのよ、
「…………姫様がそう仰るのであれば」
一礼したローラが返答した。
(第一印象としてはお転婆系姫って感じだったけど、ちゃんとした考えも持ってるか。まあ、礼儀としては当たり前だけど)
むしろ、蔑称を使われ続けるなら改めてもらうつもりだった。
「――で、だ。サキト、この後はどうするんだ?」
ふと、ジンタロウに問われる。
「そうだなー。昨日、今後の方針を話したばかりなのに、まーた状況が一転したし……。とりあえず、現状の課題は魔物たちの今後か」
「それとフランケン、というよりはモンドリオ様との交易の話も進んでいませんね」
「あー、それもあったなー」
割とやる事だらけである。
「まあ、なんだ。状況としてはけっこう複雑な感じだけど、とりあえず……」
一息入れて、俺はこう言った。
「ようこそ、二人とも。人魔共栄統存地 アルカ・ディアスへ」
●●●
「マリアとあの
部屋の窓を開け、ジンタロウは椅子に座っているユキに告げた。
「はい、大丈夫ですよー。
…………お二人にここに連れられてきて、ドアを閉められて密室空間にされた時は、この後どうなってしまうんでしょうかと思いましたが」
頬を赤らめて言ったユキの台詞に、
「―――え……あ! すまん! 配慮が足りなかったか!」
慌てるジンタロウに、サキトが壁に背を預けながら言う。
「否、ジンタロウ。その人、解ってて言ってるだろうから。ニヤけてるし」
言われ、ユキの表情を確認したジンタロウは目を細める。
「……あのなあ……」
「ふふ、すみません。どんな反応されるか、少し気になってしまって」
「よくそんなに余裕が保てるな? 得体の知れない男二人と密室に閉じ込められたら、普通不安になるものだろう。それとも、余裕を保てるだけの力が君にはあるのか?」
言った先、ユキは首を横に振った。
「先ほどの女の子たちとのやり取りを見ている限り、お二人がそういう事をされるような方ではないと解りましたから」
それに、とユキは言葉を続ける。
「サキトという方については、事前に少しだけ情報を得ていましたし」
「……どういう事だ?」
「これです」
言って、ユキは着用しているジャケットの内側に手を突っ込み、とあるものを取り出した。
「それは……フランケン支部のギルドカード!」
「はい。これでも、ギルドメンバーです。Fランクですが」
ならば、サキトの事を知っていても不思議ではない。
彼もまた、ギルド、フランケン支部のFランクメンバーにして、初日でフランケンを危機から救った人物だからだ。
「むしろ名前を聞いた時、私の方がまさかと思ったぐらいですよ」
ユキの言葉に、サキトが項垂れた。
「えー……俺の事、まだそんなに噂になってる? 前に行った時はそんなでも無かったと思うんだけど」
「んー、熱狂的な状況ではなくなりましたが、局所的に語られる―――という具合でしょうか。まあ、サキトさんが活躍されたという当時、私はヴォルスンドにはまだ来ていなかったので、実際の温度差、というのはわからないんですが」
やっぱり余計な事したかなーでもなー、と項垂れたままのサキトに代わり、ジンタロウは質問を続けた。
「しかし……君の言葉が正しければ、二ヶ月前にはヴォルスンドには居なかったという事だが……」
「ええ、私は故郷を出て各地を見聞する旅に出ておりまして」
「見聞?」
「私の故郷は外国の文化や技術などを取り入れ、それらを独自に昇華する事で成長した国なのですが、その影響があってか、私自身も外の技術に興味があり、旅の主目的は実はそちらなのですよ。
道中で皆さんに会えたら良いな、程度で一ヶ月と少し前にヴォルスンド入りし、なんとなく面白そうだったので、冒険者の肩書を得て生活していました」
「それはまた……活発というか。しかし、ギルドのクエストはFランクでも街の外に出るのだろう。ここまでもそうだが、君は武装していないようだが……やはり魔法を主体とするのか?」
「あ、いえいえ。魔法は使えますが、魔物の知り合いに教えてもらった魔法などが主で、私自身の戦闘能力はたかが知れていますよ」
ならば、とジンタロウが続ける前に、ユキが手の平をこちらに向け、止めた。
「さすがに武器は持っていますよ?」
言って、ユキは横に手を伸ばした。
その手は空を掴む筈だった。しかし、瞬間、ユキの右腕が消えた。
「異空間を使った収納魔法か!」
それは、よく見る魔法。自分はまだ使用できない高等魔法であるが、サキトやゼルシアを始め、数人の魔人たちも使える便利魔法。
そして、取り出されたのは、拳銃だった。
●●●
「なっ……!?」
突然机の上に置かれた凶器に、ジンタロウがたじろいだ。
「そんな驚くような物でもないって、ジンタロウ。ガイウルズ帝国がけっこう近未来な技術を用いてるんだし、ユキ――ユキさんの国だって外国の技術を取り入れてるなら銃ぐらいあるだろ。そもそも、着ている服装だって、かなり作り込まれたものっぽいし」
俺はジンタロウに言いつつ、ユキの服装を見た。
「ま、まあ、元日本人の俺たちから見ても現代的というか……特徴的な格好だとは思ったが……それだとフランケンでは浮いたんじゃないか?」
フランケンは割と文化が入り乱れた町だ。
ヘルナル伯爵やモンドリオ、その弟夫婦であるモデルトとリンナのような、元からヴォルスンドの住人はヴォルスンド文化を基調とした服装をしている。
逆にギルドメンバーはそうではない。
調べによると、ギルドはそもそもオルディニアにしか存在しなかった。だが、初の外国支部という事でヴォルスンド側がフランケンに支部を建てる事を許したのだ。
その特例がどうして起こったか、その件に両国首脳の思惑が絡んでいるかは不明だが、オルディニアもガイウルズ帝国程ではないにしろ、入出国が厳しいようでギルドという存在は他国の者にとって遠い存在だったのだ。
そんなところに外国支部ができるとなれば、他国の間でも話題になるものだ。結果として、西都クルンメルや南都ベルスクスのようなヴォルスンド国内だけでなく、その南にある商業都市などからも人が流入しているらしい。
オルディニア本国からの物資供給もあり、様々な国の物が溢れているのがフランケンだ。
しかし、俺がフランケンに滞在している間に見ている限り、ユキが着用しているような服装をしている者は見た事が無い。
どちらが機能性に優れているか、というのはその場所によっても変わってくるので一概に言えないし、『現代的』という表現は様々な世界を体験している身としては正しい表現かわからない。
ただ、そのデザインは割と親近感が湧くものではある。
(ちょっと中高生男子が憧れるようなジャケットってのが、またなあ……)
ユキ自身がゼルシア並みの美女に加え、眼帯を付けている。そこに黒系のジャケットを着ていると、一見して
「そこはそれ、先程の隠匿魔法でどうにか。それに現地で買った服なども着ていたので、そこまででも無かったですよ」
「はあ……。何気に収納魔法も使えているし、色々と突っ込みたいところはあるが……」
「あんまり拘束するのも悪いだろ。俺らに敵対する感じでもないし、とりあえず様子見で」
「それはそうだが……、なんだかお前にしては甘くないか、サキト。珍しく呼び捨てじゃないし」
「否、俺だって初対面の相手とかは割と丁寧に相手するから」
「ふふ、なら私もサキト『くん』と呼んでいいですか? 歳が近そうですし」
「えっ……まあ、いいけど」
実際、こちらの方が相当年上なのだが。
しかし、ジンタロウに甘いと言われ、思う事がある。
「うーん……、うん、なんかなあ」
「なんだ、歯切れが悪い」
「あー……まあいいか。なあ、ユキさん」
「はい?」
「―――俺たち、前に何処かで会った事ないか?」
言葉に、一瞬、ユキが表情を崩した。
それは驚きだろうか。すぐに表情を戻したので、それを確認する術は無いのだが、
「……いいえ、私はサキトくんと会った事は無いと思いますよ? 会っていたとしたら、私の方も覚えています」
という事は、フランケンですれ違った、という事でもないだろう。
「というか、なんだその古臭いナンパの手口みたいな台詞。ゼルシアがいるだろお前」
「いや、そうじゃなくてさ。会った時から違和感があったんだよ。初めて会ったのに、何か記憶にある感じ」
だが、お互いに確かな記憶が無いのならば、事実は無かったという事か。実際、ジンタロウからも、
「よくある記憶違いだろう」
「そうかー、まあそうだよなあ。…………ん、よし、切り替えっと」
両頬を軽く叩いて、壁に背を預けるのを止める。
「ユキさん、とりあえず訊くけど、今後どうするつもり?」
「そうですねえ。ここの……えーと、魔人さん? たちも魔物でありながら人間に近い姿を取っているのは興味深いですし、あの子たちが持っていた端末とかもなかなか興味をそそられますから……もし、良いのであれば、しばらくお邪魔したいのですが」
「……んじゃ、ユキさんも行こうか」
やらなければいけないことが残っている。
「マリアとローラも一応含めて、新しく住人になるかもしれない奴らの対応」
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