終ノ世界-losing something-

玄時くろの(前:クロノス)

「終ノ世界」続編ではないですが、二作目となります。

 何かを得ることは難しい。ただ、逆に何かを失うことはとても容易い。

 身を削ってやっと得られた富、名声も、〈何か〉が少し崩れたら、その瞬間に修復不可能な状態にまで落ちていく。例えると、積み木を高く積むのが難しくても、それを崩すのにはただ手で触れるだけでいい。というように。簡単に想像できることだろう。

 しかも、〈得る〉というのは、いずれ〈失う〉ことに繋がってくる。どんな事にも別れが来る、というよく聞く言葉があるように、だ。


 ──君を失う、だなんて、そんなことは絶対に嫌だ。


 僕は独り、ただただ歩いていた。

 そこは住宅街。それほど建物が密集しているような街ではない。まぁ、特筆するようなこともないよくある場所だ。と思ってくれていい。


 ただ、流石に〈これ〉は簡単には想像出来ないだろう。


 ──もう、此処は終わっている。失われた場所。僕が望む〈ゼロ〉へと還った場所。


 建物、家々は崩れ、電柱は電線を引きちぎり、倒れ、僕が今歩いているアスファルトの道路も、跡形もない。そんな景色が広がっている.......

 でも、これはそう、僕が望んだことなんだ。

 失うことが怖かった。だから、失うことに直結する、何かを〈得る〉なんてことも無い、そんな〈ゼロ〉に還った世界を創りたかった。

 見渡す限りの〈全て〉がこうだ。人っ子一人いない、全てが滅んでしまった世界が此処には広がっている。

 『終ノ世界』

 そんな言葉がぴったりだ。

 僕は、何も失いたくなかった。だから.......


 ──世界を滅ぼした。


 だってほら、最初っから全てが〈無かった〉ら、〈失う〉なんてことはまず生まれ得ない。簡単で分かりやすい理屈だろう?

 ──ゆっくりとした歩調で歩いていた僕は、ふと、『それ』に気づいて目線を上げた。

 ここは、彼女が、咲が住んでいた家があったはずの場所。そう。全ては既に過去形だ。『はず』というのも、この家は粉々の瓦礫の状態で、見た目で見分けることもかなわなかったから。

 何故此処が彼女の家だと分かったのか。それは単純に、かつてはよく来ていたから、感覚でなんとなく分かるのだ。

 そう、僕と彼女は、そんな親しい関係の内の一つ、


 ──幼なじみだったのだ。


 世界が終わりへと足を踏み入れた〈あの時〉、彼女は家に居たらしい。こんな跡形もなく崩れた家を見ればすぐに察せられるだろう。既に彼女は死んでいる。そもそも、今この地球上で生きている人間や生物なんて一つもないはずだ。

 咲とはよく一緒に遊んだものだ。家の庭にプールを張り、涼んでいた、なんてのはもう幼少の話だが、数時間前。そう、この世界が終わる少し前にも彼女とは言葉を交わしていた。その時は彼女がとても愛しくて、あぁ、やっぱり失うってのは嫌だ。


 ──だから早くこの世界を終わらせよう。


 君を〈失う〉なんていう悲しいことが無いように。と、強く思ったものだ。

 なんて美しい愛なんだ。きっと彼女も、僕の考えに賛同してくれるだろう。共感してくれるだろう。


 ──なにしろ、喜んでくれることだろう。


 僕は、おもむろに手をその瓦礫にのばそうとしたが.......すぐに諦めた。


 ──そもそも僕の体自体、すでに終わっている。そうだった。


 もう、僕の体は〈ゼロ〉に還った。今此処にいる僕は〈存在の残響〉。すぐに消え去るだろう。僕自身も〈ゼロ〉になって、最初から失うものが無いようにするために。


 ずっと回想やら考えに浸り、下げていた視線をゆっくりとあげる。体が無く、君に触れられないことに悲しみなんて感じはしない。もうそんな暗くて無駄な感情は消えてしまっている。いや、消した。不要だ。

 そして、上げた視線の先には、


「あぁ.......」


 思わず感嘆の声をもらしてしまった。

 だって、なんて美しいのだろう。


 ──ほら、終わろうとしている世界はこんなにも輝いて.......


 さっきまで強く輝いていた太陽は沈みかけ、そのまま姿を隠そうとしている。地球に隠れる、という意味も勿論あるが、文字通り〈終わる〉のだ。すぐにあの太陽も消える。

 そして、その美しい〈最期〉の夕焼けは西の空を雄大な橙色に染め、反して東の空は少しずつ薄暗い夜の藍色へと、〈終わり〉を示す深い色へと変わっていき、その中では、自身の存在を主張するかのように無数の星々が煌めいている。

 そして西の方角にある建物たちの残骸、折れた電柱たちの残骸は、夕日をバックにし、まるで精巧な影絵のように、目に映る。


 ──そう、こんなにも美しく、いいものになるんだ。何も失うことのない、そんな理想郷のような世界は.......


 ──美しい。あぁ、いい世界だ。なのに.......


 その美しい情景を見ると何故か、心の奥底、よく分からない『気持ち』が、段々とその存在を大きくしていくように感じる。

 どうしてだろう。一体何なのだろう。理解が出来ない。

 もしかして.......いや、これは.......

 何故だろう。終わっていく世界はこんなにも美しく、求めたものに他ならないのに。それに、体も存在自体も、そんな感情なんてモノも既に無いはずなのに。

 何故。何故全てを〈ゼロ〉に還すことが.......

 になったはずが、どうして.......


 ──どうしてこんなにもむなしく、と思ってしまうのだろう.......

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