五時じゃない

@ebisan

第1話

『五時にオリオンの前で会おう』


 あたしはメールをのぞいて、携帯を胸ポケットにしまう。

 早朝五時。澄んだ空気と朝日が冷たかった。


 ――こんなに急がなくってもいいのに。


 けやき通りにあるレストランの前で、あたしは静かにたたずむ。

 そろそろ夏やすみ。今日は期末試験の最終日だ。

 夏やすみにはどこに行こう?

 昨日、テスト勉強をしながら、友達の男の子とメールでそんなやりとりをした。

 今年の夏に行ってみたいところを答えると、彼は、


『二人きりで?』


 と返してきた。

 文末には、冗談めかすように笑顔の絵文字が添えられていた。


 いつのまにか、つかず離れずのこんな微妙な距離感をお互いに楽しんでいた。

 もちろん、二人で水族館に行ってもかまわない。

 けれど、デートをするなら先に言って欲しい言葉がある。

 だから昨日の夜、


『二人でっていうのはどういう意味なの?』


 あいまいな関係から決別するために、決定的な言葉を促すような返信をした。


 ――五時にオリオンの前で会おう。


 さっきもながめたメールの文面を思い出す。

 ふいに、あたしの胸は高鳴った。


「しまった」


 朝の五時じゃない。これは普通に考えて夕方の話だ。


「ああ……」


 しかもただ勘違いしてただけなら良かったのだけれど、ついさっき彼に『なにしてるー?』とメールをしてしまったところである。自分こそ朝五時になにをしているんだ。

 たった今返信がきた。メールには『まさか……』とだけ書いてある。あたしは顔に火がつく思いだった。あやつはすっかり、あたしが時間を間違えてしまったことを察している。気が急いていたのは彼ではなく、完全にこっちのほうだった。

 なんとなくくやしかったから、一生懸命切り返しを考える。そして思いついた。


『待ってるんだけど』


 逆に彼のほうが言い訳をする流れに持っていこうと思い、逆切れのメールを送ってみた。


『すぐ行く』


 彼は短い返信の後、なんと三十分たらずで身支度をして飛んできた。

 弁明をせず謝る彼。


 そうされると、なんだかいたたまれなくなってきた。


「だって、はやく言って欲しかったんだもん」


 あたしも、ここは負けるが勝ちだと判断した。


 かくして――。

 長いあいだ友だちだったあたしたちは、この日をきっかけに、恋人になったのだった。

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