死神は人間の夢を見る

(°_゜)

願いを叶えるもの

 そして、私は記憶を失くしました。


 私はぽかんと地べたに座り込み、目の前に立っている男の人を見上げています。

 着古したスーツによれたネクタイ、メガネをかけた気弱そうなサラリーマン風の男。額にへんなできものと言われたら納得してしまいそうな小さなツノが生えています。


「目の前の男は願いを聞く対価に魂を買う男である」「私は目の前の男に頼んで記憶を消してもらった」

 それは覚えています。ただ、何故そうしたかはもう覚えていません。


 私の茫然としている様子を見て、目の前の男は自分の仕事完了を悟ったようですが、ちっとも嬉しそうではありません。

 むしろ憂鬱そうで、それはそう……例えば、自分の仕事の成果よりも胃痛に悩まされててそれどころではないというような顔つきでした。

 これから私は魂を奪われてしまうのでしょうか。


「ええと……」


 男が口を開き、私は思わず身をすくめます。

 その反応を見て男は、


「大丈夫です、あなたは今から死ぬわけではありません。新しい人生をやり直すんです」


 私の考えはお見通しと言わんばかりの回答でした。きっとその言葉も心のマニュアルに書いてあるくらいに言い慣れているに違いありません。


「やり……直す、ですか」


「今からあなたは人生をやり直して、その人生が終わった時に私は魂を頂きます」


「はあ」


 はあ、じゃない。答えてから思わず私は自分に突っ込みを入れてしまいました。


「私はなぜ……いえ、何をやり直せばいいのでしょう」


「その質問については回答しないでくれとあなたから言われています。何故やり直すかについても」


 依頼者も私なだけあって、困った時の私の反応を熟知しているようです。

 言葉に詰まっている私に、男は言葉を続けます。


「やりたいと思っていることを見つけて、それに従えばよいのです」


 記憶を失くしてるのにやりたいことなんてあるわけがありません。強いて言えば、この状況になった理由を知りたいとは思いますが、さすがに埋めたものを掘り起こすようなコトをするよりは有益なことがいくらでもあるような気はします。


「あなたはどうするのですか?」


「私ですか?」


 男は全く想定外の質問だったようで、目を瞬かせた。その表情が素朴でなんだかかわいらしい。

 そう、この男。

 上から無茶ぶりでこれをやれと言われたら、まったくもってわけのわからない言い訳をもごもごいってるうちに尻を叩かれて追い立てられそうな雰囲気のある男です。


「どうやら私はこれからまた歩き出そうと思ったら、それに困らない程度の記憶は持っているようです。そしてこれが一般的に言う5つに分類される記憶の中で、過去や思い出に該当するような記憶を忘れているようだ……とこういう話が出来る程度に記憶は持っています。ただ、ここから何かするために踏み出せと言われても意志も動機も空っぽなんです」


 ですから、と私は前置きをして、男を強めに見つめた。男は相変わらず目を瞬かせている。しめしめ、困っているようだ。

 ああ、とそこで私は気が付きました。一つだけやりたいことをみつけられたようです。


「あなたの話をしてください」


 きっともしかしたら、私はとびきりいやらしい笑みを浮かべていたのだろうと思う。


「私があなたの願いを叶えてあげましょう」

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死神は人間の夢を見る (°_゜) @Munkichi

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