56 慈善か偽善か

「あはは、門番さん、ひさしぶり」


 ロフトの街の城門にたたずむ門番さんに声をかける。


「おっ、嬢ちゃんか。ひさしぶりだな」


 どうやら覚えててくれたらしい。


「その格好、冒険者としてもうまくやってるみたいだな」


「わかるの?」


「登録してひと月もしないうちにこれだけ装備が揃ってれば立派なもんだ」


「門番さんがいろいろ教えてくれたからだよ」


 実際、彼のおかげで、この世界で不審者扱いされずに済んだと思う。


「なに、いいってことよ。嬢ちゃんが幹部冒険者にでもなったら、そのときは酒でも奢ってくれ」


「幹部冒険者?」


「おいおい、知らないのか? あいかわらず見てて不安になる嬢ちゃんだな」


「あはは。すみません」


「冒険者ギルドは冒険者の互助組織だ。優秀な冒険者は将来ギルドの幹部になる資格を得る。そうじゃねえと、海千山千の冒険者が素直に言うことを聞かないからな」


「実力主義なんですね」


「そういうこった。具体的には、自然と人の口に二つ名が上るくらいって言われてるな」


 二つ名、きたぁ!

 はい、テンプレごちそうさまです。衣がさっくり揚がってて美味しかったです。

 それ、天ぷらや!

 ⋯⋯まで脳内で考えた。


「なんか基準があいまいですね」


「そうでもないさ。人望があるか、人からおそれられてるかじゃないと務まらないんだからな」


 なるほど。わからなくもないかな。


(ポイントを稼いでランクアップ! みたいな仕組みじゃないんだね)


 納得しながら、気になってたことを聞く。


「あの⋯⋯彼女はどうしてますか?」


 私の質問に、門番さんが顔を曇らせた。


「⋯⋯深入りしないほうがいいって言ったよな?」


「はい。でも、やっぱり気になります」


「コカトリスのくちばしがあるわけでもないんだ。中途半端に関わっても、互いのためにならないぞ」


「あ、あはは。たしかに、へたな同情は傷つけるだけですね。ただ、気になるだけです」


「本当か? まぁ、それがわかってて関わるって言うなら止めないが。

 俺も気にかけてはいて、たまに見かけたときに、怪我を治してやったりはしてるよ」


「怪我、か」


「何も言わないが、父親だろうな。呑んだくれてろくに働きもしない。娘に乞食をさせて、その上がりで酒を買う。典型的なろくでなしだ。しかも、冒険者崩れだからそこそこ腕力もある」


「冒険者だったんですか?」


「近所の人の話ではそうらしい。

 冒険者は危険な仕事だが、その緊張感や達成感には中毒性がある。だから、冒険者が冒険をやめると、平穏な日常にうまく馴染めなくなることがあるんだ」


 アメリカの戦争帰還者みたいな感じかな。


「ギルドの幹部になれるような人望も実力もないが、かといって平穏な日常にも戻れない。冒険者ってのは罪作りな仕事だよ」


 そんな話をしてると、私の盗賊士としての勘に引っかかるものがあった。


 ふりかえると、あわてて建物の陰に隠れる小さな人影が見えた。


「あ、すみません、門番さん。追いかけます」


「追いかけって、ええ? ちゃんとあの子の気持ちに――」


「はい、もちろん配慮します」


 門番さんに断って、私は人影が消えたほうに向かって歩き出す。


 人影は、市場いちばの人混みを縫って逃げていく。

 なかなかのすばしっこさだ。盗賊士に向いてそう。

 でも、ダンジョンで鍛えた私から逃げられるはずもない。

 ほどなくして、路地裏の行き止まりで、私は少女に追いついた。


 少女――もちろん、石化熱にかかったあの少女だ。


 急いで逃げてきたからか、かぶっていたフードがとれて頭が見えてる。

 男の子みたいに短く刈った黒い髪と、やや褐色の肌をした、中性的な女の子だ。


 少女が私をきっとにらむ。


「な、なんだよ。あんた、いつかお節介を焼いてきた姉ちゃんだろ」


「覚えててくれたんだ」


「よ、余計なことしてくれたからな。僕はひとりで生きていけるのに」


「門番さん、いい人でしょ? 善意で助けてくれるんだから、甘えとけばいいよ」


「僕は他人の施しなんて⋯⋯」


「いいんだよ、受けても。子どもがひとりで生きてけるほど、どこの世の中も甘くはないんだから」


「っ! どうせ僕は死ぬんだ。最期くらい、僕はひとりで死にたい!」


 少女が腕を振る。

 そでがまくれて腕が見えた。

 肘から先が、石のようになってる。


(まえ見たときより悪くなってるね)


 少女は、私の視線に気づき、あわてて腕を隠した。

 そして言う。


「⋯⋯あの人の話じゃ、ろくに食事も取れてないようだと、石化熱の進行は早くなるんだそうだ。

 同じ石化熱でも、王子様ならたらふくうまいものを食って寝てれば数年はもつ。僕は一年ももたないだろう。

 なんだよ、それ。王子と乞食で、なにがちがうって言うんだよ。王子様は、親父に殴られたり、乞食をさせられたりしたことなんてないんだろうな」


「なにもちがわないよ。王子様もきみも同じ人間だ」


 そう言った途端、少女が顔を上げ、私をにらむ。


「ちがうじゃないか! 王子様が石化熱になったら、国中大騒ぎだ! 騎士だの冒険者だのが大勢ダンジョンに潜って、特効薬を取ってくる!

 僕のためにそんなことをしてくれる人なんていない!

 親父は、その腕を見せれば、貴族のご婦人は同情して金を出すだろうよ、なんて言って、僕の上がりで酒を呑んでる!」


 私は、少女の言葉を受け止め、ゆっくりと、間を置いてから口を開く。


「えーと⋯⋯あはは」


「な、なんで笑うんだよ!」


「あ、ごめん。あはは、私緊張すると笑っちゃうくせがあって。あはは⋯⋯」


「なんで姉ちゃんが緊張してるのさ」


「さっき、『僕のためにそんなことをしてくれる人なんていない』って言ったよね」


「あ、ああ⋯⋯」


 戸惑う少女に、私は肩から下げたトートバッグ(アビスワームの胃袋)からアイテムを取り出す。


「――はい、これ。

 あはは。取ってきちゃった」


 私は少女に、コカトリスのくちばしを差し出した。

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