1章 私が私ではないならば、私は一体何をすればいいのだろうか?

1 私は私じゃない

「ねえねえ、あそこ見てよ!」


 私の友達の、宇杉うすぎさららが興奮した様子で私に話しかけてくる。


「どうしたの?」

岳都がくと先輩がいるよ〜。相変わらず、かっこいいよね」


 さららは、生徒会長の野末岳都のすえがくと先輩に憧れている。

 綺麗な顔立ちと、優しい声にめろめろになる生徒が続出している。さららもその一人ということになるんだろう。

 でも、岳都先輩には彼女がいるらしく、ほとんどの生徒が眺めてるだけで終わっているらしい。


亜忍あしのは?気になる人いないの?」

「えー、いないかなぁ」

「またまた。亜忍は女子高生として腐ってるなぁ」

「酷いな!別に恋に生きなくてもいいじゃない。私はこのままで十分なの」

「へー」

「つまらないなって、思ったでしょ」


 私はさららの思っていそうなことを口に出した。それは図星だったらしく、さららは少し気まずそうな顔をした。が。それも一瞬のこと。


「思ったけどさ。まあ、亜忍らしくていいんじゃない?」


 そう笑顔で告げるさららの切り替えの良さに、私は呆れを通り越して尊敬の念を抱いている。


「ほんとにそう思ってる?」

「あー、私の事疑ってる!私は嘘をつかないしー」

「……それ自体が嘘じゃん。さららの嘘つき」

「ちょ、なんだとぉ!」


 なんて、いつもの日常が過ぎていく。


 * * *


 長い、夢を見ていた気がする。


 ふと目を覚ますと、『私』は見覚えのない天上を見た。

 なんだろう、と視界が霞み、思考が働かない中、私はゆっくりと起き上がる。

 体は、ここ数日動かしていないみたいに重かった。


「イルマ!」


 イルマ?……誰、それ。

 視界が段々とはっきりしてきて、周りの様子がよく見える。


「え、ここはどこ……?」


 私の部屋じゃない。私のベッドの倍はあるベッドに、私は寝ており、部屋の広さはさらに異常であった。部屋に置いてあるものも、高価そうな物ばかりだが、美術館においてある芸術作品みたいな物ばかりで、テレビとかエアコンとかそういう機械的なものはない。

 不思議な部屋だ。


「イルマ……?」


 不安そうに、誰かの名前を呼ぶ、40過ぎのおじさん。おじさんというより、おじさまと言った方が雰囲気的にはあってるかもしれない。

 私の寝ていたベッドの周りには、ドレス(!)を着ている夫人と、年下に見える男の子2人、それにメイドさん(!)と執事さん(!)らしき人たちがたくさんいる。

 あまり、日常では見かけない服装に身を包む人たちが多すぎる。


 この状況は、なんなんだろう?

 誘拐って、訳ではなさそうだ。じゃあ、何かのドッキリ?

 私の思考は、この状況についていけず、パニックを起こすだけだ。


「あの……、ここって、どこですか?」

「っ!覚えて、無いのか?」

「覚えてるも何も……、何もかもが分かりません」


 私の言葉に、その場にいた人達が悲しそうな顔をする。夫人は、涙を流しよろめき、少年たちは涙を必死に堪えている。

 私、何か悪いことした……?


「……直ちに、ガクト様を呼べ。国には内密にするように」

「承知しました」


 おじさまが指示をすると、白髪の1番偉そうな執事さんが返事をし、すぐさま行動に移した。


「あの……」

「取り乱して、すまなかった」

「いえ。あの、どういう状況なんでしょうか?」


 私が、きょとんとした様子で尋ねると、


「イルマ姉様、イルマ姉様、嘘ですよね?覚えてないなんて、嘘ですよね?!」


 と、1人の少年が取り乱し、私の肩をつかみ軽く揺らした。


「イルマ姉様って、私の、こと?」


 さっきから、私のことを見て、イルマ、イルマって呼ぶ。私によく似た人なんだろうか……?それで、私を拉致ってきたとか?まさか、ね。


「姉上!まさか本当に……?」


 もうひとりの少年も、信じられないという顔をする。

 この状況を見ると、私がじゃないか。私が、忘れてるだけで、この人達と面識があるってこと?

 分からない、分からない。


「落ち着きなさい」


 おじさまが、2人を嗜めると、2人は悔しそうに、下を向いた。


「取り乱してしまい、申し訳ありません。私は、ボニファーツ=デューク=シュタインマイヤーと申します。失礼ですが、貴女様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 おじさまの名前は、ぼにふぁーつ(?)、と言うらしい。明らかに外国人の名前だ。ここは、もしかして、外国なのかな?だとしたら、どうして会話が成立してるんだろう?

疑問しかない状況すぎて、相手の会話の流れに乗っかるしかない。


「私は、陣上亜忍じんがみあしのと言います。あの、私何も覚えていないんですけど、色々教えてもらってもいいですか?」

「かまいませんよ。ですが、それはガクト様が到着してからの方がよろしいでしょう」

「ガクト様?」

「この国–––––ペルフェット帝国の皇太子だった方ですよ。今は我々のリーダーです」

「だった?」


 この国の制度はよく分からないが、皇太子なんて、そう簡単にやめられるものではないはずだ。

 というか、ペルフェット帝国って聞いたことのない国名である。地球にそんな国あった?……ここはいったいどこなの?


「ええ。追放されたんですよ。人格消失病を患ったために」

「人格消失病……?」


 初めて聞く、病気の名前。

 私の分からない事だけが、積み重なっていく。

 私は、一体……、どうなってしまったのだ?夢なら、早く覚めて。


「それも含めて、僕が説明しよう」


 おじさまの声じゃない。おじさまより、若くて心地の良い声が部屋に響いた。

 その声がした、入り口に目をやると……。


「ガクト様っ!お待ちしておりました。お早い到着ですね」

「この未来が

「そうですか」


 星が輝くような静かな銀の髪と海より深い碧眼を持つ、綺麗な顔立ちをした男性がそこにいた。

 ガクト、と呼ばれた男は私の寝ているベッドに近づき、こう言った。


「初めまして。僕は、カルステン=アーチデューク=リッチェル。皇帝一族の血を引く者だ。まあ、今はと名乗っているし、記憶も野末岳都のものしかなくて、カルステンの記憶はないけどね。どうぞよろしく」


 私の良く知る名前を言ったのだ。


  “野末岳都のすえがくと”と。

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