証言 〜初めて出会った日〜
あの日……私は、お昼を食べようと思って、学食に行きました。友人たちとは時間が合わず、その日は一人での昼食となりました。
学食内は混んでいて、日替わりランチを受け取った私は、運良く空いていた2つのテーブル席の一つに、急いで座ったんです。
「いやーよかった空いてた!!」
「ああ。よかった」
ちょうど同じタイミングで私と背中合わせに座ったのが、雄二さんでした。いつもお二人のご学友と一緒にご飯を食べてるようで、三人のお話はとても弾んでるようにも見受けられました。
「ところでさ! 昨日の○○見たか?」
「ああ見た見た。小島聡子が出てたよな」
「そういえば出てたな」
私はいつものように静かにご飯を食べていたのですが、雄二さんたちお三方の会話が、私の耳に届きます。ちょうどその時話題になっていたのが、最近テレビでよく見るアイドルの小島聡子さんでした。
「小島聡子いいよなー……すんげーおっぱいでかくてさー」
「……」
ご学友のお一人が、そんなことを言っていました。私の視線が反射的に、自分の胸へと落ちます。
見ておわかりの通り、私は胸が大きくありません。小さい頃からそのことがコンプレックスで……昔からその手の話を聞くと、自分のことのように気にしてしまうんです。自意識過剰と言われればそうなんですが、どうしても、気になってしまうんです。
「バーカ。小島聡子なんてデカいだけだろうがっ」
「あー……そういやお前、大森ゆかりの方が好きなんだっけ」
「……」
今度はもうひとりのご学友の方が、そんなことを言って、相手の方に突っかかっていきます。私は存じ上げませんが、大森ゆかりという方も、最近よくテレビやグラビアでよく見る方なんですよね。なんでも、モデル体型でとてもスレンダーな方なんだとか。
「おう。大森ゆかりの、あのスラッとしたボディラインと、大きすぎでもなく小さすぎでもない、ちょうどいい、キレイな形のおっぱい……たまんねー……」
「あんなん細いだけだろ。小島聡子の方がおっぱいでかくていいじゃねーかっ」
「アホかお前。大切なのはバランスなんだよバランス。小島聡子より大森ゆかりの方がスラッとキレイだろーがっ」
「バカいうな! おっぱいが小さい女に存在価値なぞないわっ」
「小島聡子だって、ぽっちゃりをうまくごまかしてるだけだろうがッ! 美しいおっぱいを備えてこそ美人なんだよっ」
お二人のご学友はそんな感じで、小島聡子さんと大森ゆかりさん……どっちが女性として魅力的なのかを言い争っていました。ええ。私の耳にも、それらは届いていました。
そんなお二人のヒートアップする議論を聞いていて、私はだんだん、気持ちが沈んできました。だってそうですよね。『おっぱいが小さい女の存在価値などない』『キレイな形のおっぱいがあってこそ美人』って、私のすぐそばで言い争っていたんですから。
さっきも言いましたけど、私は、自分の胸に自信がありません。けして大きくないし、形だって自信があるとはいえません。そんな私の心に、ご学友お二人の言葉は、とても鋭いナイフとして、ザクザクと刺さっていきました。食べているご飯も美味しくありません。目にも次第に涙が溜まってきました。
私の心に限界が来て、『ここを離れよう』と思い、席を立とうとした、その時でした。
「……お前らうるさい」
雄二さんの、静かな、だけど、意志の乗った澄んだ声が、私の耳に届きました。
「は?」
「うるさいと言った」
「うるさい?」
「そんな次元が低い低レベルな争いを、俺の視界の中で繰り広げるな。ランチの卵焼きがまずくなる」
「でもお前、おっぱい大好きなんだろ?」
「崇拝している」
「だったら女の子のおっぱいって気になるだろ? やっぱりお前も、大きいほうが良いだろ? 小島聡子、サイコーだよな?」
その時、ズズズという音が聞こえました。きっと雄二さんが、お味噌汁を飲んでいたんだと思います。
その後背中越しに、テーブルにお椀を置く『たん!!』という鋭い音が聞こえ、私の胸がドキンとしました。
「……!」
「それが愛する女性のおっぱいであれば、そのおっぱいを無条件で愛するのが、真のおっぱい好きではないのか」
「な……」
「でも、お前だって小さいよりは大きいほうが良いだろ?」
「黙れ。大きさでおっぱいを選別する貴様に、おっぱいを語る資格はない」
雄二さんの一言一言が、ナイフで傷つけられた私の胸を、静かに、優しく、暖かく包み込んでくれているのを感じました。気がついた時、私は、雄二さんの言葉の一つ一つに、耳を傾けていたのです。あの人の言葉を一つも漏らすまいと、私は必死に、あの人の声を拾いました。
「だよなー。やっぱお前わかってる! やっぱりおっぱいは大きさじゃなくて、バランスと形だよな」
もうひとりのご学友のその言葉も、雄二さんはバッサリと切り捨てました。
「黙れ。貴様も平等におっぱいを語る資格はない」
「な……なんだと!?」
「形状や大きさでおっぱいを語るな。おっぱいは、そのものがすでに尊い存在だ。その事がわからず、おっぱいを選別するなぞ愚の骨頂。貴様らが『おっぱいが好き』と公言することは、この俺が許さん。素直に『巨乳が好き』『美乳が好き』と言え」
「「……」」
「それすら俺にとっては虫酸が走る話だがな」
それだけを静かに、だけど反論を許さない迫力で言い切った雄二さんは、その後、一言も発さずに、残りのランチを食べ始めたようでした。お味噌汁をすする『ずずず……』という音が聞こえてきましたから。
一方で、ご学友の方もそれ以上、言葉を発することなく、ランチを食べていたようです。お三方のテーブルからは、その後、会話らしい会話は聞き取れませんでした。
……そしてその時、私の胸の奥底は、確かに高鳴っていました。
静かに、だけどトクントクンと、『この人の言葉をもっと聞きたい』『この人のことをもっと知りたい』と、私の心に訴えかけてきました。
今にして思えば、あの瞬間……私は、恋に落ちたんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます