序章 薔薇の褥で眠る君




 ――――その国には、眠り続ける乙女おとめがいる。

 天へと伸びる尖塔せんとうかかえた、石造りの大聖堂。硝子ガラス窓から差し込む光が、祭壇さいだん薔薇ばらをほの白く照らし出す。純白の薔薇に埋もれるように、少女が一人、祭壇の聖櫃せいひつに横たわっていた。

 柔らかなほおあわく色づくくちびる。薔薇の香りに包まれた、長くつややかな金のかみ。閉ざされたひとみは夢見るようで、時折、呼吸のわずかな動きを受け、繊細なまつげが光をはじきらめいた。

 あえかな寝息が薔薇の花を揺らす他、動くものは何も無い静寂せいじゃく

 ――――そんな薔薇のしとねに、その日は黒い色彩がまぎれ込んだ。

 硬質こうしつ靴音くつおとを鳴らし堂内を進むのは、黒髪に黒の軍服をまとった、長身の若い男だ。

 眠り続ける少女をのぞき込み、男は動きを止めた。

 指を伸ばしほおに触れ、言葉をこぼまぶたをふせる。動揺どうようか、後悔か、あるいはそれ以外の何かか。かすかな揺らぎは、しかし再び覗いた瞳には見受けられなかった。感情の無いおもてで、猛禽もうきんのごとく金の瞳で、男は冷ややかに唇を開いた。

「おまえが、私の花嫁か」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る