85 ものの頼みかたがなってない!
「わたちたちに見せるでち」
ウンディーネの女の子が近づいてきて言った。
私は、アビスワームの胃袋から敷物を取り出し、その上にシェリーさんを寝かせ、ウンディーネに診てもらう。
二人のウンディーネが、シェリーさんの前にしゃがみこみ、熱心にその身体を調べだす。
「ど、どうかな……?」
「これは……エーテルが火傷してるのでち」
「エーテルが?」
「人間は現世の存在でちが、その精神は
私はおもわずシェリーさんを見る。
「ぐ、うう……」
身体に目立った傷はないが、胸を押さえてまだ苦しそうにしてる。
私が魔術士としての感覚でシェリーさんを改めて観察すると、身体の輪郭に重なってぼんやりとエーテルが感じられた。
注意深く観察すれば、私自身の身体にも、同じようにエーテルの輪郭がある。
魔法を使うときはこの中でエーテルを練りあげるのだが、その際にエーテルの輪郭が揺らぐことはない。
「シェリーさんのエーテルの輪郭が……引きつってるね」
「見えるのでちか? 人間にしてはすごいのでち。その引きつりを治さないといけないのでち。あまり放っておくと、その引きつった状態が常態になって、精神が歪んでしまうのでち」
深刻な顔で、女の子のウンディーネがそう言った。
「ど、どうすればいいのかな?」
私の問いに答えたのは、これまで沈黙してた夢法師だった。
――わしとウンディーネが協力すれば、その娘のエーテルを癒すことは可能だ……さいわい、その娘は暗黒騎士の攻撃をある程度はかわしていた……
「じゃあ、お願いできるの?」
――条件次第だ……
「条件? こんな状況なのに?」
――こんな状況だからこそ、だ……このままではわしやウンディーネたちはイムソダとその手下めに殺される……ウンディーネに物質的な攻撃は効かぬが、あの暗黒騎士の闇の炎は厄介だ……
「ええと、つまり、イムソダやクレティアスを倒すのを手伝えってことかな?」
――その通りだ……
夢法師の言葉に、私はしばし考える。
(気に入らないね)
これは脅しだ。シェリーさんの安全を人質に取った。
「その提案への答えだけど……あはは、悪いけど、お断りだね」
私はきっぱりとそう言った。
――ほう……その娘が精神に後遺症を負ってもよい、と……そういえば、知り合ってからさほど経っていないのだったか……
「そういうんじゃないよ。シェリーさんを見捨てるなんて言ってない。
ただ、私はこうするってだけ」
私は苦しむシェリーさんの胸元に手をかざし、自分のエーテルをシェリーさんのエーテルと共振させる。
引きつったような痛みが、私の身体の、シェリーさんが「火傷」を負ったのと同じ箇所に生まれた。
「うっ……」
――よせ、素人にできることではない……
「あはは、でも、これって要するに、形を整えればいいんでしょ」
私は共振した自分のエーテルに火傷を写し、その火傷を健康な状態へと整えていく。
シェリーさんのエーテルから火傷が消え、続いて、私のエーテルからも消え去った。
――なんと……
「あはは……なんとかなったね」
私は汗みずくになりながら安堵のため息をついた。
(前に、ロフトの街の門番さんが見せてくれた治癒魔法。ずっと研究はしてたんだよね)
ポーションはうなるほどあるし、私自身が怪我をしなかったので、これまで使う機会がなかったのだが、一応、門番さんが使ってた程度には使えるようになっていた。
もっとも、精神の傷なんて治したことはなかったから、今回のはぶっつけ本番だ。
「はぁ、はぁ……み、ミナト……」
シェリーさんが、もうろうとしながらも、やや持ち直した様子でつぶやいた。
そばで固唾を呑んで見守ってた見張りの騎士さんもほっと胸をなでおろしてる。
私は、水球の老人に向き直って言った。
「さあ、夢法師さん。これであなたの交渉材料はなくなったよ」
――むう……
「私にあなたを助けてあげる理由はなくなった。シェリーさんを連れてこれでバイバイ、あとはどうなろうと知ったこっちゃない。クレティアスは私を追いかけてくるかもだけど、こっちは盗賊士だから逃げ隠れは得意なんだ」
――ウンディーネが、そこな騎士を治療した件はどうなる?
夢法師が言うのは、クレティアスに斬られた見張りの騎士をウンディーネが隠れて治療してくれたことだろう。
たしかに、あれがなければ危なかった。
「でも、それはそっちにも利があるからやったことだよね? 事前に、治療するから言うことを聞けと言って承諾を取ったわけじゃない」
――道義的な責任はあろう……
「道義? あなたがそれを言うの? イムソダに協力して覚醒者を大量に生み出し、たくさんの惨劇の原因を作ったあなたが?」
夢法師が沈黙した。
私はため息をつく。
「あのさ、まだわからないかな?
人にものを頼むのに、人質を取って交換条件を持ち出すっていうのは、悪党のやり口だよね? それこそ、ウンディーネたちのことを持ち出してあなたに協力を迫ったイムソダと変わらない。
悪党が悪党を倒す分には、私には損がないどころか、得ですらある。夢法師とイムソダ、クレティアス。誰が死んでも私にとってはおいしいんだよ。自分の手で成敗して回らないと気が済まないってわけじゃないし」
夢法師はなおも黙ってる。
代わって口を開いたのは、二人のウンディーネだった。
「「助けてくださいなのでち」」
そう言って私に頭を下げる。
「ほら、ウンディーネたちのほうがわかってるじゃん。夢法師なんて言って威張ってるくせに、こんなこともわからないんだから。
べつに、感謝してほしいとか、頭下げさせてドヤァしたいわけじゃないけど、脅されて命令されてってのはちがうでしょ」
私はそう言って肩をすくめる。
――うむ……これは、わしがまちがっておった……ミナトよ、心から謝罪する……
「ウンディーネを思えばこそってのはわかるけどね。
あ、でも、助けるからには報酬は何かしら用意してもらうから。頼まれたからってタダで引き受けるほどお人好しじゃないし」
――それはむろんだ……ダンジョンが大きかった時代に貯めこまれた珍品がいくらもある……わしには無用の長物だから、好きなものを好きなだけ持っていけばよい……
「最初っからそう言えばいいんだよ」
ふん、と鼻息ついて言う私に、
「いやぁ、それでも十分お人好しだと思うけどな……」
と、見張りの騎士さんがつぶやいた。
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