赤い空、月の影

竹内緋色

1輪 はじまり の あさ に

 春の朝日が差していた。気持ちのいい朝だ。


 きっと春の朝だから、こんなにも気持ちが良くてワクワクする。


 そして、初めての朝だから、より気持ちがいいんだ。



「小学六年生!最上級生になって初めての朝!サイコー!」


「訳が分からんドリル」


「それ、よく言われるよ!」



 妖精は首を傾げた。



「今日から君も魔法少女ドリル。覚悟はいいドリル?」


「うん!」


 私は元気に答える。


「誰かの笑顔のためなら、きっと頑張れるから」



 ###



 今だから言える。


 わたしはその子が大嫌いだった。



「おはよう、ソラちゃん!」


「おはよう……」



 朝の光はわたしにとってはとても眩しくて、でも、その子の笑顔は朝の光以上に眩しくて。


 光に焼かれて殺されてしまいそうだった。



「おはよう、ソラちゃん」



 わたしの名前は赤井南空。


 アカイミソラと読む。


 一方の、輝かんばかりの笑顔の持ち主の名前は月影夜空。


 ツキカゲヨゾラと書く。



「ソラちゃんはソラちゃんだけのものだよ」



 わたしはボソボソと言う。


 実際にわたしのあだ名はソラちゃんと区別するためにアカちゃんとなっている。



「赤ちゃんじゃないのにアカちゃんだなんておかしいよ。それに、それを言うならわたしはゾラちゃんだよ?」



 ソラちゃんはいつもそう言う。


 本当に歩くたびに体中からお花畑が飛び出してきそうな、いや、少女漫画みたいにコマいっぱいにお花畑が出てきてしまいそうな、そんな女の子だった。



「朝からお熱いのですわね」



 柔和な笑みを浮かべた女の子が突然話しかけてくる。



「うわっ。波野さん!?」


「司。おはよう」


「あら。間違えましたのですわ。朝からお暑うございますぜ!バリバリだぜ!」


「人の話聞いてないね、司」


「あれ?なにかおっしゃりましたのですか?いえ、なんかおっしゃりましたのですの――だぜ!」


「朝からボケてんな」



 こつり、と波野さんの頭を叩く子がいた。


 一見すると男の子のようで、でも、よく見るとメスゴリラで――



「誰がメスゴリラだ」



 わたしも波野さんと同じように小突かれる。あまり痛くない。



「おはよう。花火ファイアー・アーツ


「下の名前で呼ぶんじゃねえ!」


「しもの名前?」


「シタだ、した!今すぐパソコンのディスプレイにルビを振っとけ」


「そんな無茶な」



 いつものメンバーが揃っていた。


 月影夜空を中心とした、波野司、光花火、そして、わたし。


 仲が良いのは月影夜空、波野司、光花火の三人で、わたしはおまけだ。



「みんな、同じクラスになるといいね」



 わたしは嫌だった。でも、



「うん、そうだね」



 心にもない言葉を呟いていた。



 ######



「よかったね。今年もみんな同じだ!」



 わたしは内心ほっとしたような悲しいようなそんな気持ちになる。ソラちゃんの言葉の通りに去年も同じクラスだった。



「って、クラス替え、ねぇだろ」



 花火ちゃんの顔をみんなで不思議そうに見る。



「オイ、去年転校してきた南空が知らねえのは分かるけどよ、テメェらが知らねえのはどういうことだよ!」



 花火ちゃんはテンションを高くして言った。



「いやぁ、私、この学校に五年間しか通ってないし?」


「俺もそうだっつの」


「クラス替えってなんですかー!?」


「司に至っては冗談で済まされないから恐ろしいよな」


「嫌だなぁ、ちょっぴり忘れてしまっていただけなのですの」


「その口調もすっかり忘れているな」


「わ、忘れてないのですわ――だぜ!バリバリだぜ!」


「いつの時代だよ……」



 わたしたちは笑ってしまう。



#####



 わたしがこの学校に転校してきたのは去年のことだった。


 親の仕事の関係でこの学校に転校してきたのだ。


 初めての転校でとても不安だったわたしに話しかけてくれたのは、ソラちゃんだった。


 ソラちゃんはわたしに二人のおともだちを紹介してくれた。


 わたしたちはともだちになった。


 それはもう、とても楽しくて、楽しすぎて、ときどき眩しくなってしまうほどだった。



 でも、そうやって眩しく思っている時、ふと感じてしまうのだ。


 みんなはソラちゃんのともだちで、わたしの友達ではない。


 ソラちゃんがもしもいなくなったときはきっとともだちのままではいられないのだと。



######



 今日は始業式だけなのでみんな早く帰る。


 わたしも一人で帰ろうとした時だった。


 校舎の影に見知った姿を見つけた。


 ソラちゃんだ。


 わたしはそっと近づいて様子を見る。



「ねえ、ソラちゃん」



 ソラちゃんはみんなに頼られていた。


 だから、色々なお願い事をされる。


 その子もソラちゃんにお願い事があるようだった。



「わたし、キウイちゃんが絶対に許せないの。だから、復讐に手を貸して」



 わたしは思わず息をのむ。


 そんなの友だちに頼むことじゃない。


 そんなの、頼まれたソラちゃんだって悲しいだろう。



「わかった」



 ソラちゃんは静かに言う。


 わたしは思わず飛び出しそうになるのを必死で止める。


 でも、わたしは飛び出して文句の一つでもその子に言うべきだったのかもしれない。



「武美ちゃんがキウイちゃんのことを嫌だと思っているのはわかった。でも、復讐はダメだよ。お互いに幸せにならないから」



 わたしはソラちゃんが復讐に手を貸す気がないと知ってホッとする。


 でも、武美ちゃんという女の子はきっとソラちゃんを睨んだ。



「わたしの味方になってくれないなんて、ソラちゃん、大っ嫌い!」



 きっとそれは感情に任せた言葉であって、本当の言葉ではなかったのだろう。


 けれども、聞きとる側にとっては話す側にとっては真実でなくても、真実足り得る。


 だから――


 武美ちゃんはどこかに去っていった。



「ソラちゃん……」



 こんな時になってわたしはようやくソラちゃんに話しかけることができた。



「どうしたの?ソラちゃん?」



 ソラちゃんはいつもの通りの笑顔でわたしを迎えようとする。


 でも、その笑顔はとてもぎこちのないものだった。


 無理に笑顔を作っているのがバレバレだった。



「わたしはソラちゃんじゃなくて、アカちゃんだよ」



 その綽名が気に入っているわけじゃない。


 けれど、わたしにはソラという名前は重たすぎる。



「1輪からこんなに暗くてごめんね」


「何言ってるの?」


「うーん、読者サービス?」



 よくは分からないけれど、ソラちゃんが話を逸らそうとしていることだけはわかった。



「見てたよね」


「うん……」


「そっか……」



 ソラちゃんは空を一度見上げた後、歩き出す。


 わたしはソラちゃんについていった。



「武美ちゃんって子はね、わたしの幼稚園の時からのお友達なんだ」


「じゃあ、どうして――」



 どうしてあんなことが言えるのだろうか。



「人にはね、きっと何があっても叶えたい夢っていうのがあるんだよ。それがちょっと間違った方向だったってだけで、武美ちゃんは悪くなくて――」


「そうじゃない!」



 わたしが言いたかったのはそんなことじゃない。



「わたしはソラちゃんが心配なの……」


「ソラちゃん?」



 ソラちゃんが不思議そうにわたしの顔を覗き込む。



「ソラちゃんはもっと自分を大切にしないと。さっきだってソラちゃん、とても辛かったはずでしょ?でも、無理に笑って――」


「そっか。私もまだまだなのかな?」


「どうして――」



 わたしにはソラちゃんが少しも理解できなかった。


 わたしはひどい嫌悪感を覚える。


 まるでわたしの目の前にいるのが人間じゃなくて、一匹の怪物のような、そんな気がしてきてしまって――



「ま、私たちが小学生でいられるのはもう少ししかないんだからさ。中学校に入ったらじゅけんせんそーとかいうのらしいから、だから、早く帰って、遊びましょう?」


「帰っても遊ぶ予定ないし……」


「じゃあ、一緒に遊びましょうよ!」


「でも、ソラちゃんが迷惑じゃないの?」


「だいじょぶ!」



 ソラちゃんは元気よく答える。


 もうさっきまでの悲しそうな顔はどこにもなくて、なにもかも忘れてしまったような笑顔だった。



「作者が数日の命ともとれる資金をいけにえにして、小説の書き方みたいな本をとち狂って六冊も購入したんだけど、まあ、プロットの書き方とかは大方あってたけれど、問題は対象をどの層にするかってところでね」


「世界観ぶち壊しでいいの?」


「もう、どの作品もぶち壊れてるし。でね、対象って言っても読者少ないし、きっと男性ばかりという願望もあるから、マニアックさをこじらせた男性向けかなって」


「ねえ、ソラちゃん?作者ってどの辺にいる?」


「日本の中心くらいかな」



 わたしは日本の中心を睨む。



「テメェ、作者!ソラちゃんになってこと言わせんだ!それと、買ってきたギャルゲをすぐにバッドエンドに導く甲斐性無しが!」


「やめて、ソラちゃん。作者のライフはゼロよ!」


「というか、なんで作者は自分が生まれた年のゲームをしているのかな」


「やルドラだからだと思う。I.G.と士郎正宗神が手掛けているから」


「そ、そうなんだ……」



 ソラちゃんはその辺りに詳しくないし、多分、小学生でこれほどマニアックなオタク事情に詳しいのは設定的にどうかと思う。



「着替えを覗き続けたら、即バッドエンド!」



 ちなみに、かの伝説のグロアニメとも言われたり作画崩壊アニメとも言われた某アニメの原作もこのシリーズのPS2シリーズの中に入るのだそうだ。



 #####



 青天の霹靂という言葉をご存じだろうか。


 突如として何かが現れるとか物事が起きるという意味で、日本風に言うと棚から牡丹餅、もしくは犬も棒に当たるというところで、英語ではアトミックサンダーボルトである。


 ちょっと違うどころか大いに違う?


 そんなの、高校生で習う内容なのに小学生が知ってたらおかしいだろう。



「きゃあぁあぁあぁあぁ!」



 突如として悲鳴が響き渡った。



 ######



 月影夜空と別れた武美は怒りをあらわにしながらランドセルを背負い、下校を始めていた。



「そもそもにキウイが悪いのよ」



 始まりは今日の朝のことだった。


 武美はキウイとともに登校するつもりだった。集合場所として校門の前の桜の木の下で待っていると約束して――


 だが、キウイは武美のもとに現れなかった。



「きっと何か理由があって来れなくなってしまったのだろう」



 小学生には携帯電話などない。


 予鈴もすでになり、遅刻かと焦りながら校門へと入って行った武美を待っていたのは衝撃的な光景だった。


 聞き覚えのある笑い声。


 仲がよさそうな三人組が話しながら歩いている。


 おしゃべりに夢中なのか、武美のことには気がつかない。


 その三人組の中に、キウイの姿があった……



「それはスイートプリキュアでやったやつだね」



 武美の耳に聞き慣れない音楽が耳に入って来た。


(口笛……?)


 その口笛のうまさについて武美はなんとも思わなかった。


(とても悲しい音色。なんだか騒がしそうな音楽なのに……)


 武美はその旋律に聞き覚えがあった。


 どうして思い出せなかったのかという理由として、やはり、口笛の音色が哀愁を掻き立てたからだろうと考えた。


「なんだろう、これ……」


 自分の心の底を見透かされているような、そんな気持ちの悪さを武美は感じる。


「これはそんな曲じゃないのに」


 武美の父は有名な音楽家であり、朝から大きな音でクラシックの曲をかけるのが日課だった。


 その武美の父の好きな音楽の中でもひときわ仰々しい、オペラの前奏曲――



「ゴッドファーザー愛のテーマ!」


「違うぞ!断じて違う!というか、お前の父親、一体どういう趣味をしている! 朝から処刑音楽を流すとか! いや、確かにあのヘリコプターからの銃撃は映画史に残る名場面だが。ターミネーターなんて比じゃないくらいの」


「だ、だれ!?」



 今さらか、と武美の前に現れた人影は肩を落とす。



「さあ、とっとと本題に入らせていただきましょうかね!」



 黒い衣装に身を包んだ、白い髪が特徴的な少女は武美に愛想のよい笑顔を見せる。


 傷付いていた武美の心はそれだけで心を開く理由ができてしまった。


 それは油断という形で現れる。



「あなたは誰なの?綺麗な色の髪ね。瞳も琥珀みたいで――」



 そんな武美の額に硬くて冷たいものが当てられる。


 それを延ばしているのは白い少女の腕だった。



「答えはこれでいいだろう?」



 武美は何も理解できないながらも、ただ、目の前で何が起きているのかだけは理解出来た。


 硬いものは拳銃で、少女はそれを武美に突き付けていて、少女はうっとりとした表情で引き金を引く。



「――――――」



 少女が言い放った言葉は銃声にかき消された。


 武美は知らなかった。


 武美にむけられた拳銃の名はSauer & Sohn 38H。


 奇しくも、その魔女の名を冠する拳銃であった。



「ああ、ああ、ああ……」



 武美の中の大切なものが消えていく。


 キウイとの思い出、楽しかった日々。


 好きだという気持ち。


 その全てが憎しみに塗り替えられていく。


 武美の体は徐々に膨れ上がり、肉塊と化した。


 脈打つそれはピンク色の心臓とでもいえるものへと変化していく。



「さあ、姿を見せろ。スクラッシュワーム!」



 白い少女の言葉とともに、かつて武美であったものは大きな桃色の幼虫の化け物と化した。



 ###



「悲鳴?」



 あまりに現実味がなさ過ぎて、わたしはその場でそう呟いてしまった。



「ソラちゃん!?」



 ソラちゃんは声のした方へと走って行く。



「待って!」



 わたしの制止など聞くはずもなく、ソラちゃんは悲鳴のした方へとどんどんと向かっていく。



 わたしはどうしたいのだろうか。


 どうするべきなのだろうか。


 なにか事件が起こったのだろう。でも、そんなものに巻き込まれたくはない。


 でも、ソラちゃんが巻き込まれてしまうかもしれない。


 わたしはソラちゃんから離れたかった。あの眩しさがわたしを曇らせるから。


 でも、それとソラちゃんが危険な目に遭ってもいいということとはイコールでつながらない。


 気がつけば、わたしはソラちゃんを追いかけて走っていた。




 日光が木々の葉を照らし、自然の中に埋没した道路には影のマーブル模様が出来上がっている。



「ソラ……ちゃん!?」



 わたしはソラちゃんの前にいる怪物を見て息をのむ。


 絶句する。


 呼吸を思わず止めてしまう。



 そして、次に襲いかかってきたのは吐き気だった。



「なに……あれ」



 まるで実物の腸を見せられているような、ピンク色でぷにぷにとした、幼虫のようなものがのたうち回っている。



「ソラちゃんにもあれが見えるのね」


「ソラちゃんにもってことは、ソラちゃん、あれを知ってるの?」


「うん。知ってる。でも、見たのは初めてかな」



 それでよくあの怪物を直視できると思った。


 あれはきっとこの世にあっていいものではない。



「さあ、ツキ。今こそ変身の時ドリル」


「ねえ、イスカ。あの子はもう、助けられないの?」


「ツキもお人よしドリル。でも、イスカは正直だから答えてしまうドリル。もう、彼女は助からないドリル。イスカもこんな個体を見るのは初めてドリルけど、絶対にもう助からないと言えるドリル」


「そっか……」



 妖精と話していたソラちゃんはわたしの方へと振り返る。


 振り向いた笑顔はいつもと同じ笑顔だった。



「ソラちゃん。今日からソラちゃんはソラちゃんだけのものだよ。私は今日からツキ。魔法少女ツキ」


 ソラちゃんは気持ちの悪い怪物に向かっていく。


 スカートのポケットからコンパクトのようなものを取り出した。


 そして、声高らかに叫ぶ。



「ドリーム・コンパクト! メイク・ハッピー!」



 柔らかな桃色の光がソラちゃんを包みこんだ。







 次回予告


「新番組でヒーローが変身した直後に終わるってやり方、すんごくどうかと思うのよね」


「ソラちゃん、それは墓穴を掘ってるよ」


「いいのよ、別に。それほど読む人いないし。一番イラッとしたのはユニコ――」


「富野さんにはあまり喧嘩売らない方がいいよ」


「トミダムなんて最近ないでしょ? 作者、オルフェンズは見なかったし。もう、作者は三体合体のロボットにしか興味なくしているもの」


「どうでもいいね」


「それと、私はツキだからね! これ、重要なフラグになるから、忘れないように!」


「というか、この次回予告、やる必要あったの?」


「いやあ、外伝すごコロを知らないカクヨムの人に、少しくらいはその雰囲気を味わってもらいたくて!」


「わたしは色々な理由からおすすめしません」



『次回、読者サービス』


「それ、違う作品だから!」


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