見えない心臓

小端咲葉

第1話

僕の街は都会の中心にあるが、都会とは思えないくらい緑が多い。緑が多いのは開発都市だからと昔、母さんが言っていた気がする。

公園が多く、小さい子供づれやお年寄りが、利用したりしている。たまに近所のおばさんが井戸端会議場に使ったりして、あれやこれやと噂話をする。

そんな平和な街に小さい頃から僕らは住んでる。

「凪。何してるの?」

赤いランドセルを背負った腐れ縁という名の幼馴染が僕の名前を呼ぶ。

「ん?何もしてないよ。」

僕がそう答えるとえー、と疑うような目線を僕に送り、問い詰めてくる。

「そこまでにしとけよ。真夏。」

幼馴染の1人裕翔が止めに入る。

「そうだよ。凪が困ってる。」

雪乃が相槌を打つちながら言う。

「えー…でも~こうはぐらかされると気になるじゃん!」

「どうせ、桜子さんのことでも考えていたんじゃない?」

とからかうように言う裕翔に図星をつかれ、うるさい!と下手に誤魔化す。さっきは止めに入ったくせに、裕翔はすぐに調子に乗る。

桜子さんは近所に住んでる女の人で、とても綺麗な人。感情が、ころころ変わってとても可愛らしいと僕は思う。


桜子さんとは、5歳の時に出会った。

幼馴染のみんなと鬼ごっこをして偶然転んだ僕を「大丈夫?」と助けてくれた。桜子さんは、5歳の僕には衝撃的なほど綺麗で、在り来りな出会いだけど、僕が惹かれるには十分だった。

「ごめん。今日も桜子さんのとこに寄ってから帰るから。じゃあ。」

そう皮肉を込めて言った。小さな抜け道に入る。道を抜けると、都会とは思えないくらいの緑の豊かさで小さな森が広がっている。まるで物語が始まりそうな、そんな、小さいけど、綺麗な森。桜子さんはその森の中の小さな家に1人で住んでいる。

「桜子さん!こんにちは!」

「凪くん!久しぶり。もう来ないかと思ってた。」

桜子さんと会うのが久しぶりのせいか

少ししょげている桜子さんがとても可愛くて、笑ってしまった。

「ごめんなさい。ちょっと色々あって。」

「そうだったの?小学生も大変ね。」

「また、子供扱いじゃん。」

子供扱いは侵害だなぁ…。

「ふふ。小学生もまだ子供よ。」

「僕だって、すぐ大人になるよ!」

子供としてじゃなく、男の人として桜子さんには見てほしいのに。桜子さんは少し笑ってから、優しい顔で僕を見る。

「お母さんは?調子どう?」

「荒れてるよ。変わらない。」

丁度桜子さんに出会った頃、僕の兄が事故で死んだ。そこから母さんが荒れ始めた。

よくあるやつ。そう。よくある。その姿を見て、父さんは自分には母さんを元に戻すことはできないと家を出た。僕は、母さんに元気になって欲しくて、兄のように、賢く優しく明るく振舞った。

でも母さんはそれを全て壊していく。今は、精神科に通って精神安定剤で大人しくしている。切れた時の反動はすごいが、初期の頃と比べると大分マシになった気がする。母さんのことに関しては、何かと幼馴染のお母さんも、近所の人も気にかけてくれている。母さんは人との距離が近いから嫌だとポロッと零したこともあった。

僕がどんなに愚痴を零しても、受け止めてくれる。桜子さんは何とも思ってないかもしれないけれど僕は桜子さんのことが好きだったし、この時間が幸せだった。

「僕もう帰るね。」

名残惜しそうに長くなった桜子さんとの会話を切り上げ家に帰る。

「またね。」

桜子さんは笑顔で僕に言った。

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