第11話

「アンタムカつくな……」


「口の聞き方に気を付けろクソガキ」


「うるせぇんだよっ!!」


「優一さん!!」


 西木は優一の頬を殴る。

 優一は倒れそうなところをグッと耐え、頬を抑える。


「アハハ! だっせー、正義の味方面して来たくせに、一発でダウンかよ」


「……ダウン? 何を言ってんだ……クソガキ」


「!?」


 西木はこのとき、背中から汗が噴き出すのを感じた。

 顔を上げながら、西木を睨む優一のその顔は殺気に満ちていた。

 その顔を見た西木は本能的に察する、この男には絶対に勝てないと……。


「おい、あと何発か殴っていいぞ、一発じゃハンデにもなんねー」


「は、はぁ? つ……強がってんじゃねーよ!」


「強がる? それはお前の方だろ……足、震えてるぞ?」


「だ、黙れ!!」


 西木は恐怖で混乱してか、勝てないとわかっている相手にもう一撃を入れる。

 しかし、優一は殴られても笑顔だった。

 その笑顔が、西木の恐怖心をより強くしていった。


「おい……あと一発だ、好きに殴れ」


「はぁ……はぁ……な、なんなんだ……お、お前!!」


 西木はもう一発のパンチを優一の顔面にぶつける。


「はぁ……はぁ……」


「……じゃあ、俺の番だな!」


「ひっ………」


 鼻血を出しながら、そう呟く優一の顔が、西木には鬼のように見えた。

 西木は優一から距離を置き、一歩また一歩と後ろの下がっていく。


「あぁ…気絶する前に一つ教えといてやる……」


「あ……あぁ……」


「自分で自分の事を強いって言う奴はなぁ……」


「は、はっ! あ……」


「それほど強くも………ねぇんだよ!!」


「がはっ!!」


 優一は自分の拳を西木の腹にぶつける。

 殴られた西木はその場にうずくまり、体を震わせる。

 そんな西木の髪を掴み、優一は無理矢理顔を上げさせて言う。


「おぉ、良く吐かなかったな、そこは褒めてやる」


「な……なんなんだアンタ……」


「俺の事なんてどうでも良いだろ? 問題はお前が俺の……あぁー俺の……知り合いに手を出そうとした事だ」


「ま、待って下さい! あ、謝ります! 貴方の女だなんてし…知らなくて!」


「馬鹿! 別にあいつと俺はそう言う関係じゃねーよ!!」


「ひぃ!! ご、ごめんなさーい!!」


「あ! ……まぁ、良いか」


 西木は隙を見て優一から逃げた。

 そんな西木の姿を見て、これでもう芹那には近づかないだろうと一安心する。


「おい、大丈夫……か?!」


「はい! 大丈夫です!! また私を助けてくれましたね! コレはもう私に脈有りと見て良いですよね!!」


「随分元気そうだな……」


 先ほどまで泣きそうな顔をしていた芹那だったが、優一が助けに来たからか、元気を取り戻す。


「たく……面倒事に巻き込みやがって……」


「す、すみません……」


「まぁ、小物だったし、別に大したこと無かったけどよ……」


「格好良かったです!」


 芹那のその何気ない一言。

 その一言を聞き、優一は昔を思い出した。

 格好良かった。

 そう言われたのは、人生で二度目だった。

 

『お前……格好良かったぞ』


(………なんで、俺の周りは馬鹿ばっかりなんだ……)


 普通は怖がるか、引くかのどっちかなのに、こういう態度を取られると調子が狂ってしまう。

 

「さっさと帰るぞ」


「はい! あ、お礼に何か食べに行きましょうよ~」


「お前抜きなら行く」


「はい! ………ん? それって意味無いじゃ無いですか!!」


「へいへい、行くぞ」


 優一は芹那を連れてその場を後にする。

 

『喧嘩はほどほどにしろよ』


「わかってるっつの……」


 優一は昔言われた言葉を思い出し、笑みを浮かべながらそれに答える。

 昔は素直にそう答えられ無かった。

 しかし、今は笑ってそう答えられる。





「なぁ、紗弥……」


「ん? どうしたの?」


 優一と別れ自宅に帰宅した高志は、紗弥と部屋で映画を見ていた。

 丁度今はエンディングで、紗弥はチャコを膝の上にのせて撫で回していた。

 

「俺たちって……どんな他から見たらどんなカップルなんだろ……」


「いきなりどうしたの?」


「いや、学校の奴らはバカップルとか色々言うけど……実際他にカップルって知り合いに居ないし……」


「そう言えばそうだね」


「なんか、基準がわからないって言うか……他のカップルはどうなの気になるって言うか……」


 そう言う高志の気持ちを紗弥は何となく察した。

 ようは同じ境遇の人から、アドバイスが欲しいのだ。

 最近の高志は色々と失敗ばかりなのを紗弥も知っている。

 だからこそ、そういう時にどうすれば良いか相談出来る相手が欲しいのだ。


「私は、高志が私を好きで居てくれればそれで十分だよ」


「そ、そう?」


「うん。だから浮気はやめて欲しいかな?」


「ず、随分引きずっておられますね……」


 紗弥の言葉にドキリとしながら、高志はDVDをしまいながら、苦笑いで紗弥にそう答える。

「にゃー」


「ん~? チャコちゃんどうしたの?」


「んにゃ~」


 チャコは紗弥の膝から下りて伸びをして、部屋の外に出て行く。


「最近チャコちゃん、あんまり甘えてこないわね」


「大人になってるって事なのかな?」


「それとも私たちに遠慮してる?」


「あんな子猫が? 無いって」


「まぁ、確かに猫だしね。それよりも、海の事決めよっか」


「あ、そうだね」


 紗弥と高志は前々から、海に行くことを計画していた。

 流石に二人では寂しいので、他にも人を呼ぼうと二人はそれぞれの友人に声を掛けていた。

「こっちは由美華と芹那ちゃんかな? 高志の方は?」


「こっちは優一くらいかな? 芹那ちゃんが来ること言ってないし」


「行ったら絶対来ないもんね」


「あぁ、この旅行を機に芹那ちゃんには頑張ってほしいからな」


 高志と紗弥には、密かな作戦があった。

 それは海で優一と芹那の関係を進展させようというものだったのだが、二人はまだ知らない。

 今こうしている間にも二人の距離は着実に近づいていることに……。

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