新生児の口癖登録手続きのまえに

ちびまるフォイ

その口癖はすでに登録されています

「あなた、見て。目元は私そっくりね」

「そうだな。口元は僕にそっくりじゃないか?」


「いいえ、このセクシーな口元は私に似たのよ」

「うんうん。この大きな鼻は僕に似ているね」


「いや、この鼻は私に似たのよ」

「僕の遺伝ゼロかよ!!」


仲睦まじい二人の夫婦のもとに愛の結晶が生まれた。

出産後の体調が戻り、女子プロレスラーのような体型に戻ると2人は市役所に行った。


「次の方どうぞ」


「あの、この度赤ちゃんが生まれたので、出生届をと思いまして」


「かしこまりました。ではこちらをどうぞ」


夫婦の前には2枚の紙が突き出された。

1枚は名前などを記入する出生届に、もう一つは別の紙。


「この『口癖届け』ってなんですか?」


「あ、ご存じないんですか。どうにも最近の人は没個性的でしょう。

 人数多いアイドルグループとか、誰が誰かわからなくなるくらいに」


「いやそんなことは……」


「そんなわけで、出生したお子さんには必ず「口癖」が必要になりました。

 これでどんなに没個性的なモブでも、個性の塊になりますよ」


「まあ、必要ならやりますけど……」


夫はしぶしぶといった形で用紙に記入をした。



口癖『~ですの』



「これでいいですか?」


夫が提出するなり市役所の受付は内側から筋肉で自分のスーツを引き裂いた。


「ダメに決まってるでしょーー!!」


「ええ、どこがですか?」


「あなたバカですか!? こんなありきたりな語尾、使われてるに決まってるでしょ!」


「重複はダメなんですか?」


「お互いを区別するための口癖ですよ! みんな同じ口癖だったら意味ないじゃないですか!」


「じゃあこれはどうかしら」


今度は妻が口癖を記入した。



口癖『~だってね!』



「奥さんは、娘さんを忍者かなにかにしたいんですか?」


「いえ、そんなことはないですけど……ダメですか?」


「ダメです。重複しています」



口癖『その通り!』



「これならどうだ!」

「ダメです。すでに使われています」



口癖『ガッデム!』



「これは?」「プロレスラーが申請しましたのでダメです」



口癖『市役所の役人死ね』



「それ私の悪口じゃないですか! こんなのダメですよ!」

「あなたとは言ってないですよ」


それからも夫婦は乱れうちのように口癖を出しては却下された。

その中でもいくつか重複しない口癖はあったものの、これでいくと決めるには至らなかった。


「あなた、どうする? 重複していない『ぎゃおんぎゃおんイエァァァァー!』と

 『私、失敗しないほど不器用なので』のどちらかにする?」


「うーーん……もう少し考えてみようか」


「かまいませんよ。締め切りがあるわけでもないので」


市役所の帰り道、妻は夫に声をかけた。


「あなた、もう少し考えてみると言っても、何かあてはあるの?」


「いや、ない。ただ、これから娘が成長していくのを考えたら

 その場のノリや勢いで決めた口癖にすべきじゃないなって思ったんだ」


「あなた……!」


「自分の口癖でいじめられたり、劣等感や疎外感を感じてほしくない。

 そんな口癖にしてあげたいと思ったんだ」


「そうね。私も頑張るわ! あなたのお金で!!」

「もう少し歩み寄ろうか」


二人は手と手を取り合って、娘の口癖をまじめに考えることにした。


姓名判断士や占い師、画数や由来、さらには市場調査も行って

娘の口癖が悪目立ちしないように細心の注意を払った。


ふたたび夫婦が市役所に訪れたのはしばらく経ってからだった。


「お久しぶりです。あれから口癖は思いつきましたか?」


「はい。これでお願いします」



口癖『わたしも大好き!』



意外とありそうな口癖だが、意外にも重複はなかった。


「はい、問題ありません。こちらで申請しますか?」

「お願いします」


「ちなみに、どうしてこの口癖に?」


「妻に話を聞いていくうち、女の子のコミュニティって同調圧力がすごくて。

 この口癖なら誰からも嫌われずに、むしろ趣味のあう友人が集まるんじゃないかと」


「私たちのエゴではなく、子供たちのことを考えた口癖にしたかったんです」


「いいですね。きっとそうなりますよ」


市役所の役人は出生届と口癖届を受け取り、どちらにも承認印を押した。



「はい、これで登録完了です。

 あなたの娘さん、


 宮本邪苦莉衣~ヌ(爆) ちゃんの名前登録と口癖登録が完了しましたよ」

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