10-2

 サンペリオの人々は上半身裸で腰布を巻き、リトルフォレストの人々は被り物やら仮面を着けたが普段着だと雰囲気が出ないので思い切ってスズコにもらった服を着ることにした。


 トロッコ列車に乗る前に汚れては困るとキャシーが心配していたのだが折角のお祭りだ。作品を披露するとスズコもきっと喜ぶと説得し一同は着替えた。


 着替えた時は少し派手かと思ったがハロウィンの鮮やかな町並みにはよく馴染んだ。


 一同は町にくり出す。サンペリオの人々は想像以上に目立った。


 裸の集団が二十二人もいてそれは裸族のパレードのよう。リトルフォレストの人々はそれにひっそりついて行く。動物たちが珍しいものを見るように振り返っていた。


 ハロウィン街道を歩いていると人混みの中から「トリックオアトリート、トリックオアトリート」と幼い声がする。道行く大人たちにカンガルーの子たちがお菓子を求めているのだ。


 一部の子の腹の袋はすでにお菓子でいっぱいでそれでもまだ貰おうと袋を目一杯、手で押し広げていた。


 ドンガガはメープルで買っておいたお菓子を数個、何匹かの子の袋に入れてあげた。


「カボチャさん、ありがとう!」


 一匹の子がぴょんと跳ねて喜ぶとお菓子がぽろりと袋からこぼれる。急いで拾い集め、その子はすぐに別の人のところへと行ってしまった。


 街道を歩いているとそういう子供たちにたくさん出会った。ドンガガは惜しみなくお菓子を配った。


 お菓子がほとんど無くなったころふと顔を上げると街道の端でお菓子を貰う子たちを羨ましそうに見ているネズミの子がいるのに気付いた。仮装をしていない。代わりに新聞がたくさん入っているカバンを肩から斜めに掛けている。


 ドンガガはそばに行き残っていたお菓子をそっと差し出した。


「僕に?」


 不思議そうにしている。


「そうです。良かったら貰ってください」


 ネズミの子はそっとそれを受け取った。


「仮装しないのですか?」

「お金がないんだ。僕の家は貧乏だから」


 悲し気につぶやいてカバンをさする。どうやら新聞配達のアルバイト中らしい。ネズミの子のお腹がくうーっとなる。


「お菓子良かったら食べてください」


 1つあげると少し迷ったあと、お菓子の包みを開けて少しかじった。


「これすっごく美味しいね」


 そう言ってお菓子を包みに戻す。


「全部食べないのですか?」

「家に帰って弟たちに分けてあげるんだ」


 それならとドンガガは持っていた残りのお菓子全てを差し出した。


「こんなに? いいの?」

「はい、もちろんです。渡してあげてください」


 ネズミの子は少し考え込んだ。ドンガガたちをじっと見つめている。


「おじさんたち良かったらウチに来て直接渡してあげてくれない? 面白い恰好しているし弟たちきっと喜ぶと思うんだ」


 ドンガガたちは喜んで了承した。




 ネズミの家は土で掘っただけの巣穴、家具一つない。

 貧乏というのは謙遜ではないらしい。


「ただいまー」と兄ネズミが言うとたくさんの子ネズミたちが奥からわんさかと出てきた。仮装したドンガガたちを見て驚きの声を上げる。


「ハロウィンだ! がいこつだ!」


 きゃーっと兄ネズミの背に隠れる。兄ネズミは嬉しそうに笑っている。


「ラッキー帰ったのかい?」


 奥から母ネズミが顔を出す。そしてまあっと驚く。


「ハロウィンじゃないか、どうしたんだいこの人たち?」

「カボチャさんたちから皆にプレゼントがあります」


 ラッキーがそう言うと弟たちは何だろうと首を傾げる。あげるのはただのお菓子だがラッキーはそれでも勿体ぶっている。


「ハロウィンの合言葉、プレゼントが欲しい時は何ていうのかな?」

「トリックオアトリート!」


 子ネズミたちが声を揃えて言う。


「はい、ハッピーハロウィン!」


 陽気に笑ってドンガガはお菓子を両手に広げた。子ネズミたちがわっとドンガガの周りを取り囲む。お菓子はあっという間に無くなり受け取った子ネズミたちは大急ぎで包み紙を開ける。


「これ、お前たちお礼は言ったかい」


 母ネズミの声も何のその、子ネズミたちはせっせとお菓子にかじりついている。これならもっと持ってきてあげるのだったとドンガガは思った。


 子ネズミたちがサンペリオの一団の腹を叩いて遊んでいる間にドンガガたちは母ネズミとラッキーから家出した父ネズミの話を聞くことにした。


 父ネズミは元々大変な働き者だったという。

 朝から晩まで馬車馬のように働き一家を養っていた。子供は十三匹、働けども働けどもお金は貯まらず貧乏な暮らし、それでも一家は幸せだった。


 それがある日、日雇いの仕事で地上に出たのを機に父ネズミは一変する。食卓では華やかな地上の世界のことをこれでもかと羨ましそうに毎日毎日話し、はじめは母やラッキーたちも楽しく聞いていたのだがいつまで経っても世迷いごとのように語り続けるので、皆呆れ、次第に相手にしなくなると今度は働くのを辞めてふらふらと出かけるようになった。


 最初は月に一週間ほど、そのうち二週間、三週間と増え、終いにはひと月全く戻らないこともざらになった。働きもせずにどこに行っているのだと問い詰めると地上へ行っているのだとふてくされたように言う。


 ある日、母ネズミと大げんかした後『地上で暮らします』という書置きを残し、家を飛び出したのだそうだ。


 後に残された母ネズミは働きに行こうとしたのだが育児でそれどころではなく、代わりに長男のラッキーが働き始めたのだと言う。


 ラッキーは学校へも行かず家では弟たちの世話、外では牛乳配達、ビラ配り、新聞配達、寝る間も惜しいのだと言う。


 その話を聞いてドンガガはこの一家のため何かしてあげたくなった。首を捻りながらぶつぶつと独り言、カボチャを被っているため声が籠る。


「不気味です元市長」とカッパーが苦言を呈してからネズミたちに提案する。


「我々がリトルフォレストに戻ったらお父さんを探します。見つけたらここに戻るように説得するというのでいかがでしょう?」


「それは助かります! ぜひ……」


 ラッキーが言いかけたのを遮ってドンガガが突然閃いたようにポンと手を打ち鳴らした。


「分かりました。そうしましょう」


 急がば回れとドンガガは駆けだした。皆何事かと口をぽかんと開けている。面白いことが始まったとサンペリオの裸の一団がそれを追った。





「お願いします! これで売ってください!」


 ドンガガが石炭を麻袋丸ごと差し出し懇願するがメープルの店主は顔を立てに振らない。


「石炭はもういらないよ」

「じゃあ、これで」


 サンペリオの人たちのためのお土産のブルータリスのタイピンセットを差し出す。


「オレはネクタイなんか着けないんだ」

「でも雑貨屋に置いておく価値はあるでしょう?」


「カボチャの馬車以上の価値とは思えないがね」

「うーん、困りましたね。どうしても要るのですが……」


 困って首を捻ろうとした。その時サンペリオの長がリュックを降ろしてごそごそと漁り出した。


 不思議に思って覗き込むと長が勢いよくばっと手を天に掲げたためそれがカボチャ頭にぶつかりバランスを崩してドンガガは舌を噛んだ。


「パリラッパー!」


 長の手には小さな何かが握られている。


「ん?」


 店主がそれを受け取る。ベストのポケットから出した天眼鏡でじっと覗き込みそして大きな目玉を丸くする。


「これはダイヤじゃないか!」

「なんと!」


 ドンガガは腰を抜かしそうになる。それは未加工のものだが大粒で店主の気を引いた。長が採石場で手に入れてこっそり持ってきたものだろう。


「いいのですか?」

 ドンガガが尋ねると「ウィウィ」と返事をした。

 多分気にするなとの意だろう。


「よし、そのダイヤと引き換えだ」


 店主は嬉しそうに頷いた。お菓子も欲しいと言うとおまけだと言って気前よくたくさん持たせてくれた。


 お菓子をカボチャの馬車に積み込み引っ張っていく。長が「ティンガードド、ティンガードド」とご機嫌に歌うのでそれを真似た。楽しくてまるで子供の頃の遠足のようだった。

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