未来歯車

二方 奎

初回・最終話



「残り五分です」



 その一言によって、彼ら、彼女らの顔はよりいっそう下がった。

 紙の匂い。鉛筆が駆け抜ける音。発音地のわからない、革靴で硬い床を叩く音。それらがまた彼ら、彼女らの後頭部へと見えない重りを載せていく。


「……はぁ」


 ため息と呼ぶにはあまりに軽快な音が講堂の中いっぱいに広がったのは、宣告から二分ほどが経った頃だ。音を発した主は、満足げな顔で紙の上を汚すカスどもを払いのけている。


「……ふぅ」


 また。


「……っし」


 また。


「……っん」


 また。

 タイマーの示す値が一減るごとに一つ、新たな音が生まれていく。


「筆記用具を置いてください」


 よく通る、落ち着いた男性の声。

 それと重なるように、各々握っていた鉛筆を置く。


 そして同時に、千の音が生まれた。


 その音は、極度の緊張から解放されたことへの喜びを表す。


 その音は、自身の解答を振り返り不安を抱いたことを表す。


 その音は、未来への大きな期待と幾度の挫折への道を表す。


 そんな音に、名前はない。



 強いて付けるとするならば――人生の新たな歯車に油を注した音だ。

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未来歯車 二方 奎 @hutakata

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