第5話 忘れられない、出会い


「とりあえず、こんだけ作っておけばいいだろ」


 清涼な風が吹き抜ける箱庭の草原。ローランの前には、勇者の劣化版聖鎧を標準装備した、鋼製の人型ゴーレムが百体ほど整列していた。四体一組、それぞれ劣化版聖女の神器を装備しており、ローランの支持一つで合計二十五組のゴーレムたちが、トリグラフの箱庭の入り口に侵入者を入れないように配置につく。


「いかんせん、俺一人で独占するには、箱庭の存在を知る奴は厳選しなきゃならないからな。上から見られる分はあとで考えるとして、まずは火口周りを警備しないと」


 ローラン製の認証指定された人物以外が箱庭の入り口である火口に近づけば、撃退するというプログラム付加魔術を組み込んだ魔核コアが埋め込まれている。ちなみに外付けとなっている人形ひとがたは星龍の鍋で楽々製作した。

 自動化されている上に、装備の材料もオリジナルには劣っているとはいえ、付加された魔術は勇者パーティーと遜色が無い。興味本位の登山者や魔物くらいなら追い返してくれるだろう。

 

(とは言っても、一人で材料抱えて足場を上り下りするのは疲れるな……帰ってきたら、材料を全自動で運ぶ魔道具とか考えた方が良いかもしれん)


 そう帰ってきたらである。二年前続けていたマーケティング結果を元に、箱庭にある希少な魔核コアを手に入れたことで、これなら絶対に売れるという核心のある商品を作り出したのだ。

 しかしそれを大々的に売り出すには色んな準備が必要となる。販売場所は勿論のこと、物を売るにも土地の管理者の許可証が必須で、まずはそれを手にしなければ話にならない。


(……貯金のおかげでまだ生活に多少余裕はある。どこかアステリア以外の国での販売を目指しつつ、新しい魔道具を作る素材集めをしたほうがいいな)


 アステリア王国のいずれかの主要都市で売ることも考えたが、故国は勇者が幅を利かせている上に、二年経ってもローランが勇者の恋人を寝取ろうとした寄生役立たず男という醜聞が消えたわけではない。ならいっそ国外で売るべきだ。世界各地には、有名な交易都市が幾つも存在する。

 人の世の中心とも呼ばれる、海を跨いで世界各地から様々な物品が行き交う最大の交易娯楽都市、海上自治区エデン。

 ウォルテシア大陸最大の商業地。四つの小国によって成り立った歴史を持つ、ディレード商業連邦。

 トリグラフ死火山から一番近い場所にあり、技術職人や商人の始まりの地とも呼ばれる、ノルド経済特区。


(エデンやディレードは、いわば商売の激戦区。何の実績のない俺が作った魔道具は、受け入れて貰えない可能性すらある。となると、目指すはノルドだな)


 方針は決まった。ローランは急ぎ準備に取り掛かる。

 出発にまず必要なのは、アピールの目玉である魔道具数点とそれらをローランごと運ぶ足だ。それなりにコンパクトな造りにしたのでウインドブーツでも走れることは走れるが、雨による濡れの防止や万が一落とした際の為に、それなりに大きめの木箱に綿布と一緒に詰めているため、基本的に装備者本人だけを移動することを前提に設計されたウインドブーツでは落としてしまう可能性がある。

 そしてもう一つ必要なのが、いざ大量に売り出すことが出来るようになった時の搬送口だ。現在、ローランは箱庭から出る時、風の放出量が尋常ではないウインドブーツの失敗作である魔核コアを使っているのだが、これも精々人間一人分くらいが行き来することが出来る程度。とても大量の物品を運ぶことは出来ない。 


「という訳で出番だ! シャルバーツ道具店、魔道具カタログ(仮)№21、巨大削岩魔道具。こいつの試運転も兼ねてやるとするか」


 トリグラフの箱庭内部を簡単に説明すると、中央にポーションの原材料の花畑と創星樹。東側に湖。北側に仮の工房があり、南と西には特に何もない。そんな箱庭の西側……つまり山の側面を挟んで国境線の正面に置かれているのは、キャタピラという凹凸が激しい地でも楽に移動できるようローランが設計した、ベルトのような環で包まれた車輪がついた三メートルほどある卵型の巨大な乗り物だ。星龍の鍋でパーツごとに作りだし、ローランが組み立てたその造りは立派なもので、ちなみにカタログは鋭意製作中である。

 山を掘り抜いてトンネルを作り出すことを目的とし、操縦者を守るように強固なガラスの装甲で全身を包み込まれる形で搭乗するようになっている。

 操縦席のハンドル一つで自由に方向転換、停止、発進、後退が出来る簡単仕様。その上、暗い道も照らす灯りまで取り付けられていることで安全も確保。

 そして何より目を引くのは、削岩魔道具に取り付けられた鋼の螺旋槍ドリルという、ローランが開発した兵装だ。これは運転中に高速回転する事で岩を砕き、山すらも貫く、実用性に加えてローランという男の趣味とロマンを追求した一品である。


「我ながら最高にクールな装備だ……ロマンが分かる漢たちには絶対売れると思う。これも一緒にアピールするのもありかもな」


 そんな自画自賛と期待で胸を躍らせながら颯爽と操縦席に乗ってハンドルを握る。想像を絶する遺産を得て浮かれまくった新成人を乗せて、螺旋槍ドリル付きの移動型魔道具はゆっくりと岩の断崖へと突き進んだ。

 

「うっひょー! 掘れてる掘れてる!」


 螺旋状の溝から噴き出る魔力の刃が岩を粉塵へと変えながら、螺旋槍ドリル以上の大きさを誇る穴を穿つ。削岩魔道具をすっぽりと収まるほど広々としたトンネルの中を照明が照らしながら、滞りなく穴掘りという真価を発揮していた。

 そして何より特筆するべきなのは、その穴の滑らかさ。ゴツゴツとした手触りではなく、まるで丹念にやすりで擦ったかのような滑らかさは、螺旋槍ドリルが一切無駄な破壊をしていないことを証明している。


(それにしても、何でだろう……? こう、螺旋槍ドリルが高速回転しながら岩に穴を開けているのを見ると、不思議と心が高揚する……!)


 岩を削る音すらも愛おしい。ローランは自らが作り出した兵装に言い表し難い快感と感動を感じていた。


「次はこいつだ」


 そして更なる機能が、削岩魔道具の後ろ部分が開いて地面に落とされる。魔法陣が刻まれたミスリル製の円盤の中心に、トパーズの魔核コアが埋め込まれた魔道具だ。

 これは大気中の魔力を吸って発動できる結界発生魔道具。一般でも似たようなのが売られている、さして珍しくもないタイプの魔道具だが、円盤を中心に薄い水色の障壁が螺旋槍ドリルで掘られた穴を支えるように展開される。

 トンネル掘りで一番怖いのは崩落だ。普通なら掘るのと同時に天井の支えを作っていくのだが、それを結界で代用しようというのだ。ローラン製の巨大削岩魔道具は自動で等間隔に結界魔道具を設置していく。

 掘り進めて三十分以上が経過した頃だろうか。削岩魔道具の中に補充してあった三十の結界魔道具が底を尽きようとした時、螺旋槍ドリルがついに山に風穴を開けたのだ。


「うぉお……! ま、眩しい……! でもとりあえず、穴は掘れたな」


 暗所から明るい場所に出てきたことによる眩暈に耐えながら、ローランは山の上層から中腹の間の部分に開いた穴を見ながら満足気に頷く。

 トンネルの舗装や搬入搬送道の整備は後回しだ。縦横三メートル以上の穴なら、荷物の出入り口としては仮でも役に立つだろう。そんな事を考えながら、削岩魔道具を少し後退させて穴の中に隠し、劣化版勇者パーティー装備のゴーレムを二組配置させてから、ローランは次の作業に移るために、ウインドブーツの紐を締め直し、リュックサックを背負う。


(次は荷物運ぶ足の準備だ。今すぐ心当たりに向かうとしよう)


 時は金なり。ローランは改良し、急斜面での移動も克服した新しいウインドブーツが噴射する風に乗りながら、国境線を沿うように駆け抜けた。




 魔道具の要である魔核コアには、種類によって性質が異なる。熱運動の加速に関する魔術と相性の良いルビー。逆に熱運動の停止と好相性のサファイア。どんな付加魔術にも対応できるダイヤモンドにその完全下位互換であるガラス。結界系と相性の良いトパーズに回復系魔道具で多く使用されるエメラルド。

 作り出す魔道具によって、使用する魔核コアの材料を変える必要があるのだが、今回ローランが手に入れようとしているのは、創星樹にも登録されていないアメシストだ。

 装飾品としての価値も非常に高い紫水晶と相性の良い付加魔術は、ずばり封印と人工生命である。王都の魔術研究所では軍事利用するための生物型魔道具や、肉体欠損を修復する為の人工の手足などが長年のテーマになっていると言うが、そこで最も活用されるのが、アメシスト製の魔核コアを用いた魔道具だ。


(つまり、必要なのは魔道具を運ぶ荷車を動かす魔物)


 体も大きく、戦闘能力の高い魔物がいれば、戦闘能力が低いローランを荷物ごと守りながら運んでくれるに違いない。しかしそんな都合の良い魔物をすぐに調達できるとは考えていない。そこで星龍の鍋の出番である。

 説明通りなら、あの鍋の効果適用外は人間や亜人といった、人型生物だけ。魔物に関しては一切何の記述も無かったのだから、生物型魔道具を生み出すことも可能ではないかと考えたのだ。

 当初は搬送に相応しい乗り物を作ろうと考えたのだが、そこでローランは冷静になった。現状では幌馬車や帆船が主流の移動手段で、削岩魔道具のような世間では見たことも聞いたこともない乗り物が突然現れればどうなるのか。

 答えは間違いなく大騒ぎ。権力や財力が乏しい今は騒がれたくないとして、魔物による搬送に落ち着いたわけである。幸いにも、世の中には魔物使いという職業が存在するし、それ用の魔道具もある程度普及されているのだ。


「よっしゃ、見つけたぞ」


 そんなわけで、ローランがやってきたのはアステリア王国の最北端に位置する、名も失われた地下遺跡である。魔国との国境付近に位置するこの場所には、二年近く前に勇者パーティーのサポートをしていた時に見つけた。

 階段を下り、住み着いている魔物を存分に警戒しながら慎重に進んだ先にある遺跡の最奥。おそらく何かを奉っていた祭壇と思われる部屋の壁は、なんとアメシストの鉱床が剥き出しになっているのだ。

 古代の人々が意図して設計したのか、はたまた偶然かは分からないが、これはとんでもない宝の山であると同時に、危険な採掘になるとして、ローランは当時の慌ただしさもあってこの場所を一旦放置していたのである。


(創星樹があれば一欠けらのアメシストを無尽蔵に作り出せる……魔物や崩落の危険のある場所での採掘をしないで済むってわけだ)


 ローランの手のひらに浮かんだ魔法陣。鉱石分離魔術が、鉱床から拳大のアメシスト原石を切り離す。あとはこれを研磨し、創星樹の石板に取り込ませれば、いつでも純度の高いアメシストが手に入るという事だ


(さて、用事は終わった。さっさと戻って魔物を生み出す準備を……)


 ホクホク顔でその場を後にしようとしたローラン。しかし、その彼の足を止める信じられない現象が巻き起こされる。


「な、何だ!?」


 地下遺跡全体が激しく揺れる。初めは自身か何かかと思ったが、その原因は他にあると、ローランは石積壇の中心を突き破って下から現れた、大きさ二メートルほどの魔道具を見て確信した。

 光を放ち、薄暗い遺跡の内部を照らしながら宙に浮かぶのは、紫色のブリリアントカットされた結晶体。それを中心に回転する二つの金属円環にはルーン文字が刻まれている。その正体が封印の魔道具であると気が付いた時、ローランは全身に冷たい汗が流れていることを自覚した。


「もしかして俺、なんかの封印解いちゃった!? え、いやだって! 俺ちょっと壁を削っただけだぞ!?」


 本当に意味が分からない。なぜならローランはここに来るまで魔道具に関していそうな個所は一切触ったつもりはないのだ。それがいざ帰ろうとした矢先にこのような展開になれば慌てるのも当然。

 そして何より、遺跡の奥に封印されているのは強大な怪物であると相場が決まっているのだ。ローランは自分が仕出かしてしまったことに青褪める。このまま逃げたいところだが、魔道具が発した強烈な光はローランの視界を潰し、揺れる神殿が足を絡め取る。


「くそぉっ!! 目が……目がぁ~!!」


 視界の回復に掛かる少しの時間。その間に事態は更に進む。二つの円環は甲高い音を立てて四散し、中央の結晶全体に大きな亀裂が入る。そして、轟音と共に爆散、全身を打つつぶてに痛めつけられながらも視力が回復したローランは、慌ててその場から逃げ出そうとしたが、最初に飛び込んできた光景に思わず目を奪われ、足を石床に縫い付けられる。


「…………は?」


 どんな化け物が現れるものかと戦々恐々としていたが、現れたのはあまりに予想外な姿。

 封印されていたものの正体は、信じられないほど神秘的で美しい一人の少女だった。蒼が入り混じる銀髪に雪のような白い肌。今は眠っているのか、瞳が閉ざされた美貌はどこかあどけなく、露出した手足は華奢だ。

 空中からローラン目掛けて墜ちてくるその体躯は、自分と比較してみなければ正確には分からないが、恐らく小柄なのだろう。ともすれば年端もいかぬ年齢に見えるが、見に包んだ「戦闘でもしたのか」と言いたくなるほどボロボロのドレスは黒と紫を基調とした大人っぽいデザインだったようで、露出した胸の谷間は彼女の童顔と反比例するように深く、服の生地を大きく盛り上げている。

 そして何より目を引くのは、彼女の額から右目を両断するように頬まで刻まれた入れ墨だ。無頼が好む装飾も、少女が刻めば品の良い装飾に見えてくる。


「え? あ……え……だ、誰?」


 ローランはそう呟くのが精一杯だった。何せ瞳が閉ざされた状態であっても、アリーシャやファナとは一線どころか二線三線は画する、勇者のハーレムメンバーとは比較にならない美少女である。そんな少女が突然現れたとなれば、年頃の男でもあるローランは思考が停止するというものだろう。


「……ん……」


 思わずローランが落下する少女を受け止める姿勢を取っていると、当の本人の瞼が開かれる。氷海のように冷たいアイスブルーの瞳が露になり、彼女の神秘さがより一層強調された瞬間、ローランの姿を捉えた少女は瞠目し、空中で体を縦に一回転させる。


「ていっ」

「はごぉすっ!?」


 そしてローランの頭に炸裂するのは、空中回転からの踵落とし。そう、踵落としである。

 実は内心、ロマンチックな出会いをどこかで期待していたローランを裏切る、しなやかな足をピンと伸ばした状態から繰り出された痛烈な一撃は、彼の視界に星とヒヨコの幻覚を散らせるのには十分すぎた。


「あ……ごめん」


 先ほどまでの空気が一瞬で凍りつき、死に絶える中、どこか平坦な声で告げられる謝罪。そして視界の暗転。これがローランと少女の、忘れたくても忘れられない出会いとなった。


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