どこまでも残酷な君と、平和ボケな私

風都

第1話 君の話

 君とは3年前の春に出会い、2ヶ月前の春に別れた。それは恋愛でいう‘お付き合い’の話ではなく、単に私達は3年前に高校に入学し、2ヶ月前に卒業したという意味だ。


 君は地元に残った。何をしているかさっぱりわからないけれど、高校に行った日には先生方の様子を私に報告し、路上で猫を発見した日には嬉しそうな文面(少なくとも私はそう思っている)を送ってくる。


「いいなぁー」

「私のところには犬はいるけれど、猫は見かけないんだよね」


 流暢にピアノを弾く、あの長くて繊細な指が、猫の白い毛並みに埋もれるのを想像して私はクスッと笑った。なんだか、意外なようで似合うような感じがする。


『すごく可愛かった』

『手を小さく鳴らしたら、スリスリしてきた』


 普段持ち歩かないというスマートフォンで撮影された黒と白の斑模様の猫は、無防備に寝そべっていた。




『かなちゃんバイトしてるの?』

「うん!」

『なんのバイト?』

「当ててみて!」

『うーん、本屋』

「遠いな!!」

「え?かなちゃんってこんなバイトしているの!?みたいな感じ」

『借金の取り立て?』

「危険すぎる!」

『新聞配達?』

「まぁ、朝は弱いけどさ……」

『ジムのインストラクター』

「絶対しない!そもそもできない!」


 何故バイトの話になったか忘れたが、君が挙げる‘意外なバイト’は極端すぎる気がする。それが君らしくて、私は画面をしばらく眺めていた。

 しかしまぁ、普段温厚で、大人しくて、真面目で、メガネで、ザ 優等生な私が借金の取り立てなんかできるわけがない。

 でも、自分で言うのもなんだけど、新聞配達はしてそうじゃない?。新聞配達って、‘良い人がやってそうなバイトbest 10’に入ってそうじゃんか……。私ってちょっとは良い人じゃんか……。そりゃ、朝は弱いけど……。

 ジムのインストラクターは無理だ。完全に無理。100メートル走◯秒台の私がやって良いバイトではない。筋肉?ナニソレシラナイヨ。


『あー、あとコンビニかな』


 私って、君からはどんな感じに見られているんだろう……?コンビニ店員って何をするのかわからないけど、それくらいはできそう。しかし、コンビニ店員かぁ……。


「コンビニ?あぁ、でもコンビニ強盗が来たらうまく対処できないからなぁ」


 思いついた事を書いて画面をタップすると、時差なくメッセージが表示された。

 君と私を隔てる距離は、バスで5時間くらい。けれど、このメッセージアプリの君は大体30秒で返信を送ってくる。3秒で既読のマークがつけられる。慌てて私はトーク画面を閉じた。


『かなちゃんがコンビニ強盗の事を考えているのが意外』


 君がそう思うのも無理はない。私ったらいつも平和主義だしなぁ。

 誰かが喧嘩しているのを見たら、黙って見てる派だもんなぁ。そりゃ意外だと言われるわぁ。そんな事を思いながら、画面にスラスラと文字を打ち込んだ。


「もしも、コンビニ強盗に遭ったら、とか考えたりしませんか?」

『例えばどんな事を考えるの?』

「うーん、子供とかお年寄りは逃がそう!とか?」

『かっこいいね』

『でも、どうやって逃がすの?』

「犯人がご飯食べている時とか、そういう隙を狙って」

『立てこもりの犯人がご飯とか食べるかなw』

「そこら辺の商品食べそうじゃない?」

「あ、でもコンビニって入り口に音なる奴あるからバレちゃうか笑」

『いいこと思いついた』


 おい、それって本当に‘いいこと’だろうな。

 なんて、大人しい私は言わない。

 でも、君が言う‘いいこと’は大抵鬼畜なことも事実である。胸をドキドキさせながら、私は君の話を促した。


『いまからコンビニ強盗の話をするから、かなちゃんは頑張って強盗に対応してね』

「うわぁ」


 私が明らかな拒絶を見せなかったために、君はほぼ強制的に話し出した。私はいつも君の話に流される。

 ある、コンビニ強盗の話。

 ある、不憫な店員の抵抗。


『ある人がいます。彼は現在進行中でお金に困っていて、手っ取り早くお金を手に入れたいと考え、コンビニ強盗をすることにしました。』

「うん」

『真夜中、店員は1人。犯人は1人で店に侵入しました』

「うん?私はどこに?」


 客であってほしいなと思いつつ、私は高速で画面に指を滑らせた。絶対無理だけど。


『かな店員は1人でレジに立っていました。客はいません。』


 希望が消えた。

 そもそも普通、客がいない真夜中に、女性店員を1人にしておくだろうか?いや、ない。

 あーあ、こうなってしまったら、避けようのないバッドエンドだ。


 諦めモードで私は君の話を聞く。せめて文面からは乗り気を醸し出させよう、と思って。


『犯人はかな店員に〈おい、金を出せ〉と迫って来ます』

「犯人の武器は?」

『銃です。ちなみにズボンにナイフを隠してあります』

「じゃあ、できるだけ抵抗します」

『〈抵抗するな、さもなくば撃つぞ〉と犯人は脅して来ました』

「110番通報」

『そんな事をした店員を犯人は撃ちました。ゲームオーバー』

「でも、素直にお金を渡すのは屈辱です」

『そうだね』

「じゃあ、おでんの汁をかけるとか」

「店員がか弱い女の子だと思っていたら抵抗してきて、ビビって犯人逃げないかな?」

『思わず引き鉄を引いて、逃げるんじゃない?』


 やっぱり、君はどうしても私を殺したいようだ。私に対する恨み妬みなど、君は持ち合わせてないだろうに。

 私は悔しさを押し殺して会話を続けた。


「じゃあ、もう、金あげますよ」

『そこで犯人は言います。〈お前がこっちにきて金を持ってこい〉と』

『犯人が持つと、両手がふさがってしまうからね』

「足が震えるんだけど」

『そして、犯人はかな店員の体を拘束しました。要するに人質です』

「はぁ」

『声とかあげないの?』

「人いないんでしょ?」

『真夜中だからね』

「もはや死亡フラグは折れません」

『そして、犯人は車に乗っていた仲間と合流します』

「仲間いたんかーい!!」

「もうだめだ、山に生き埋めだ……」

『山w』

『山に埋めないと思う』

「じゃあ、ドラム缶にコンクリートと一緒に入れられて海に捨てられるの?道路の真ん中に寝かされるの?」

『とにかく、犯人は店員を車に乗せました』

「トランクじゃん……窒息してしまう……」

『犯人はかな店員を押さえつけながら、移動します』

「トランクじゃなかったんか……」

『そして、かな店員は犯人達に酷い目に遭わされました』

「酷い目って、それ、やっぱり山に生き埋めじゃないですか!!」


 叫ぶように最後の文字を打つと、私はベッドに横になって仰向けになった。高校の時もそうだった。君はいつも右往左往したり、苦痛に顔を歪めている人を見てニヤニヤする人だ。趣味が悪い。

 かくゆう私は、学生時代は君の良いおもちゃになっていた。君が高笑いしている様が目に浮かんできた。


「そうくんはやっぱりヒドイ人だ」

『僕はかなちゃんとお話ができて楽しかったよw』


 笑うなよ!と思った。それと同時に、私は見て見ぬ振りをしていた大切な事を強く意識した。

 そろそろ、本題に入ろう。

 それはちょっとした老婆心と親切。君があからさまに望んでないにしても。

 私にだって報告案件があるのだ。君にとってささやかな有益の情報。

 なんだか急に冷水を浴びた気になった。


「そうだ!あきほは元気だよ!」

『へぇ、そっか。』

「化学の勉強で悩んでいるみたい。そうくん得意でしょ」

『もう俺はあいつの力にはなれないよ。かなちゃんが頑張ってよ』


 ‘もうあいつの力にはなれない’って、昔は力になれていたような言い方しちゃって。

 当たり前だよ。ここからあっちまで5時間もかかるからね。

 それに、私よりも‘あいつ’の事を知っているような言い方しちゃって。

 当たり前のように私の方が今はあの子の近くにいるんだ。君が知らない事も知っている。


「そんなことないんじゃないですか?」


 いい子ぶって心にもない事を言うな、と叫びたくなった。何かに八つ当たりしたくなる衝動を抑える。

 穏やかぶって、本当は心は激情渦巻いている、醜い奴。

 そんな自分をひた隠しにしている。


『あいつ、真夜中に化学の質問してくるんだよ。俺が寝ている時に。』

『すごく迷惑』

『安眠の妨げ』


 君は自覚しているんだろうか?

 きっと自覚している。賢くてずるくて残酷な君だから。

 それでも君は気がついていない事がある。あの子の名前を決して呼ばない事に。

 私の名前を呼ぶ事は躊躇わないのにね。



 真夜中。

 私がコンビニ強盗に襲われている最中に、君は化学の計算をしているのだろう。

 頭の中にはきっと数式だけでなく、誰かがいて、その誰かの笑顔が君を喜ばせている。


「そっか!それでも、やっぱりあきほは君のことを頼りにしてますよ」

「もう遅いから良い子は寝ましょう」


 一方的に閉めた会話に、まもなく新たな一文が追加された。


『かなちゃんはいい子だけど、僕は悪い子だよ』

『おやすみなさい』


 とりあえずの未読を決め込むと、私は画面を下にスクロールした先のアイコンをタップする。


【同じ時間になるといいね!】

「そうだね!」

【バイトって出会いがあるらしいから、とても楽しみ(*´꒳`*)】


 私は決していい子でない。

 自分から苦しい話題を振って、案の定苦しんでいるバカな子である。

 目下の楽しい事を追いかけて、辛いことまで知ってしまう、哀れなヤツだ。

 でも、私は自分を哀れむ気は無いし、自分で自分に同情することも無い。口から吐き出そうな苦しみを、ただただ堪えて、飲み込んでいるだけだ。

 君はそんな私を知らない。だからこそ、毎回猫の写真を送って来たり、先生の話をしてきてくれるんだろう。


 どこまでも残酷だ、君は。

 それでいて、不憫で報われない。


 そんな君との会話が続くようにと必死になる私は、意気地のない、どこまでも平和ボケしている人間だ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どこまでも残酷な君と、平和ボケな私 風都 @futu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ