9輪 それでも ひとは あすを ゆめ みる もの か
前回の『赤い空、月の影』
「前回の噴水って、実は隣町の大きな家が出資して作らせたのよ」
「え?またナミちゃんのお家が作ったのかと」
「ウチが作りましたのは、そそぎ灘タワーだけなのですわ。でも、詳しく説明しますと、うちの系列の子会社の所有物なのですけれど――」
「そう言えば、ヒカリちゃんいないね」
「……」
「……」
「『赤い空、月の影』、10輪、はっじまーるよー!」
「なんだったの!?さっきの沈黙!?」
(くぅうぅ~~~~~~! 可愛いのですわ! ソラちゃん!)
ソラとナミは並んで歩いていた。
先日の告白以降、ナミは時折見せるソラの寂しそうな顔を放っておけないようになっていた。
(これは母性なのですかしら? それとも、こ・い? きゃわゎわゎわぁ!)
「大丈夫?ナミちゃん」
「大丈夫なのですわ――だぜ! ちょっと卒倒しそうになっただけなのですわ――だぜ!」
ソラは少し心配そうな顔をする。
「そうですわ!」
ナミはカバンから二つのパペットを取り出す。片方はうさぎでもう片方は熊のパペットだった。
「これは、わたくしの両親がわたくしのために作ったものですの」
ナミにとっては両親の写真よりもこのパペットの方が本当の両親の姿のように思えていた。
そのことについてナミは自分が少しおかしな子だと思っていたので、誰にも言ったことはなかった。
いつもナミが変な調子なのも己の事情を隠すためであった。
(まぁ、多少地が入っていることは否定しませんのですわ)
「そうなんだ。可愛いね」
自分の気持ちが受け入れられるか不安で仕方なかったナミは心からホッとする。
「ありがとうなのですわ。ソラちゃん。ほんと、こんなソラちゃんをいじめるなんて。ヒカリは本当に最低なのですわ」
だから、わたくしが守らなければ。
このか弱い、かつての自分とそっくりな女の子を――
「ひでぇ言いようじゃねえか」
「え?」
ナミが振り返った先にはヒカリがいた。
だが、どこか様子がおかしい。
「どうかしたのですの?ヒカリ――」
黒いドレスを見に纏った少女はニヤリと笑う。
それはヒカリのいつもの癖であるのに、ナミには異様に感じ取れた。
「なんですの?ヒカリ――」
「俺はもう、ヒカリなんかじゃねえ!」
少女は一本の杖を取り出す。
少女の身の丈ほどはあろうかという長い杖だった。
少女はそれを大きく振るう。
ナミの体に風が吹きつける。
ナミの体を通り過ぎた風はナミの衣服を引き裂いた。
「なんですの!? 乱暴する気ですの? えろどうじんみたいに!」
「黙れよ……」
「え……」
「黙れってんだよ!」
再び少女は杖を振り回す。
吹き抜けた風は、ナミのあらわになった肌を引き裂いた。
「いたっ」
ドクドクとナミの体から血液が流れ出す。
「どういうつもりなのですの?ヒカリ――」
「俺はもう魔法少女じゃねえ。魔女だ。俺の言ってることは分かるよな」
「少しも分かりませんわ!」
どうしてヒカリが魔女になっているのか。
ナミに分かる訳がない。
「じゃあ、体に教え込んでやるよ!俺がお前らの敵だってな!」
ヒカリの言葉に魅力を覚えたものの、ナミは変身を決意する。
「ドリーム・コンパクト! チェンジ・ザ・オウン!」
ナミの体を緑の光が包む。
その艶めかしいシルエットにコンパクトからのリボンが絡みつく。
胸が大きく弾んだ後、リボンが弾け、魔法少女の衣装が現れる。
「魔法少女ナミ、生まれてしまいましたのですわだぜ」
突如としてナミを魔砲が襲った。
「そんな、いきなりだなんて――」
女の子の気持ちを考えて欲しいですわ!
そう叫びながら、ナミは吹き飛ばされていく。
「なんでわたくしたちが戦わないと――」
ナミは体を起こそうとするが、全身が火傷のように痛み、体を動かせない。
そんなナミのもとに赤い髪の魔女が舞い降りる。
「どうして――ヒカリ。わたくしはあなたの――」
「お前が俺のなんだって?」
魔女はナミの髪の毛を鷲掴みにし、無理矢理立たせようとする。
お母さまの残してくれた、大事なわたくしの一部。
綺麗な黒髪が――
魔女によって乱暴に扱われていた。
「お前は俺の何を知ってるってんだ。あん?俺がどれほど苦しんできたのか!どれほど世界を憎んでいたのか!」
ヒカリに想いをぶつけられて、ナミは怖気づいてしまった。
「俺の名はコルト。もう、ヒカリなんかじゃねえ!」
コルトと名乗った魔女は杖の先をナミの体につける。
そして、魔砲をゼロ距離から発射する。
「うぅぅ。げほっ」
大分飛ばされ、体を木に打ち付けたナミは口から血液を吐き出す。
地面が赤く染まる。
「どうして、なの」
ナミは混乱のあまり、なにも考えられなくなる。
「わたくしはあなたに憧れていましたの!いつも強く生きていたあなたに!」
かろうじて立ち上がったナミに向け、コルトは杖を振るう。
すぱっ。
間の抜けたような音がした。
ナミは自分の足を見る。
そこにはハムを切り落とした先のような自分の足が漂っていた。
「うぅあぁあぁああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!」
恐怖が飽和した。もう、ナミの目には何も映ってはいない。
「どうして、どうして、どうして!」
「俺は強くなんかねえんだよ!お前に何が分かるってんだよ!」
コルトは顔をしかめる。
「痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――」
ナミは地面に倒れながら呟く。
目からは涙がこぼれ、鼻や口から粘液が垂れ流れている。
「助けて――お願い……助けて!」
ヒカリ、ツキ、ソラちゃん――
「とっても痛そうね」
しゃがみこんでナミの顔を覗くのはソラだった。
「痛い!痛いの!助けて……お願い……ソラちゃん……」
だが、現実は残酷だった。
「ごめんね、ナミちゃん。わたしも痛いのが嫌だから。それに、弱いナミちゃんに、もうわたしは用がないの」
ニヒヒ、とソラは気味の悪い笑い声を出す。
「そんな……」
ナミを絶望が襲った。
自分は一体何だったのですの?
誰かにとって都合のいい道具にしか過ぎなかったのですの?
あれほど誰かに優しくしたのに。
あれほどいい子にしていたというのに。
神様はわたくしから両親を奪った。
友だちさえ奪った。
どうしてなのですの?
わたくしが悪いのですの?
「わたくしが何をしたっていうのですの!」
ナミは世界を呪った。
#######
「くそっ。なんでこんな時に!」
私は道を急いでいた。そんな時に限って、ワームに出くわす。
「早くしないと――」
とても嫌な予感がしていた。
目の前に絶望という名の大きな壁がそびえたっているような、そんな決定的な絶望感が私のもとに訪れている。
「みんなは――みんなは!」
私は焦る心を必死に落ち着けようとする。
『どうしてわたしを醜いだなんて言うの?わたしの何が悪いの?ただ、わたしらしく生きていたというだけなのに――』
ワームからの声が聞こえる。
初めて戦った時からこうだった。
私にはワームの犠牲になった人の声が聞こえる。
『ねえ。助けて。こんな醜い姿、嫌なの!人間に戻りたい!何とかしてよ!』
そんな声ばかり聞こえてくる。
そんなワームたちを私は殺していった。
殺していく度、心が死ぬかと思った。
でも、大丈夫だったのは、友だちがいてくれたからなんだ。
「ごめんね。もう、人間に戻る方法はないんだ。私を人殺しって恨んでくれてもいい。その罪は私が一生背負っていくから」
「早く殺すドリル」
私は妖精の言葉に反感を覚える。
でも、妖精は正しい。
ただでさえすでに黒化しているのだ。
まだ大人しいうちに殺さなくちゃいけない。
「ねえ、妖精。私はあと何回戦えそう?」
私は妖精に尋ねる。
「今回を除いてあと5回ほどドリル」
「そう。じゃあ、全力を出すと、どうなる?」
「全部なくなるドリル」
私は魔法少女になるうえで自分の能力の特異性について聞かされていた。
「そう!じゃあ、全力の半分で行きますか!」
私の力は、全てをたった一人で背負うためにある。
だから、全ての系統の魔法を100%使うことができる。
「スーパー魔砲マグナム!準備完了!」
具現化系でマグナムを作り出し、強化系の魔法を中に忍ばせる。
ワームは結界系と変質系で動きを封じた。
「ふぉいあ!」
4人で撃つ攻撃を私はたった一人でやってのけた。
「ごめんね。助けてあげられなくて」
ワームが死んだあと、私はひどいめまいに襲われる。
現実と夢との境界が大きく揺らいでいるのだ。
「でも、まだ、負けるわけにはいかないんだから!」
「無理してはダメドリル」
「なーに。時間制限のある私は、無理してなんぼなのよ!」
全ての魔法少女にはタイムリミットが存在する。
ただ、私はそのタイムリミットが極端に短い。
まだ魔法少女になって一か月も経っていないのに、そろそろ限界だ。
「能力が高すぎるからリミットが早くなるドリル」
私は妖精の言葉を無視して箒に跨った、
「しょーがくせーはまほーしょーじょだぜ!」
#####
「さて。もう君は用済みだね」
その言葉にわたしは正気に戻る。
違う。
わたしは初めから正気だった。
初めから正気でこんなことをしたんだ。
「君を殺すか、この新たな仲間を運ぶのが先か――」
わたしの目の前でナミちゃんは倒れていた。
ワームに心の花を食べられて、その後一向に目を覚まさない。
魔法少女の衣装は魔女と同じように黒く染まっている。
「ねえ、どういうことなの?何が起こったの?」
「それを君が問う資格があるのかな」
白い魔女、ザウエルはせせら笑う。
「君がこの惨劇を引き起こしたというのに、我の目からは君は自分が悪くないといった顔をしているように見えるね」
「そんなこと……」
でも、それは正しい。
わたしは全て魔女のせいにして被害者ぶろうとしている。
醜い。わたしは本当に醜い――
「潔くエボルワームの餌になるというのもいいが、ちょうど彼はお腹がいっぱいのようでね。夢の中ではなく、現実に君を殺してあげよう――」
「待て」
かつてヒカリちゃんだったものは静かに言う。
「俺は誰も殺すとは聞いてねえ。もし、お前がコイツを殺そうと言うんなら――」
「ったく、君は本当に不良品だな。ワームは一体君の何の要素を残したのか。最後まで世界を恨まなかったというのは称賛に値すべきなのかな。いいや、魔女になってしまったのだから今さら意味のないことか」
ザウエルは肩をすくめる。
「でも、煩悩は消し去った方がいい――」
ザウエルが腕を振るう。
ザウエルの腕から空気の刃が放たれる。
それはごく自然な動きでわたしはおろか、コルトでさえも反応できない。
空気の刃はわたしを切り裂く――
その直前で何かに弾かれた。
「アンタ、わたしの友だちを随分とひどい目に遭わせてくれたようね!」
「ツキ……ちゃん?」
わたしは本当に間抜けな声を出す。
体から息が抜けだしてしまうような声。
「大丈夫。ソラちゃん。あなたは見ているだけでいいから」
ザウエルはツキちゃんを見て驚いたような顔をする。
けれどもすぐにいつもの嘲笑した表情に戻る。
「あっはっはっはっはっ。傑作だねぇ、魔法少女ツキ。この状況について君の感想を聞きたいものだ」
「アンタ、本当に回りくどいわね」
ツキちゃんは呆れたように言う。
「アンタの狙いは初めから私。正確にはあのボケ妖精なんだろうけど、私を排除したかったわけでしょう?なのに、私の大切な友達を疵物にしてくれちゃって。私、最大級に怒ってるんだけど?」
またもザウエルはおかしそうに笑う。
「でも、最適な手段だ。君はかつての友と戦うことはできないだろう?え?」
「ええ。出来るわけないじゃない」
ツキちゃんははっきりと言った。
「まあ、そこのなりそこないは君と一緒でかつての仲間を傷付けられないと言っている。自分を貶めた雑魚でさえもね。まあいいさ。最優の魔法少女ツキ。最高の最終ステージを用意してあげよう」
「『最』が好きよね」
コルトは地面に転がっているナミちゃんだったものを運んでいく。
「ちゃんと足はついてるな」
コルトはナミちゃんだったものの太ももをつんつんと触った後、ザウエルとともに虚空の彼方へと消えていった。
「最後のあれはなんだったのかしら。太ももフェチ?」
######
次回予告
「実は9輪と10輪って当初は一つの話だったんだよね」
「そうなの?」
「でも、もともとは個別の話にしようと思ってたんだけど、展開が鬱なものはさっさと処理しちゃおうって」
「なるほど。でも、なんだか二人だけってとっても寂しいね」
「今度からはソラが一人でやらないとダメだけどね」
「それってどういう――」
「ま、こんなところにも鬱な展開を持ち込むわけにもいかないので――次回!」
『次回、テストやべえよ。魔法でどうにかしてくれよ』
努力は人を裏切らない!
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