第10話 リザードマンの少女Ⅱ

「じゃあ、やっぱりフラウはリザードマンなんだな?」


 俺は肉を飲み込んでから言った。


 フラウの体温を上げるために用意された焚き火は既に鎮火している。

 

「はい……一応」


 ミドガルズオルムの登場に気絶したフラウは、思ったよりも早く復帰し、渡した肉を既に食べ終えている。


「だけど―――あ、失礼を承知で訊くが―――なんか、フラウはかなり人間に近くないか? 肌は青白いし、鱗も所々に見えるけど、遠めに見たら人間の女の子と見間違うぞ?」


 実際、アルドスで最初に彼女を見つけた漁師の男は見間違っていた。


 俺の言葉に、涙目のフラウは口を尖らせて、


「うぅ……どーせあたしは弱小魔物ですよー」


「……どういうことだ?」


 フラウはため息を付きながら言葉を作った。


「あたしはリザードマンの中でも弱い個体ですから。親兄弟もこんななので、血のせいかもしれませんが。各地の魔王様に仕えるようなリザードマンはもっと全身が鱗で覆われていて、あたしたちとは骨の形状からして違うんです」


 それこそゲーム等の物語で出てくるトカゲな感じのやつだろう。俺の魔王時代の配下もそればっかりだったし、世界が異なっても一般的なのはそちらの方なのだろう。


 しかし、そうなるともう別の種なのでは、と思うが、フラウの魔物のプライドというものもあるだろう。


「それより! そっちのお話もちゃんと聞かせてください! 何でニンゲンのサキトさんとサキュ……天使のゼルシアさん、そ……それに……ドラゴン様までいっしょにいるのかを!」


 フラウが身を乗り出して訊いてくる。


 確かに、何も知らぬ者から見たらどんな組み合わせだ、と思うだろう。


 ジョルトやモンドリオたち人間相手とは異なり、こちら側の正体も多少ばれてしまったし、少しぐらいなら情報を開示してもかまわないだろう。


 だが、その前に確認したいことが俺にはあった。


「ちょい待ち。教える前に一つ確認したい。

 今でも、フラウはゼルの翼が見えてるのか?」


「え? はい。白と黒のきれいな羽もおっきいおっぱいもばっちりです!」


 割と攻めてくるなぁこの子! という内心の驚きをとりあえず横に置く。


 やはり、見えている。未だゼルシアの翼は彼女自身の幻影魔法で見えないはずなのだ。俺ですら何らかの突破方法を用いなければ見えないほどの完成度の魔法それが、フラウには通じていない。


(……まさか)


 俺はとあるスキルを発動させる。その名は《鑑定博士》。


 《工房にてクラフター》と同様、《進化する者エボルター》から進化変異、独立させたスキルである。


 効果は簡単。これを介することで、価値のわからないものやスキル等の情報が手に入る。妨害・抵抗の魔法やスキルが無ければ、失敗することもほぼなし。《模倣する者うばいとり》にもこのスキルは応用発動されているため、俺にとっては重要なスキルの一つだ。


 今回の対象はもちろんフラウ。


 発動から数秒で頭の中に情報が流れてくる。




 ・種族:リザードマン―――やっぱりリザードマンなのか……。

 ・年齢:16―――妥当か。

 ・身長:151cm、・体重、・3サイズ―――おっと、ここは別に良い。

 ・保有能力:スキル《見破る者》―――あった。




 やはりスキルだ。


 俺はこのスキルを更に調べる。




 ・スキル:《見破る者》:幻影等の不可視のものや隠されたものを発見する力。パッシブスキルタイプ。




(なるほど。だから、フラウはゼルの翼が見えたのか……)


 しかしこれ、直接的な戦闘力は無いが、ゼルシアの魔法を突破した点だけ見ても相当に強力だ。


「フラウはさ、何か得意な事ってあるか?」


「え、得意、ですか……。うーん……。リザードマンなのに泳げない魔物に得意なことなんてあると思います……?」


(泳げないのかよ。否、だから打ち上げられていたのか)


 というか、一連の流れからかなり弱気になっているようだ。


「ほんと、なんでもいい。

 ―――例えば、とかさ」


「……魚探しとか、みんなが無くしたって言ってたものを探してあげるのは……得意……かな?」


「うん、そうか……。それさー、フラウのスキルだ」


「そうなんですか…………え、なんて?」


 目をぱちくりさせて、フラウが聞き返してきた。


「いや、だからそれ、フラウのユニークスキルだ。名前は《見破る者》。結構上位ランクだなーこれは」


「―――は、ははは。冗談ですよね?」


「否、嘘でも冗談でもない。

 正直に言うと、今、ゼルには自分の翼を他人に見られないように魔法をかけさせているんだ。それは、俺も普通の状態じゃ見えないぐらい完成度の高いやつなんだけど、君には見えてる。だから、悪いけど俺のスキルで君の状態を確認させてもらった」


 こっちとしてもだいぶ驚く結果なのが、本音だ。


「で、でも! スキルってニンゲンの勇者や一部の強い人が持ってるもので! 魔物が持つ物じゃ……」


「それなんだよ」


 そう、魔物はスキルを持つことができない。


 その種族特有の能力というのは大概どの魔物でも持っている。


 だが、『その個体特有の能力』であるスキルは基本的に持てない。魔物の、スキルのように見える能力も、種族特有の能力を極めていった結果、昇華したものなだけで、言ってしまえばスキルとは別物だ。


 だから、言っては悪いが、リザードマン―――しかも、フラウのような個体が持てるはずの無い代物なのだ。


『なんでだろうな』


 俺は、ゼルシアとミドガルズオルムにしか聞こえない呟きを作った。


『……考えられるとすれば、フラウ様がリザードマンと人間の間にもうけられた子ども、というのは?』


『否、ハーフぐらいだったら《鑑定博士》でちゃんと出る。フラウは生粋のリザードマンなのは確かだ』


『……小娘は、自らを弱小個体と称していたな。強者たる個体の姿かたちは我らの知るものと同じようだが、この小娘はまるで人間のそれだ。淫魔のように、元から人間に近いわけでも無いのだ。そこに何らかの意味があるとするしかなかろうよ』


『他の魔物も見てみない事には結論は出せないか』


 逸って間違った結論は出せる状況ではない。


「うーん、とりあえずこの話は保留で!」


「すごい気になるんですけど!」


(そりゃあ、気になるよなぁ、自分のことだし)


 しかし、こちらも何かを言えるほど、情報がそろっているわけではない。


「それより、こっちのこと、教える約束だったよな。さて、何から話したものか……」


 俺は、自分が元は異世界に住んでいた普通の人間の子どもだったこと。死んで、異なる世界を渡り、勇者や魔王を経験したこと。ゼルシアやミドガルズオルムとはその過程で仲間になったこと。その後、色々あり、この世界にやってきたのが昨日の話である事を、簡易的に説明する。


 女神の存在や俺たちとの関係などは省いたが、それでも俺たちがどのような存在なのかはわかるようにした。


「……し、信じられない。他の世界があるなんて……え、じゃあこの世界も死後の世界の一つみたいなものなの……?」


 ぶつぶつとフラウが独り言を呟いている。情報過多で整理するのでやっとのようだ。と、思ったら、こちらを向いて、


「て、ていうか、サキトさん、やっぱり勇者だったんじゃないですか! あ、でも魔王様でもあった……。うー、わけわかんない……」


「どっちも昔の話だから。今はどっちでもないから安心してくれ」


 今日に入り、今まで手に入れた情報をまとめると、この世界には複数の勇者と魔王が存在しているが、場合によっては、どちらも厄介な存在である可能性が高い。少なくともジョルトたち難民や、フラウたちのような魔物にとっては。


 そのどちらでもあり、どちらでもない俺は今後、自分の存在をうまく使い分けていかなければならないだろう。


「勇者でも魔王様でもない……あ、じゃあ―――」


「ストップ。その先は言わなくていい。俺は魔人サキトだ。それ以上でもそれ以下でもない。OK?」


「おーけー、ってなんだろう……? ま、まあ、サキトさん自身がそう言うんだったら魔人さんということで、わかりました」


 うんうん、聞き分けの良い子は好きだよ。


「ちなみに今の話、あまり言いふらさないでもらえると助かる。現役勇者でも魔王でもないとは言え、そういうのに寄ってくるのって面倒なものばかりだからさ」


「わ、わかってます。他の誰かの事を言いふらすのは良くないことだって父さんに教えてもらってますから」


「良いお父さんじゃないか。あの湖の北側の町にいるんだろ?」


「はい! って、何で町の事まで!?」


 ミドガルズオルムが魔力感知で何かしらがあることだけは知っている。あとはフラウの話から推測しただけだ、とフラウに教える。


 ここで、とある問題が浮上する。俺たちではなく、フラウにだ。だが、当の本人は気付いていないようなので、


「―――しかしフラウ様。先のお話ではご家族もいらっしゃるようですが……良いのですか? ご心配されていらっしゃると思うのですが」


 ゼルシアのふとした言葉に、フラウが動きを止める。


「……まずい、絶対心配してる。ていうかもう死んだと思って墓とか立ててる絶対!」


 慌て始めたフラウを、俺たちは温かい目で見るのだった。

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