2 人格消失病
「野末岳都……。貴方今、野末岳都って言いましたか?!」
ガクトと名乗る者の自己紹介は、私の頭には全く入ってこなかった。
当然だ。
野末岳都。
私の学校の生徒会長で、さららを含む多くの女子生徒が憧れた人。学校一の有名人だ。
「……ああ、言ったよ。ところで、君の名前を聞いていいかな?」
「……陣上亜忍です」
私が名乗ると、ガクトさんがやはりな、という顔をした。
「陣上さんは、
宝宮学院というのは、私が通っている高校の名前である。お洒落な名前だが、校舎自体は、古臭い普通の高校だ。
「はい、高校2年生です。やはり、ガクトさんは、生徒会長の岳都先輩なんですか?」
「ああ、そうだ。“元”と言った方が正しいけどね」
「元……?」
岳都先輩の言い回しに、違和感を覚える。
そんな戸惑いにまみれた私を真剣に見つめながら、岳都先輩は口を開いた。綺麗な碧の瞳に引き込まれそうだ。
「陣上さん。これから話すことは、嘘でもなんでもない、真実なんだ。すぐには受け入れられないと思うが、事実として捉える努力をしてほしい」
「分かり、ました」
なんとなく、察しがついている。
––––ここは、私の知っている世界ではないと。
「まず、大前提だ。ここは、地球ではない」
「そうですか……」
「驚かないんだね」
「なんとなく、分かります」
部屋の調度品から、日本ではないことは明らかだし、聞いたことのない国名はそれを決定づけた。
「続けようか。君の体は、“陣上亜忍”の体はない。シュタインマイヤー公爵家の令嬢、イルマ=デューク=シュタインマイヤーのものだ。僕たちは、そこに宿った別人格、謂わば邪魔者だ」
「何をおっしゃっるんですか!」
おじさま……つまりイルマさんのお父さんが、驚きのあまり、声を上げる。
「だが、事実だろう?」
岳都先輩はちらりと、イルマさんの弟達を見る。彼らは気まずそうに、岳都先輩から目を逸らした。
当然だ。私たちは、この世界の誰かの体を乗っ取ったに等しい。その誰かの記憶を保持していれば、まだ話は違ったのかもしれないが、私には“イルマ=デューク=シュタインマイヤー”の記憶はない。
つまり、私はイルマという人格を、イルマさんから、イルマさんと関わった人から奪ったということになるのだ。
「つまり、イルマさんの体だけど、中身は陣上亜忍ということですか?」
「そういうことだ。それをこの世界では、“人格消失病”と呼んでいる。人格消失病を患った者は、別の人格になり、
「魔法、ですか?」
「ああ。この世界には、魔法が存在するんだ」
岳都先輩が、真顔で断言する。
事実だ、と前もって説明されていたが、それでもなお、驚きを隠せなかった。
「驚くのも無理もない。僕たちの世界では、空想の産物だったし。でも、実際に存在するんだ」
「……見せてもらっていいですか?」
好奇心半分、疑い半分で私はそう頼んだ。
岳都先輩は快く快諾してくれた。
「火の理よ、力の片鱗を見せよ」
岳都先輩が静かに呪文を唱えると、先輩の右の掌に、小さな赤い炎が出現していた。
私は感動のあまり、おお、と感嘆の声をあげた。
そんな私の様子を見ると、先輩は消えろ、と呟き手を握る。すると、炎は綺麗さっぱり消えていた。
「これが、魔法だ。詠唱をし、世界の理を変化させる。詳しいことは、また後で話そうか。魔法のことは今は本題ではないしね」
岳都先輩はそう言って、軌道修正を始める。
「人格消失病にかかり、特有魔法を使える者たちを、“レガトゥース”と呼ぶ。僕もそうだし、陣上さんもそうだ」
「なんとなく、分かってきました」
ここが、私の知っている世界じゃないこと。
私は、誰かの体を乗っ取って存在していること。
魔法があること。
世界を救うかもしれない、魔法を持っていること。
信じられないけど、全部事実なんだ。
岳都先輩の顔からも、イルマさんの家族の顔からも、痛いほどの感情が伝わってくる。
現実だ、と訴えているようだ。
それから、目をそらすことなんて、できない。
「それで、私はこれこらどうすればいいんですか?イルマさんに、体を返せるわけではないんですよね…?」
岳都先輩がそうであるように、イルマさんがイルマに戻れることはないのだろう。
だったら、どうすればいいのか?このまま、イルマさんとして過ごすのは、私も嫌だし、イルマさんと関わりのある人たちも嫌だろう。
「僕と一緒に来てくれ」
「というと……?」
「一緒に住む、ということだ」
「え、」
岳都先輩の衝撃的な発言に、私は驚きのあまり、固まってしまう。
岳都先輩と同居……?さららを含む多数の女子に殺されそうな展開だ。
「それでいいかな、シュタインマイヤー公爵殿」
「構いません。それが、彼女にとっても安心でしょう」
「なら、問題ないな」
私の了承もなしに、決定してしまう。
確かに、シュタインマイヤー公爵家にはいられないし、この世界のことを全く知らない小娘を放り出すことはできないので、いい案だとは思う。私だって、安心できる。
だが、だ。年頃の男女を一緒に住ませるというのは、倫理的にどうなのだろう。
理論は分かるけど、感情がついていかないのだ。
「では、詳しい説明は僕の家でしよう。陣上さんの支度をお願いするよ」
「了解しました」
岳都先輩の頼みに答えたのは、近くにいたメイドさんだった。
「ガクト様、お茶の準備を致します」
「ありがとう」
「では、こちらへ」
執事さんが、そう言って、岳都先輩を別室へ案内した。
その後に続き、イルマさんの家族が出て行き、部屋には私とメイドさん2人だけになった。
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