第20話 失敗した勇者
俺がとった初期対応は、ひどく簡単なものだ。
人魔刀剣アルノード・リヴァルの抜刀。そこからの、鍔迫り合いだ。
「いきなり斬りかかってくるとか、はた迷惑な勇者だなー。だいたいどういう事だよ?」
ジンタロウは、俺が天使を連れている云々と言ったが、それは、オーディアの刺客ならば知っている、当たり前の事なはずだが。
俺は、アルノードを前に押し出しながら下に引き降ろした。瞬間、ジンタロウが俺の力に押し負け、後退する。
見た目の体格はジンタロウの方が大きいが、それはまったくあてにならないのだ。
「くっ……、どうもこうもねえ! 言葉通りの意味さ! 天使はやつの手駒だ!」
押され、後方に跳躍したジンタロウが言った。
その意味を聞いてるんだろうが、と呟くが、今のままだとジンタロウが興奮していて、まともな話しができない。
(あの様子、単純な話じゃない気がする。少なくとも、オーディアの刺客にしては色々おかしい)
一度無力化しなければ。斬り捨てるだけならば簡単だが、こちらとしても他の勇者が持つ情報は手に入れておきたい。
そう思ったときだ。再度の踏み込みがきた。
こちらも迎撃を取ろうとする。
だが、それよりも早く、後ろから声が来た。
「サキト様、お下がりを!」
ゼルシアが俺の前に躍り出た。その手に銀の槍を持ってだ。
「……!?」
突如俺の後ろから飛び出たゼルシアの槍の切っ先はまっすぐジンタロウの心臓付近を捉えており、ジンタロウの表情から予想外の攻撃だったのだろう。
まずい。このままでは殺してしまう。
「ゼル……!」
しかし、ゼルシアが攻撃をやめれば、今度は彼女がジンタロウの攻撃を受けてしまう。
ゆえに、最善は俺が瞬間移動で両者の間に移動し、両方の攻撃を止めること。
そのように判断し、行動に移そうとしたときだ。
ジンタロウが空いている左腕を無理やり前に出した。それは、左腕でゼルシアの槍を受けるということ。
(―――無理だ。たとえ、勇者で、強化されていたとしても、ゼルの槍は人間の腕程度なら貫通する)
元から神格武装だった物に、さらに俺が手を加えた物なのだ。今、ゼルシアの攻撃は単純な突きではあるが、人間にとっては致命的な通常攻撃だ。
やはり、だめだ。俺が動かなければ。
だが、今の行動に対する反応で、動作が遅れた。
気付けば、ゼルシアの槍が、ジンタロウの腕に突き刺さるところだった。
このまま、ジンタロウは串刺しになる―――と思ったのだが。
ガキン、と。金属を弾く音が響く。
「なっ……!?」
ゼルシアが驚きの表情を作って後退する。
ゼルシアの槍を、ジンタロウの腕が防いでいたのだ。
「有り得ない。能力発動していない通常攻撃でも普通の腕ぐらい……、そうか、あんたのスキルか」
見れば、ジンタロウの左腕が光を帯びている。
「……そうさ。これが俺のスキル:《防ぎの光》だ」
その名と先程の結果からして、防御系のスキルだろう。ゼルシアの槍を防いだのならば、それも生半可なスキルではない。
ジンタロウは背負っていた盾を左腕に持った。
金の色を主体に宝飾が施されたそれは、
「そして、これが俺の愛用の盾―――グランアイギス。お前たちの攻撃は俺には絶対に通らない」
「はっ、女神の盾か。おっさんが持つ盾にはちょっと過ぎたものじゃないか?」
女神アテナの神盾。おそらく、俺にとってのアルノードに位置する武具だろう。
「ほざいてろ。お前たちを倒してオーディアについて吐いてもらうぞ!」
―――やはり。
この男、オーディアの刺客などではない。
(むしろ
これは、思ったよりもいい流れかもしれない。
「―――いかがなさいますか、サキト様」
ゼルシアが槍を構えながら問うてきた。
「俺の考えてる通りなら割と話は簡単なんだ。とりあえず落ち着いてもらう必要があるし、やっぱり無力化する必要があるな。あ、殺すなよ?」
「……迅速に処理いたします」
ゼルシアはこのまま戦闘をするつもりらしい。
ならば、試したいこともある。
「じゃあゼル……『ヴァナルガング』の使用を許可する」
「―――かしこまりました」
直後、ゼルシアの魔力放出量が急上昇する。
「何をする気だ……!?」
「なに、試運転だよ。
こっちの方とは。問われる前に、ゼルシアが詠唱を開始する。
「―――目覚めなさい、その牙を突き立てるために……ヴァナルガング!」
直後、ゼルシアの槍が、凍りつく。見た目にさしたる変化はない。だが、その武装の属性は闇を基調としたものになった。
ゼルシアが持つ天槍 グングニアル・ルミア。元々、天使が持つ槍を、アルノード同様、俺が改造したものだ。
そして、そのさらに第二形態。天槍グングニアル・ヴァナルガング。
「……いきます」
ゼルシアが前に跳んだ、否、飛んだ。
飛翔の加速を以って、一撃で決めるつもりらしい。
「なんだかよくわからないが、武器が変わったところで……!」
絶対の自信があるのだろう。だから、それを砕いて、隙を作る。
そもそもヴァナルガングは何を目的に作られたのか。
グングニアル・ヴァナルガングの切っ先が、《防ぎの光》で強化されたグランアイギスに接触した瞬間だ。
パリン、と。光が砕け、グランアイギスにひびが入る。
「なっ―――ぐあっ!?」
直後、俺はジンタロウの後ろに瞬間移動し、魔力をぶつける。
数秒もせずに、ジンタロウが横に倒れこんだ。
不意打ちの強力な魔力に当てられ、ジンタロウが気絶したのだ。勇者なので、普通の人間であれば致死量に値する魔力が必要なのが面倒だ。
「……これでよしと。たぶん、すぐに目が覚めると思うから魔法で拘束して話を聞いてみよう」
●●●
「―――んあ? 俺はいったい……」
「サキト様。目が覚めたようです」
「おー、起きたか」
「あ! お前ら! ……って、これは……」
ジンタロウは両腕を魔法による鎖で拘束されており、地面に座らされていた。
「悪いが、落ち着いて話をしたくてな」
「っち……焼くなり煮るなり、好きにしろ。どうせ俺は失敗した男だ」
「……失敗した男……?」
そちらもそちらで気になるが、今はオーディアについてだ。
「どうやら勘違いしているみたいなんだけど、俺は勇者じゃないぞ」
「……何を言っている。そんな力を持っていて、オーディアを知っているやつが勇者じゃない訳が無い。天使を連れているやつは初めて見たが」
「あー、まあそうだな、訂正しよう。俺は元勇者だ。オーディアに敵対したから今は勇者じゃない」
「オーディアに敵対だと……?」
ジンタロウが信じられないものを見る目をする。
「証拠は無いから信じろ、とは言わないけど。元天使のゼルシアが言うなら信じるか?」
「……元天使だと? 確かに片方の翼が黒いが……」
そうは言うが、怪訝な顔は止めていないジンタロウ。
「逆に俺がいろいろ聞きたいんだけど? 俺たちはてっきりあんたがオーディアの刺客だと思ってたんだけど」
「ふざけるな! 誰があんな女神の……!」
「……何があったか教えてくれるか?」
勇者であるジンタロウが、女神オーディアに対して悪態をつくのは理由があるはずだ。
「……いいさ。どうせ、拒否権は無い。
俺はさっき自分の事を失敗した勇者、だと言っただろう?」
「それも気になってた」
「あれはそのまんまの意味だ。俺は、日本で死んだ後、女神オーディアの手で勇者として転生した。望む力を与えられてな。そして―――失敗したんだ」
失敗した。それが何を意味するか。
「勝てなかったのか、魔王に」
「ご名答だ。俺の力は己を守る力だ。だが、守っていただけじゃ、戦いには勝てない」
確かに、戦いにおいて、自分ひとりが生き残っても、意味が無い。
「途中まではうまくいっていたんだ。だけど、魔王と相対して、思い知った。守るだけじゃ意味がないと」
次々と倒れていく戦友たち。そして、最後には己も力を使い果たし、魔王に討たれた、と。ジンタロウはそう言った。
「そして、二度目の死を迎えて、目の前にいたのはやはりあの女神だった。
やつに言われたよ。『力を与えても貴方は失敗したのですね』とな。俺が本当に望んだ力を与えてくれなかった割に言ってくれる」
「守る力が望みじゃなかったと?」
ゼルシアが焚き火に木の枝を放り込みながら訊いた。
「いいや、守る力が望みだった。
―――だけど、それは『誰か』を守る力だった」
「あんたの力は、『己』を守る力……そういう事か」
自分だけを守る力と誰かも守れる力はまったく異なるものだ。
オーディアは、ジンタロウの望みを少し勘違いして汲み取ったのだろう。
「やつには『他人も守れるほど強くならなかった者が悪い』などと言われたがな。正論ではあるが、望んでもいない戦いに駆り出された側としては許せん言葉だ」
「オーディアそういうところあるからなー。だから俺も離反したんだけど。で、そこからどうなったんだ?」
「『心配しなくとも失敗した者はある程度存在します。そんな者たちにも役目はあるのでご心配なく』と言われた」
「役目だと?」
「そこははっきり言ってはこなかった。だが、その言葉の後、気付いたらこの世界に送られていた」
つまりは俺と同じく、転移させられたのだろう。強制転移で、空高く放り出されるよりはマシだと思うが。
「それが、あんたがオーディアを探す理由か?」
「……半分だ。本題は別にある」
忌々しげにジンタロウが言った。
「本題? なんだ?」
当然問う訳だが、
「……そこまで言う気は無い。俺の個人的な問題だ」
「それもそうか」
ジンタロウの境遇はある程度わかった。
そこからどうするか。
「まあ、俺みたいにオーディアに敵対する勇者がいるとは思わなかったけど、現状あの女神のところまで行く方法なんて無いと思うぞ」
「……そうなのか?」
「そーだよ。元天使のゼルがそう言うんだからな。俺たちじゃどうにもならない」
事実だ。可能なら既にもう一度相対して能力を奪い取っている。
「お前たちですら知らないのなら……そうか。無理なのか……」
ジンタロウが肩を落とす。
「まあ、でも俺はオーディアの怒りを買ってるからな。案外、向こうからやってくるかもしれないけど」
「なんだって?」
「可能性は否定できません。女神オーディアにあそこまでの傷を与えたのは私が知る限り、サキト様しかおりません。プライドを傷つけられて黙っている女神でもないと、私は判断します」
「そうだなー。来ても返り討ちにするつもり満々だけど……そうだな、あんたもオーディアには用があるんだろ?」
「あ? あぁ……」
「だったらさー。
―――俺の協力者にならない?」
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