変態の兄貴と、その彼女さん
おかぴ
兄貴に彼女が出来た
登場人物紹介
小塚雄二:社会人一年目にして、真琴いわく『おっぱい大好き変態』。
桜沢小春:雄二の彼女さん。色々と小さい。
トシくん:真琴の想い人だが、態度は素っ気ない。
小塚真琴:ボーイッシュな高校3年生。おっぱいは大きくもなく、小さくもなく。
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小塚雄二。今年から社会人として働き始めた、私の兄貴だ。身長は平均より高めで体型はほっそりと引き締まっている。顔立ちは、家族から見ても端正でシュッとした顔立ちで、いわゆるイケメンの部類に入るはずだ。髪はキレイな黒髪で、髪型も短髪ではないが清潔感があり、好感が持てる。
「真琴のお兄さんってカッコイイよね〜」
「私、お兄さんのこと好きだなぁ……彼女いるのかなぁ……」
今年は大学受験だと言うのに、私の友達たちはそんな事を言って、私の兄貴を称賛する。確かに見た目はかっこいい。あんな男性とデートすれば、そらぁデートも楽しかろう。見栄えもいいし、周囲に対して鼻高々な気分になるはずだ。
だが、私の兄貴には、ある致命的な欠点がある。
兄貴は変態だ。私がこれまで出会ってきた変態の中でも、指折りの変態だ。
私の兄貴は、女性のおっぱいに異常な執着を見せる。いわゆる『おっぱい星人』という人種なのだが……いささか度が過ぎているおっぱい星人だ。
兄貴がおっぱい大好き変態さんだということを物語るエピソードは、くさるほどある。
たとえば……私と兄貴の部屋は、自宅二階で隣り合っているのだが……あれは私が中学生で、兄貴が高校生の頃の話だ。
「……なー兄貴」
「……」
「なにこれ……?」
自室の入り口ドアに立て看板をつけるという、不審極まる行動を取っていた兄貴が気になり、私は兄貴に話しかけたのだが……
「書いてあるだろ。見て分からんのか」
「……いや、字は読めるよ? 読めるけど……」
「なら、何の問題がある?」
『問題有りすぎだろ兄貴ッ!?』という言葉を、まだ幼かった当時の私は、どうしても口に出すことができなかった。
やがて立て看板を固定し終わった兄貴は、私の横に並んで立て看板を眺め、
「……よしっ」
と満足げに頷いていた。私はそんな兄貴の横で、ただただテンションが下がっていくことを感じながら、兄貴と同じく立て看板を眺めた。
兄貴と共に眺める立て看板……それには、兄貴自身の手によってしたためられた、『おっぱい教極東支部』の文字が、これみよがしに光り輝いていた。
「……兄貴、本気?」
「本気でなくば、立て看板なぞ掲げない」
そう話す兄貴の横顔は、達成感と希望に満ち満ちていた。
ここで私が、『やめてよお兄ちゃん……』などと可愛い妹ポジションを前面に押し出して懇願しても、兄貴は決してその看板をしまうことはないだろう……そう思えるような、輝く眼差しだった。
その立て看板は、大学を卒業して今に至るまで、兄貴の部屋への入口から外されたことはない。むしろ経年劣化と毎週行われる念入りな手入れのおかげで、看板には無駄に風格が出始めてきた。
この看板のせいで、私は家に友達を呼んだことがない。だって恥ずかしいだろあんな立て看板……絶対に友達に嘲笑されて光の速さでLINEで学校中に知れ渡り、次の日から私は確実に登校拒否を敢行するはめになる……。
……あー、あとあれだ。思い出したくないけど、私が初めてブラをつけた日のこともだ。
小学校5年生の春頃の話だ。その頃になると、クラスの女子の中でも、ブラを着ける子がちらほらと出始める。
私も例外なく自分の胸が気になり始めた。漠然と『そろそろブラをつけようか……』と思い始めた私は、気恥ずかしさでお母さんには相談できず、同じ悩みを持っていた友達と一緒にスーパーの下着売り場に出かけ、そこでブラを購入することにした。
当時の私に、自分の胸のサイズのことなんか分かるはずもなく、適当に『こんなもんかな……?』とちょっと柄が可愛い感じの普通のブラを、少ないお小遣いを捻出して購入。家に戻って、自分の部屋でドキドキしながら着けてみた。
「……なんだかブカブカで気持ち悪い……」
買ってきたブラを着けた時の第一声がそれだった。そんな違和感も、はじめて着けたからなのだろうと自分に言い聞かせたのだが……。
タイミングよくLINEに着信が入り、お母さんから晩御飯の準備が整ったことを告げられた。私は急いで上着を着て、ドアを開き部屋から出たのだが……。
「うげっ……兄貴……」
「ああ、真琴か」
そこには、まだ高校1年生の兄貴がいた。同じくお母さんに呼ばれて部屋から出てきたのだろう。
「……ん?」
兄貴は私の姿を見るなり、眉間にしわを寄せ、ジッと私を凝視しはじめた。
「……」
「んー……?」
「……なに?」
私をじーっと見つめ続ける兄貴。今思い出しても、あれは私の気のせいなんかじゃないと断言出来る。兄貴は、私を……いや、私の胸を凝視し続けた。
私が『まさかブラを着けてるのに気付いたのか!?』と焦り始めた頃……
「……いや」
兄貴はそう言い、私を置いて階段を降りていった。
そして晩御飯も食べ終わりお風呂も入り終わって、私が居間でテレビを見ていた時に、お母さんからこんなことを言われた。
――真琴、気付かなくてごめんね。
真琴もそろそろブラつける頃だもんね。
明日、ちゃんと真琴に合ったブラを買いに行こうか。
そうしてその次の日、私はお母さんと一緒に再びブラを買いに出かけ、ハーフトップタイプのブラをいくつか買ってもらった。買ってもらったものは着用しても違和感がなく、最初からお母さんに相談すればよかった……とその時は後悔したものだ。
高校生の今になって思うのだが……あの時兄貴は、私がブラを着け始めたことに気がついていたんだろう。私の胸に違和感を覚え、それをお母さんに報告したに違いない。気持ち悪いし信じられない……
他にも兄貴の変態度合いを物語るエピソードの数々は、枚挙に暇がないわけなのだが……それはまぁいい。どれだけ紹介しようが、兄貴がド変態であることは変わらないのだから。
そんな兄貴だから、私は兄貴に彼女さんなんて出来るわけがないと思っていた。
この変態は誰にも愛されず、死ぬまで一人で、おっぱいという名の偶像を愛し続けるものだとばかり思っていた。『おっぱい教極東支部』なんてわけの分からない看板を掲げ、おっぱいに情熱を傾ける兄貴の傍らに、兄貴を慕い愛してくれる女性など、出来るわけがないと思っていた。
だから今日の夕食時……兄貴の爆弾発言に、私はひどくうろたえた。
私の家族はそれぞれ生活時間がズレているため、揃って夕食をとる機会はあまりない。だが今日は珍しく夕食時にお母さんと親父、そして兄貴と私の四人が揃っていた。そのため、『たまには家族揃ってご飯を食べよう』という話になり、揃って夕食のハンバーグに舌鼓をうっていたのだが……
ひとしきり夕食が進んだところで、兄貴は箸と茶碗をテーブルの上に置き、両手を自分の膝の上において、うやうやしく、無駄にキリリとかっこいい中音のイケメンボイスで話し始めた。
「……父さん」
「ん? どうした」
「母さんも聞いてくれ」
「はい?」
「今度の土曜日だが……父さんと母さんは、何か用事はあるだろうか?」
「午後はないな。母さんは?」
「私も午前中の用事が終われば、あとは何もないけど……?」
私以外の全員が話を進める中、私は黙って味噌汁をすする。明日は憧れのトシくんとデートする予定だし、正直、変態兄貴に関わりたくない。そんな、我関せずの気持ちでいたのだが……
そんな気持ちは、次の兄貴の一言で消し飛んだ。
「では今度の土曜日、俺の恋人をここに連れて来てもいいだろうか」
「まじか」
「あらあらー」
「んぶッ!?」
兄貴のこの報告を聞いた時、親父は箸で掴んでいたハンバーグをお茶碗のご飯の上にポトリと落とし、お母さんは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、私は飲んでいた味噌汁を吹いた。
「げふッ……げふっ……えふっ……!!」
「大丈夫か真琴?」
「兄貴のせいだよッ!! げふっ……くそッ……味噌汁が気管に……ッ」
「雄二……お前、いつの間に恋人なんていたんだ……」
「学生の頃から」
「どんな方なの?」
「大学の後輩にあたる。素晴らしいおっぱいの持ち主だ」
むせている私を尻目に、兄貴と両親が話をどんどん進めていく。『どんな女性か』と聞かれ、『素晴らしいおっぱいの持ち主』と答える兄貴も大概にしてほしい。あまりにも表現がふわっとしすぎていて、人物像がまったくイメージできない。
その後の兄貴とお母さんと親父、3人の会話を要約すると……兄貴いわく、件の彼女さんの名前は桜沢小春(さくらざわこはる)さん。ふわっとあったかくて柔らかい印象の名前の通り、とても優しく控えめで、朗らかな人らしい。
「その小春さんが、明日うちに来るの?」
「ああ。小春がいうには……」
――雄二さんとお付き合いをさせていただいているのだから、
ご家族の方には、一度ご挨拶をさせていただきたいのです
「ということだそうだ」
「真面目な子ねぇ〜……」
「近年稀に見るしっかりした子だ」
「ああ。自慢の恋人だ」
ここで天使のあくびよろしく、私達家族に突然の沈黙が訪れた。そして……
「「「……」」」
「……なに?」
家族全員の視線が、咳き込みが落ち着いてハンバーグを箸で切り分けている私へと集中した。
「……いや」
はっきり言ってこいよ兄貴。じゃないと意味がわからないだろう。
親父は親父で、ため息混じりに箸をテーブルの上に置いた。
「それに引き換え、お前は……」
おい親父。私に文句があるってのか。そらぁ確かにショートヘアでおしとやかさに欠ける私だけど、これでもクラスの中だと男子とも割と仲いいほうだぞ。……いや、仲いいのはあんま関係ないか。
「真琴はそのままで充分かわいいからいいの」
一方のお母さんは、お漬物をパリパリと言わせながら、優しいまなざしで私を見つめる。お母さん。家族の中で私の味方はあなただけだよ。お母さんがいるから、私は嘘偽りない、そのままの私でいられるんだ。
「いや真琴も高校生だろ? そろそろ彼氏の一人や二人……いや二人はまずいか……」
うっせ。親父うっせ。親父は黙って加齢臭を振りまいてればいいんだよ。そのうち愛しのトシくんと恋人同士になって、ある日突然「明日彼氏連れてくるから」とか言って、親父のことをうろたえさせてやるから覚悟しろ。私とトシくんが恋人同士……ウッハァー。
「でも、真琴ももうちょっとおしゃれしてもいいかもね。髪色を明るくするとか。校則はそこまで厳しくないんだし」
「いいの。私は黒髪が好きなんだから」
なんせ愛しのトシくんが『お前、黒髪のショートがすんげー似合ってるよな』って言ってくれたんだからウッハァー。
「いや母さん。こいつは黒髪のままでいい。明るい色は似合わないと思う」
「そうかなぁ……」
兄貴、あんたは黙ってろ。おっぱいエイリアンのくせに、私のトシくんと同じ言葉を吐くんじゃない。トシくんの言葉が腐るわ。
「まぁ、何はともあれ、明日は小春をここに連れてくる」
「分かった。その小春さん、お昼はどうするの?」
「出来ればみんなでお昼を食べたいそうだ」
「じゃあお母さん、何か考えとくね」
とこんな具合で、心の中で毒づく私をほっといて、話はトントン拍子に進んでいった。結局、明日に小春さんとやらが我が家を訪問することは確定のようだ。
「真琴はどうするの?」
「私?」
我関せずの勢いで切り分けたハンバーグを頬張っていた私に、お母さんがそう問いただす。
……うーん。明日はトシくんと出かける約束をしてるんだけど……なんだかその、兄貴の彼女さんとやらが妙に気になってきた。変態の兄貴と付き合えるだけの器量の持ち主……一体どんな人なんだろう。
「用事があったけど断る。兄貴の彼女さんと会ってみたいし」
「そっか。分かった」
「すまんな真琴。お前のおっぱいに感謝する」
「兄貴は一言余計」
というわけで、私は夕食が終わった後、自分の部屋に戻ってベッドに寝転び、憧れのトシくんに『明日は急用が出来たから予定はキャンセルする』とLINEでメッセージを送ってみた。
数分後、憧れのトシくんから『り』と至極控えめな返事が飛んできた。
「……」
……なんだろう。この、『り』一文字だけのメッセージを見るなり胸におしよせる、この如何ともし難い苛立ちは。『ぇえー!? なんでだよー!?』とか『そっか残念』とか、もっと予定が潰れたことを残念がれよ。
「……私との予定が潰れたことは、トシくんにとっては何のダメージにもなってないってことか」
ポツリと口ずさむ。キャンセルしたのは自分なのに、憧れのトシくんが残念がらないという事実が、無駄に私の心を逆なでしてくる……
……まぁいい。私は、ここで『もっと残念がれよ!!』と理不尽なメッセージを送るような女ではない。スマホをポイとクッションの上に投げ捨て、私は自分のベッドを転がって、うつ伏せになった。
しかし、あの変態に彼女さんが出来るとは……そんな日が来るとは思ってなかった……兄貴の彼女さん……一体どんな人なんだろう。
桜沢小春さん……なんて女の子らしい、可愛らしい名前なんだろう。やはり名前の通り、とても優しくて可愛らしい、お人形さんのような女の子なんだろうか。
それとも、あの兄貴を飼い慣らせるほどの器量ということは……彼女さん自身も、極度の変態なのだろうか……
――むはははは! 我がおっぱいの前では一切が無力ッ!!
ハリウッド女優のようなナイスバディなお姉さんが、全身をボンテージに包みムチをしならせながらそう叫ぶという、筆舌に尽くしがたい惨劇のイメージが頭を駆け巡った。われながらなんてイメージをしているんだ私は。そんな人、そうそういるものじゃないだろう。
そういえば、兄貴いわく『素晴らしいおっぱいの持ち主』とのことだが……すんごいおっぱいが大きかったりするのだろうか……私も自分のおっぱいに自信があるわけではないが、決して小さいというわけでもないはず。そんな私とどっちが大きいんだろう。いや別にライバル心を抱えているわけではないけれども。
まぁいい。これ以上ここで一人で悶々と考えていても仕方ない。明日にはお目にかかれるのだ。どんな人物なのかを吟味するのは、それからでいい。
明日は兄貴の彼女さんをじっくり観察してやる。お母さんと親父が帰ってくる前に、どんな人なのかを私が見極める。
果たして兄貴の彼女さんとやらは、本当に兄貴が言うとおりの、素晴らしいおっぱいの持ち主なのか……はたまた、変態の兄貴に呼応できる、兄貴に輪をかけた変態なのか……
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