レベルがリセットされたけど、初心者救済アイテムがあるので安全な旅になりそうです。

アルアール

第1話 ゲームの世界に飛ばされました。あ、アバターではありません。

カチャ、カチャ、スッ


日中である今、カーテンの締め切った一室で、唯一光るPCモニターに張り付くように見入る男がいた。

モニターでは3Dキャラが複数集まり、目の前のモンスターに襲いかかっている。


「っち。ちげーだろ。なんでそこでマナポ使ってんだよ。普通デュアポ使えよ。MPだけ回復させても意味ねぇだろ」

伸びきった髪を無造作に後ろに束ね、眉間に集まったシワがより一層深くなる。

どうやら、今のプレーがお気に召さなかったらしい。


「せっかくのイベントボスなんだから、ノーコンテニューで行きたいだろ。そうそう、転生済みのレベルマならそのくらい分かってくれよ」

上下お揃いの黒のスウェットを着用し、PC前のチェアーに胡座をかいて座っている為、長駆な肉体が猫背になってしまっている。


今キーボードを動かし、共に戦っている仲間に不満を垂れる男の名前は、紺野快斗。

齢20歳にしてその眉間に刻まれたシワに似合わず、まだ幼げな顔立ちではある。

しっかりと身を整えれば友人だって出来そうなものの、一人暮らしで大学に通う快斗は、絶賛ボッチ一直線だ。

先月で大学に入ってから2回目の桜を拝んだものの、快斗が求めるハルは拝めていない。


「うっし! クエストクリアだ。これで今月の定期クエストは全クリか」

人工の光を放つモニターでは、クエストクリアのテロップが花火とともに映し出されており、チャット画面では臨時パーティの面々が喜び合っている。

快斗も先程の暴言など無かったかのように、オタク丸出しの文面に加え、最後には「乙〜」と残してパーティを離脱する。


「クエストクリアしたのはいいが、今何時だ? カーテン締め切ってるからわかんねぇなぁ」

ピッとモニターの電源を切ってゲームを終わらせると、充電器にさしていたスマホを手に取り時刻を確認する。


「まじか、もう八時じゃん。1限までギリギリかよ」

快斗は現時刻を確認すると一瞬目を見開いて焦りだす。

快斗がとっている1コマ目は、大学屈指の偏屈教師が担当であり、彼の授業は欠席者には躊躇わずマイナス点を与えている。

その為、大学では真面目に授業に出ていた快斗は、急いで服を脱いで着替える。


流石にゲームでのオール明けはキツイが、授業なんて出席すれば何とかなる。

1限目は語学で予習必須案件だが、別に即興で訳せばいい。

前もって一度は文章に目を通しておきたかったが、どうせ時間がないんだ。


締め切っていたカーテンを開けると、強烈に差し込んできた朝日に目を細めるが、すぐに窓を開けて空気の入れ替えをする。


「…気持ちいい。やっぱ春が良いよなぁ」

モワッとした一室に入り込む穏やかな春風は、快斗の徹夜明けの不快感を少しだが緩めてくれる。

ヒラっと風に乗って運ばれてきた桜の花びらを手にとって、着替えた服のポケットに入れると部屋を出た。


ジーパンに薄手のTシャツ、上から羽織るジャケットを着た快斗は通学2年目の慣れた公道を歩く。

前後にはサラリーマンに中高生、それに子供を連れた主婦などがいる。

その中の学生の一部に、まだ着慣れていそうにない角が張っている制服を着ているのを見て、自然と口からため息が漏れる。


「…新入生か? 羨ましいなぁ」

別に新入生に戻りたいって訳じゃない。

ただ、もし初めからやり直せるなら友人の一人くらい出来るかなという気持ちからだ。


少しうんざりとした気持ちで晴れやかな表情を浮かべる学生から視線をそらすと、少しペースを上げて歩く。


「…あぁ、時間もないが寄ってくか」

大通りから少し外れたT字路を進んでいくと、少し寂れた雰囲気ながらも、しっかりと手入れのされた神社が見えてきた。


実はこの神社は快斗の通学路にあり、入学当初は無神教者の快斗には珍しく、友人ができますようにというお祈りをしていたのだ。

正直今になっては無駄以外の何者でもないが、一応は毎日こうやってお祈りしていっている。


快斗は既に自分で変化を起こすのは諦めていたのだ。



「…えぇ、こうやって毎日拝んではいますが、正直何の変化もありません。神様は怠け者なんですか? 友達が作れないなら、いっそのこと俺をゲームの世界に飛ばしてくださいよ」


ーーーそうすれば、楽しそうだし。


財布から100円玉を取り出して雑に賽銭箱に入れると、作法に則って礼をする。

何で100円かは、ただの5円より100円の方が神様は喜ぶかなと言う、神も金銭主義に見ている快斗の思考によるものだ。


先程新入生を見て何の変化もなかった自分に嫌気がさした快斗は、挑発気味に言葉を投げかける。

通算1年、365日だ。

正直そろそろ何とかなって欲しいという願いを込めて。


ーーーいいだろう。怠け者とは無礼極まりないが、最後の願いは叶えてやる。と言うか、そもそもワシ、縁結びの神じゃなくて、外界の門番やっとる神だし。


「…へ?」

脳内に響いた老人の声が聞こえた瞬間、快斗は突然襲い掛かってきためまいに耐え切れず、地面に倒れかかる。


ーーー何だこれは、頭いってぇ。


めまいに頭痛、それに少しの吐き気を感じながら、快斗は震える唇を開けて、喉を震わす。


「…それは最初に言ってくれよ」

最後のセリフは、この1年間で無駄にした4万円弱のお金を惜しんでの物だった。






◇◆◇◆◇◆◇◆

「…ん、ここは」

快斗は自分の頬を撫でる風に目を覚ますと、目の前に映ったのは雲ひとつない晴れ渡った青空だった。

すぐに先ほど体を襲った不快感に身を固めるが、そんなものがないことに気がつく。


夢だったか? とあやふやな記憶を思い出そうとしながら体を起こすと、辺り一面に広がる草原が目に入る。


「…夢じゃない、くっふはは! まさか、マジでゲームの世界か?! よっしゃー!」

思わず口角を吊り上げてにやけ顔を晒してしまう。

そりゃそうだ。

快斗は別に先程いたところには未練なんてない。


いや、唯一有るとすれば、未だ元気で世界を飛び回っている両親に最後の挨拶ができなかったことくらいだ。

でも息子を日本に置いて世界を回ってトレジャーハンターなんてやってる両親の事だ。

悲しみはするだろうが、悲観に可笑しくなったりはしないはずだ。

いや、逆に神隠しにあったかのように消えた息子を羨ましがるかもしれない。


「そういえばゲームの世界に飛ばしてくれたんだっけ? じゃぁ、やっぱあれか? 『世界の果てには』か?」

朝までやっていたゲームの事を思い出す。

正直飛ばして欲しいって思ったのはあのゲームだし、多分あってるはずだ。


『世界の果てには』

このゲームは5年前にリリースされて、一時ネット掲示板で見ない日はない程盛り上がったゲームだ。

クオリティは勿論ながらも、ストーリー性、課金必須ではない無課金でも最強になれるゲームバランス。

それらが上手くハマって、今では常時ログイン人数が10万を超える大手ゲームへと変貌していた。

ゲーム内容は、世界に一つある巨大大陸で生まれた主人公が、その大陸を見て回り、終いには陸を出て小さな島々を回って世界の果てにあるとされているお宝を探すストーリーだ。

まぁ未だゲーム内でそのお宝も、見つかってないし、本当にあるかは定かではないが。


「んー、見た目はアバターじゃないのか。まぁ俺が使ってたのはムキムキマッチョのアバターだし、不幸中の幸いって感じか」

体をひねって自分の体を見渡す快斗は、服装や体に変化がないかと確認するが、普通の中肉中背の自分の体だったことに少しがっかりする。

それでも直ぐに自分が使っていたアバターを思い出して苦笑い気味に安堵した。


「じゃぁステータスはっ、って、うそだろおおおおおおおおぉぉおお!!!」

慣れた手つきでスマホの画面を見てスライドさせるようにそらを撫でると、ピンッと言う電子音と共にメニュー画面が現れる。


ピコンピコン

メニューバーのステータス欄が、赤く点滅している。

これはニュープレイヤーがステータスを開くまで点滅する設定だ。


ーーーいやいやいや、ちょっと待て。


快斗は毛穴全てから冷や汗が噴き出す感覚を覚える。

同時にもたらす、あの時に似た吐き気。


呼吸もままならないまま、震える手で押したステータスが、メニューバー横に現れた。



名前:カイト・コンノ

性別:男

種族:人間族Lv.1

HP:100/100

MP:100/100

STR:20

VIT:20

DEX:20

AGI:20

INT:20

MAD:20

スキル:

特別スキル:春風、ドラゴンチェンジ、チョコレートクラッシュ、スノーハレーション、小銭投げ、告白粉砕、トリックorトリート、打ち上げ花火、デストロイロケット、隠れん坊、木偶の坊、操りドール、スカート捲り風、告白花火、ココロリセット…


「…レ、レ、レ、レベルが、リセットされた…。っっっっ!なーんーでーだーよぉぉっぉ」

白かった肌が途端に青ざめた快斗は、怒りに顔を歪めせ低い声で唸りだす。


「う、ううう、ひ、ひ、ひっ、酷すぎるよぉ〜。あ、悪魔ぁああ!!!!」

が、途端に目に涙を溜めて腕を握りしめ、嗚咽を漏らしながら地面に四つん這いに崩れ落ち、地面に向かって怨念の篭もった嗚咽を漏らした。

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