039話 誰が為の剣



 その耳は人間のそれよりも長く、肌は健康的な白色。

 金色に輝くの長い髪。

 ――――左耳の前の一房だけ、燃えるような赤色。


「イア!? イアじゃないか! どうしてここに…………」


「久しぶり、オサムッ! ふふッ、会いたかった――――」


 修に満面の笑顔で抱きつくエルフの美しい少女、かつての仲間で勇者隊の火力の要の大魔法使い。

 エルフの皇族のお姫様、イア。

 ディアを母なる夜の美しさだとすると、彼女は昼の太陽だろう。


「――――ふむ、感動の再会を邪魔してすまないが。紹介してくれんかの? 余はローズ。次元皇帝竜にして久瀬修の娘となった者じゃ」


 ローズの言葉に我に返ったイアは、くるりと真顔を見せるとカーテシーを。


「失礼いたしました。妾はイア、かの地のエルフ族を纏めるブレイファ氏族の娘。勇者オサム・クゼにかつての、将来の約束を果たしに参りましたの」


 優美に挨拶をしたイアに、ディアも名乗りをあげる。


「お初にお目にかかります。私はディア、オサム様の『妻』です。夫がお世話になりました」


 ――――その瞬間、二人の間で火花が散った。

 表情そのものは笑顔だが、溢れ出る気配が刺々しい。


(はい? え、何この雰囲気!? っていうか将来の約束って何だ? 俺、アイツと約束なんてあったっけ?)


 然もあらん。イアは修に恋心を抱き、この地を訪れた。

 妻を名乗る人物が居て、心中穏やかな筈が無い。

 一方ディアは恋を知らずとも、彼女の事情を知らずとも、本能的に警戒すべき相手だと見抜いた。


(何なのよこの聖なる気配はっ!? 聖女以上じゃないっ、相手がこんな綺麗な子だなんて聞いてないっ!?)


(…………随分と綺麗な方です、オサム様の回りにはこういった方が沢山居たのでしょうか?)


 次元を、世界を渡るというのは本来有り得ない事態だ。

 そういった者達が。地球の日本という土地に集まっている事はさておき。

 出逢う筈が無かった、出逢ったかもしれなかった二人が、一人の獲物を前にし起こる事とは。


「妻、ですか? 確か『妾の』オサムに妻は居なかったと思ったのですが? ――――ああ、第二婦人ですか?」


「オサム様の大切な『仲間』だというのに、ご報告が遅れて申し訳ありません。この度、女神セイレンディアーナに命により、この地の法に従い、その生唯一の『妻』にと」


 暗に、アンタなんか愛人だろ? と宣うイアと。

 女神に保証された唯一の妻だと、言い返すディア。

 そもそも修にしては第一夫人だの、第二婦人だのは初耳で。

 ディアに関しても、正式には結婚していない。


「ええっと――――」


「――――これパパ、発言はもう少し先じゃ」


 割って入ろうとした修をローズは止めた、この修羅場を見てみたいという興味は否定しないが。

 このままディアに相手を任せ、イアの目的を知るという算段であった。

 ――――もっとも、彼女が修に恋心を抱いている事は明白なので、目的もまた。つまりは裏付けという意味合いが大きかったが。


 ともあれ、ディアの発言を聞いたイアは、額に青筋を立てて言い返す。


「ふぅん…………、見たところ、ディア様は左手の薬指に指輪をしていないご様子。そのセーラー服なるもののタイの色、オサムの同学年ですわね。確か婚姻には年齢制限があって、妻と名乗るには一つ足りないとお見受けするのですが」


「――――っ!? それでも、私はオサム様の妻です」


 あちらの世界で、大魔法使いと呼ばれる彼女の知能は高い。

 故に、勇者時代の修から故郷の事を、日本の風習や彼が知る限りの法律などの知識を聞きだし、記憶していた。

 現時点での日本に対する知識としては、イアの方が上である。


「(パパよっ、ママに日本の婚姻知識を教えてなかったのかっ!?)」


「(う、すまない。まだ必要ないと思ってたんだ…………)」


「(謝罪は後でママにするのじゃ)」


 こそこそと内緒話をする父娘を余所に、美少女二人の睨み合いは続く。


「…………私がオサム様と、この国の法で正式な婚姻に無い事は認めましょう。――――しかし、その事にイアさんが何の関係があるのですか? 私はオサム様にアチラの世界で恋人、夫婦に類する関係のヒトは居なかったと聞き及んでおります」


「ぐッ、そ、それは…………、妾は――――、そ、そう、誰よりも近くに居た仲間として、妻となる人物に不審な点があれば口を出す権利があるッ!」


 それは修以外の誰にでも、ディアにすら只の方便に聞こえた。

 だが、――――筋は通る。

 かつての仲間が居たら、そこで嫁になりに来たと言えない所だぞ? と言ったかもしれないが、生憎と彼女を知る者は修一人。

 拗らせた童貞の持ち主に、そんな事が言えるはずも考える筈も無い。


(この辺が落とし処かや?)


 大切な仲間の伴侶を見定めに。

 いきなり恋敵としてライバル宣言するよりかは、最初の関係としては穏当な部類である。

 ローズは修の服を引っ張り、合図を送る。


「――――つまり、俺が心配で来てくれたって事でいいのかな?」


「え、ええそうよッ! アンタってば妾が居ないと駄目駄目な男なんだからねッ」


「うへぇ、スマンスマン。いつも助けられているよ」


 先ほどの緊迫した空気は何処へやら、イアは頬を染めて修に自然と腕を絡める。

 ――――だが残念かな、彼女は肥沃な大地の持ち主であった。

 極上の柔らかさを持つも、物理的距離が足りず当たる事は無い。


(…………? これは…………? 心臓という臓器に一瞬、痛みが走ったような?)


 一人首を傾げるディアの様子に気づかず、修はイアを振り払わず、さりとて興奮する事も無く自然な様子で質問する。


「どうやってこっちの世界まで来たんだ? 普通の方法では不可能だって結論を出したのはイアだろう?」


「そこはそれよ、妾は天才だものッ! オサムの『伝心』を経由してちょちょいのちょいってね」


 口ほど簡単な事では無く、彼女の才能と多大なる努力以外では成し得なかった奇跡と執念の産物ではあったのだが。

 イアはその事を隠した。

 王族として育てられた彼女のプライドは高く、例え修といえど汗を流して努力する姿は見せない。


(コイツまた無茶な事したな…………)


 とはいえそこは長い付き合い、修はしっかり理解していたが、彼女が言わないならと気づかないフリをする。

 ――――だから結婚も恋人も出来なかった事を、自覚していないのだこの童貞は。


「ところで当分の間、こっちに居るんだろう? 住む所の当てはあるのか?」


「有るわけないでしょう、オサムの所にお邪魔するのに決まっているじゃない」


「ははっ、だと思った。まだ部屋が空いてるから、そこを使ってくれ」


「…………オサムと一緒の部屋が良いんだけど」


「ん? 小さくて聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


「ありがとうって言ったのよ」


 ともすれば、ディアとのそれより恋人らしい遣り取りにローズは危機感を覚えた。

 心的距離は近いと予想していたが、よくもこれで恋人という関係になっていないものだ。


「そ、そうじゃっ! 余は勇者時代のパパの事を聞きたいのう? 教えてくれるかイアよ?」


「妾としてはオサムをパパと呼ぶに至った経緯を知りたいけど…………」


 イアはオサムを見た。

 彼女の本能は今の時間を昼と教え、知識はまだ学校で学んでいる時間だと告げている。

 このまま話していていいのだろうか。


「折角イアが来たんだ、今日の所は早退するって銀河先生に言ってくるよ…………八代さんにも連絡入れとかなきゃなぁ。ディアもそれでいいか?」


「はい、オサム様がそう言うなら」


「――――むぅ」


 どこかぎこちないディアの笑顔に違和感を覚えながら、職員室に移動しようとした修を。

 エルフの少女はたまらず引き留める。

 修という人物が他者に優しいのは、もはや当たり前の事だ。

 だが、それにしてもディアという美少女を特に気にかけていると判断したからだ。


「その前にちょっといいかしら? とても気になる事があって」


「うん? 何でも言ってくれ」


 先ほど彼女は女神セイレンディアーナと言った。

 となると、この銀髪褐色巨乳美少女は、その容姿としてもあちらの世界の住人の可能性がある。

 だが、イアには彼女程の人物が居た記憶も知識も情報も噂話も聞かない。


「このディアさんは何処で出逢ったの? 何故女神様から?」


「ああ、ディアは――――」


「――――私は勇者様の剣『神剣セイレンディアーナ』です。ディアはオサム様から与えられた名」


 修の言葉を遮り、ディアが言う。



「……………………神剣、セイレンディアーナ?」



「ああ、吃驚だろ? こっち戻ってきたら部屋に浮いててさ、持ってみたら――――」


 その瞬間、空気が一瞬にして凍り付いた。

 否、燃え上がったと言っても過言ではない。



「――――アナタが、神剣セイレンディアーナ、ですって?」



「はい、私が勇者の為の剣『だった』者です。それが何か?」


 俯き、肩を震わせて、イアは怒気を孕む。

 通常なら見えないはずの魔力の流れが可視化する程に放出し、彼女の性質と同じように炎の揺らめきを見える。


「アナタが、…………アナタがッ!?」


「――――イアさん?」


「お、おいイア?」


 急激な変化にディアは首を傾げ、修は戸惑い。

 ツカツカとイアは褐色の少女に近づいて。



 ――――パァン、と一つ。



 高らかな音が屋上に響いた、イアがディアの頬を打ったのだ。


「おいっ! イアっ!?」


「――――っ!? イアさん、いきなり――――」



「オマエがっ! オマエが居なかったから――――!」



 イアは憤怒の形相でディアの胸ぐらを掴み、言い放った。



「妾はオマエを認めないっ! 断じて認めてなるものかっ!」



 ――――修とディアに、新たなる嵐が吹き荒れ始めた。


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