200806 振り返ればあの時ヤれたかも n本目初演

 体育館ステージは、普段とは違う顔をする。

 カーテンを締め切って、公演中はドアも全て閉めるのだ。

 薄暗がりのなかで、観客の姿はよく見えない。

 それでも舞台の袖からは、満員御礼であることが見てとれた。

「うわ、思ったよりいるね」

「そりゃあ、俺と藤原が呼子したからな」

「納得」

 頭はガンガンする。

 西川たちが話してくれないと、叫びだしそうだった。

「もう、そろそろだな」

 坂本は静かに召集をかける。

 たった五人の演劇部。

「じゃあ部長、よろしく」

 僕は遅れて一歩、進み出た。

「……みんな、今までありがとう」

 やっとここまでこれた。

 もしかしたら、覚えていないだけで何回も辿った儀式。

「公演、絶対成功させよう」

 覚えている限りでは2回目の、覚えていなければ何回目の、この世界線では最初で最後の

 ふりかもの初演が始まる。

 ブザーが鳴る。

 息を吸い、僕はステージへ踏み出した。



 演技をする。

 何回目かもわからずに。

 僕はかもめとして生きている。

「俺は、こんな人生を、最初っから変えたい!!」

 スポットライトはまぶしくて、熱い。

 痛みを振り払うように大声を出して、心からの願いを叫ぶ。

「あなたは一体なにをしたかったの?」

 青森しずくの声がこだまする。

 録音した声は、音響効果でうまい具合にエコーした。

 進行は完璧だった。

 僕も早瀬も、体調不良なんて嘘みたいに、劇中の人物として生きていた。

 それなのに。

 早瀬が舞台に出てきて、向かいあって。

 そんなときに、なにかがぐらついた。

 頬の筋肉がぴくぴくとする。

 駄目だと分かっているのに、原因を見ずにはいられなかった。

 体育館ステージ、舞台の照明が一目散に僕らへ向けて落ちてきた。

 セリフも動きも意味をなさない。

 僕は全てをかなぐり捨てて、早瀬のもとへと走った。

 もう死なせない。

 もう決して、一人で死なせはしない。

 二人で生きていけないならいっそのこと。

 避けられないなら、二人でドロップアウトしよう。



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