クレイジージャック~地獄の淵から蘇ったらやんちゃヒーローになってました~
しろいるか
第1話 クレイジージャック
一度は壊されたこの人生、好きに生きたいもんだ。
そもそも、生きてくってことに動機なんてない。けど、生きるためには飯を食わないといけなくて、飯を食うためには金がいる。金を手に入れるためには、働かないといけない。
だから、人助けだって、労働の一つ。――まぁ、俺にとっては、だけど。
プールにでも潜ったような圧迫感の中、まだ少年っぽさを残した青年は薄く笑う。
ごぼ、と耳がこもり、全身を抵抗感が包む。ほんのりと明るい視界の先は、揺らぐ水面のようだが、ほとんどが闇に包まれていた。
その中を、彼はドルフィンキックで潜っていく。
たった、独りぼっちで。
それで構わない。
今、この感覚だけは、独り占めしたいから。だが、それももうすぐ終わる。
「――さて。死にたがりの坊ちゃんたちはどこかな?」
『GPS座標連動開始、落下点予想、出ました。送ります』
「あいよ。いつも仕事が完璧だね、ちょっと今度お茶でも飲まない? 君の完璧さを剥ぎ取ってみたいんだけど」
軽口を叩くと、返事はやってこなかった。
「おいおい寂しいな、返事くらいしてくれても良いじゃないか。バディだろ? バディっていったら結婚した夫婦みたいなもんでしょ?」
『……あなたと会話したら子供が出来るって聞いたので』
「オッケー、最高じゃないか。それって俺の声で君が気持ちよくなれるってことだろ? っておい待て、通信を切るな、通信を! ああもう、最近の子は本当に我慢がねぇな!」
彼は不機嫌に舌打ちを入れてから、前に集中した。
光が、一気に迫って来る。世界が収束して、加速していく。無数の流星が飛び交う景色の中を、彼は突き抜けた。
――解放。
全ての感覚が、圧迫から解き放たれる。
視界が一気に開け、眼下には宵闇の雲と、その闇をネオンサインが煌々と照らすカラフルな夜の街が広がる。まるで重低音の強いヘビーサウンドが聴こえてくるような、どこか不穏な雰囲気があって、それが彼を最高潮に高める。
圧倒的な風圧が耳朶と全身を叩いてくるが、落下速度は変わらない。
彼は器用にバランスを取りつつ、ゴーグルのスイッチを入れた。
視界に情報が表示される。
現在の高度、落下地点、周囲の情報。あらゆるデータだ。さすが技術大国日本、その中でも最先端の最先端はやはり違う。
「落下予測座標位置から、っと……出た」
視界の一部が切り取られたようにウィンドウがポップアップされ、位置をズームアップする。そこはネオンサインの目立つ派手な広告で囲まれたビルの屋上だ。
超光学ズームをかけると、生命反応を感知した。
「
『心拍数、呼吸より照合。要警戒リストにはなし。どうもヨコスカから流れてきた連中のようですね』
「おっと通信再開か。俺の声が恋しくなっちゃった?」
『仕事です』
たったその一言には、あらゆる拒絶が含まれていた。
これ以上のちょっかいは本気で怒らせてしまいそうなので、彼はさっと身を引いた。仕事に支障を来してはいけないのだ。
『早く任務の遂行を。民間人の救出は優先事項です』
「おっけーおっけー。そっちはまた後で話すとして、今はあの不幸に愛された坊ちゃんたちにキスしてやらないとな。
かしゅ、と軽い音を立てて空気が吐き出され、フードパーカーにデニムだった少年が、軽装甲を纏ったスーツに包まれ、その顔は不気味に笑うクラウンマスク――フードは被ったままだが――で隠される。
厚手のグローブのようにも見える手先は丸く、足先も吸盤のように膨れていた。
「さーて、粛々と行こうか。クレイジージャック、おりまーすっ!」
宣言の通り、着地姿勢を取った彼は一直線に落下。両生類と人間と足したようなフォルムの怪物の頭に両足を乗せた。全ての勢いを乗せて。
その不意打ちの襲撃に耐えられるはずもなく、怪物は断末魔すらあげられず潰れた。
地面に、見たくもないスプラッタな体液が広がる。薄暗くなければ、真っ赤に染まる様が拝めただろう。
「やっほー。ごめんね? 荒っぽい挨拶でさ。でもお互い様じゃない? お前ら見た目アレだもん、目の毒だもん」
唐突のことで空白になった空気を熱するように、彼は挑発して首を傾げた。
「ッガァッ!」
弾けるように一匹の怪物が彼に向けて激昂の拳を向ける。
目測だけで二メートルはあるだろう巨躯――それも筋骨隆々――からの拳は風を唸らせ、凄まじい破壊力を想像させる。
だが、彼は躱すと同時に、その拳に自分の手を《くっつけて》いた。
呆気にとられる怪物。笑う――彼。
軽く地面を蹴り、くっついた手を支点に駒回しの要領で横薙ぎの蹴りを怪物の側頭部へ叩きつける。
鈍い音。
凄まじい勢いで怪物の頭がへしゃげながら限界まで横に捻じ曲げる中、彼は怪物の拳から手を離す。更にもう一回転しながらもう片方の足を振り上げ、鋭角な機動で踵――あびせ蹴りを繰り出して首筋へ炸裂させた。
重い手応え。
筋肉が断裂し、骨が砕けるのを反動で感じながら、彼は華麗に両足を広げ、片手をついて柔らかくひび割れた地面に着地する。
「ガアアアアアアアッ!」
そこに、もう一匹の怪物――どう見てもトカゲ人間が飛び掛かって来た。
だが、彼は余裕の仕草で跳躍し、巨大な広告看板に貼りついた。文字通り。そしてそのままぬるぬると手足を器用に動かして昇っていく。
まるで、ヤモリのように。
「おいおい、同じ爬虫類同士仲良くしようぜ?」
「ガアアアアアッ!」
「って我を忘れてんのか。そんな怒らないでくれよ。って、おい、やめろっ、そこ壊したら看板が倒れるだろうがっ! っていうか鉄骨だぞそれ、お前の腕が砕けちゃうぞ!」
慌てて彼は咎めるが、そんなものを聞くはずもなく、鱗まみれの怪物はその剛腕を広告を支える鉄柱に激突させた。
除夜の鐘でも鳴らしたかのような音を轟かせ、鉄柱が無残にへし折れる。
支えを失った看板は、ぎぎ、と軋む音を立てて倒れ始めた。
「あーあ、俺知らないからな」
他人事を決め込み、彼は看板を蹴った。それが決定打となり、広告はビルから落下していく。地上で誰か巻き込まれないことを祈るばかりだ。
それきり彼は広告など意識の外に追いやりつつ屋上の柵に着地し、怪物に向けて跳躍した。
あの固そうな鱗に直接打撃を叩き込むより、鱗を排除する方が効率的だ。彼は素早く両手の腰に収納されていたダガーを抜き構える。
怪物のほんの手前で着地し、大きく膝を曲げて屈む。
次の刹那、煌きが無数に交差し、刃の軌跡が次々と鱗を剥ぎ取っていった。
舞い散る血の中、彼は一歩踏み込み、ダガーをあっさり投げ捨てる。同時に、その両手に青白い光が生まれ、夥しい電気が空中に漏れていく。
「これでも喰らってなっ!」
両手の掌底を突き出すと、凄まじいスパーク音と共に高圧電流が怪物を撃ち抜いた。
空気が破裂し、稲妻が全身を駆け巡って怪物を破壊していく。
「アガアアアアアアアッ!?」
全身から血と煙を吐きだし、怪物は膝から崩れて倒れた。
あっという間に出来上がった三つの死体に、残された二人が屋上の端、広告の足元で怯える。
どう見ても中学生か高校生だ。この血腥く、薄暗い雰囲気にはあまりにも似合わない。つまり、彼に出動要請が下った元凶――救出対象の民間人だ。
『侵度測定、二人とも七パーセントです』
「あーじゃあさっさと放り出さないとな。戻れなくなっちまう」
浴びた血を自動洗浄で流しつつ、彼は二人に歩み寄っていく。
それが恐怖を煽ったのか、二人は引きつけを起こす勢いで喉を鳴らし、互いにしがみつきあった。
「ひ、ひっ」
「おいおい落ち着けよ。そんなランデブー見せつけるなよな? ほら、俺はお前らを助けに来たんだぜ」
呆れつつ、彼は身分証明書を見せる。
「──Japan Specifically Another Universe Mobile Defender……って、
「その通り。通称、《音楽隊》ってやつ。良く知ってるなァ、さては俺のファンか? んなわけねぇか、あはははは」
おどけるように首をすくめてから、彼は身分証明書を懐に直した。
「さて、お前らに質問だ。ここがどういうところか分かってんのか?」
にこやかに、フレンドリーに。そして、狂気に。
二人の少年は更に怯える。だが、沈黙は許さない威圧に耐えきれず、一人が口を開いた。
「え、あ、あの、えっと、《ニア》と呼ばれる異世界、です」
「その通り! 正式名称は《模倣性不可視不定形型地球外生命体群による在亜空間世界》――略して《ニア》。つまりここは、得体のしれない、どこからやってきたのかも分からない、という意味での《地球外生命体》が地球の構造物質を模倣して作った《異世界》だ」
両手を広げ、彼は饒舌に語る。
「つまり? まぁお前らは? ちょっとした冒険心と好奇心で
コケティッシュに、彼は首を傾けた。
だが、その不気味に笑うクラウンマスクが恐怖を煽り、彼らは震え上がる。
その反応は正しかった。
事実として、彼は笑っていない。嘲笑っているが。
「アレだよな? 巷で流行ってる、異世界転生とか転移とか。お前ら、そういうのに憧れちゃってやってきちゃったんだろ? 《ブレイク》出現の十五分前から警察が必死になって出した警告とか交通規制なんかを無視して」
飄々とした口調で、えげつなく責めたてる。居心地が悪くなったのか、少年たちはみじろぎした。
「そのせいでこの俺に緊急出動要請が下って、今ここに至るってワケだ。お前ら良かったな、ホントーに。もう少し俺の気分が乗ってなかったら、今頃そこに転がってるスプラッタはお前らだったぜ?」
「「……ひぃっ」」
わざわざ無残な死体を指さして言うと、少年たちがまた震え上がった。
実際襲われていたのだから、ひどく現実的に感じたことだろう。
「ええと、なんだっけ、《ニア》は希望に満ち溢れている、まさに桃源郷だ。政府はその甘い汁を独占するために隠している。だったっけ?」
少年の首からぶら下がっている、幾何学模様のペンダント。
それは今、若い世代で流行っている、宗教めいた集団に所属している証だった。
彼らは、若い無謀な思考で動くレジスタンスだという。
無様で、無知で、無意味。
だがその真相は、所詮マジョリティになれなかったマイノリティな大人が子供を騙しているだけに過ぎない、ただのカルトだ。
必死に頑張る大人の足を引っ張る愚かな大人の道具になり果てているのだ。
フツー、そういうのに嫌悪を示して抗うもんなんだけどな?
彼は冷淡なまでに酷評しつつも、そのクラウンマスクの奥で嘲笑う。
唐突に両手を合わせてから、目にも止まらぬ勢いで少年を担ぎ、そのまま地面を蹴って飛び出した。……――ビルの外へ。
「「……えっ」」
時が止まったかのようにさえ感じる、浮遊感。直後、落下。近くなる、ネオンサインの目立つ明かりの道。
「はっはっはぁっ! 喜べ。だったらこの俺が案内してやるよ! カオスで暴力的で、無秩序で無責任! つまり無法地帯! もっと言えばアナーキーとクレイジーで満ち溢れたこの世界をなぁっ!」
「「うっぎゃあああああ――――――――っ!!」」
悲鳴が上がる中、彼はざらついたビルの壁に貼りついて、勢いを殺してからまた飛び降りる。
それを何度も繰り返し、地面に着地した。
重く固い音を立てて地面に亀裂が走り、砂埃が舞い上がる。アキバの大通りに酷似したそこは、ゴミだらけで不潔だった。加えて、どこか臭い。
タバコと生ごみと、血が混じったような、得体のしれない臭いだ。
「お前ら、《侵度》って知ってるよな? この異世界にいるとな、徐々に体が地球外生命体群に蝕まれて、奴等と同じ物質に変換されていく現象が起こるんだ。その割合を《侵度》っていう。これが一定数値以上になったら、
淡々と彼は説明するが、肝心の二人は放心状態で聞いていない。
「おいおい。出血サービスで教えてやってるのに。じゃあ、ちょっと起こしてやろうか?」
行き交う人々はまばらだが、異形、怪物、機械、と、おおよそ現実的ではなく、誰もが危険を感じる程の殺意を漲らせていた。
その中で、彼は平然と立ち上がると、大きく息を吸った。
「そこのクズを下回るクズども! ゲームだ! 俺が抱えてるこのガキンチョどもを殺せたら賞金をやる。ただし――Dead or alive,but with each other.《ただし、お互い生死を問わず、だ》」
刹那だった。
殺意が膨らみ、爆発。一斉に、誰もが彼と少年たちに向けて飛び掛かって来る!
中には拳銃さえ抜き、狙いをつけて来ている怪物もいた。
「「っぎゃあああああああああ!?」」
当然あがる悲鳴。
だが、彼だけは喜々として笑っていた。
発砲音より僅かに勝る速度で屈み、弾丸を躱す。同時に地面を蹴り、低い姿勢でダッシュをかけた。その風圧に少年たちの悲鳴が消えた。
『ちょっと! 何してるの!』
「躾? お仕置き? いや、ご褒美だな! サービスってやつだ! こいつら日常にちょっとしたスパイス欲しがってるみたいだからさァ。後、あんまり時間ないから効率的な観光案内も兼ねてる」
『……それで周囲を刺激するなんて……狂ってるわ』
「あっはっは。最高の褒め言葉だね」
そうだ。俺は、狂っている。何故なら。
「――Yes, I am crazy jack.《俺は狂気に囚われた者》」
全身を粟立たたせながら、彼は跳躍した。
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