029話 ハードモード転生系魔王によるお悩み相談室(ただし、おっぱいの成長と恋愛は管轄外です)



 ――――浮いている。

 湯船に浮いている、同性として羨ましい程の大きさの球体が。

 母性の固まりが、おっぱいが。


「…………ホントに浮くんだ」


 シーヤは隣で湯船を堪能しているディアの胸に、視線を注いだ。

 何の効能も、入浴剤も入っていない湯であるが故に、彼女の小麦色の肌がよく目立つ。

 そして、世の中の噂通り、巨乳が浮力を得てぷかぷかと浮いているのだ。

 同性が好みと公言している身としては、見るなという方が無理である。


「はい? 何か言いましたか? シーヤさん」


「何でもない、持たざる者の僻みよ、多分」


 ディアの胸は大きく、それでいて垂れても、張りが無い訳でも、ましてやバランスが悪い、なんて事すらない。

 己の小さな丘と見比べて、格差はあるのだ、とシーヤは痛感した。


「はぁ、よく分かりませんが元気を出して下さい」


「嫌みかっ! …………いや、そんな女じゃないか」


 車内でも感じた事だが、このディアという少女は、無垢で無知で、スキンシップが多めだ。


(…………勇者よ、苦労しているのだなぁ)


 さりとて彼女は愚かではなく、むしろ才ある部類に入る。

 人間の姿になってまだ間もないと聞くのに、歴戦の戦士でもあるシーヤと、手加減したとはいえ、かなりの所まで迫っていた。


(というか、あの時の勇者は流し見だったな。結果は見えていたと言うことか?)


 シーヤはディアの腰や腕をまじまじと観察しながら思考する。

 知性の方も、知識と情緒さえ追いつけば、いとも簡単に男を手玉に取れるだろう。

 

(むむむ。アタシの部下に欲しかった存在だわ)


 顔良し、体良し、性格良し、この分だと家事なども期待が持てる。

 ――――何故、この様なエロ可愛い完璧美少女を前に、勇者は手を出していないのか。


(いや、勇者だから、か…………)


 シーヤはため息を一つ、湯船に落とした。

 視線はやはりディア、髪をタオルで雑に纏めた姿とはいえ、だからこそか、その首筋――――うなじが大変素晴らしい眺めだ。


「どうじゃ魔王よ。余のママはハンパないだろう」


「そうだな、勇者には勿体ないくらいだわ」


 この少女ならば、触れても大丈夫だろうか。

 シーヤは肩まで浸かりながら、ぼんやりと思った。

 なまじ前世の記憶を持っていた為、淫魔という種族に馴染めず、しかしそれが故に上り詰め。

 色々あったのだ、――――気づけば、あれだけ求めていた女の体は、触れるのにも躊躇う始末。


「なぁ――――」


「少し、いいですかシーヤさん」


 触れても、と口に出しかけた所で、ディアはシーヤを真っ直ぐに見ていた。

 吸い込まれそうな緑色の瞳が、不思議な事に、母の腕の中に居るような錯覚を抱かせ。

 だからであろうか、魔王は素直に頷いた。


「――――許す、何でも言え」


 何を聞くのか、何を話すのか。

 本命は恐らく、今日の戦いの事だろう、かつて神剣として共に戦っていたと聞く、ならば、強くなる方法が答え。

 そんな事を考えていたシーヤだったが、ディアから出てきた言葉は意外なものだった。


「…………恋って、愛って、何でしょうか?」


「ああ、そうじゃな強くなる為――――うん? オマエ何て言った?」


「いえ、ですから。恋と愛とは何か、をお聞かせ頂ければと思って」


 にこやかに笑う褐色の美少女に、シーヤは困惑を隠せない。


「おい神剣?」


「ディアと呼んで下さいシーヤさん」


「…………ではディア、普通そこは強くなりたいとかじゃ?」


「学ぶのならオサム様に、新たな力を得るならオサム様にキスすればいいじゃありませんか。シーヤさんに聞くことじゃないのでは?」


 気の早いことに、師匠面して手取り足取りウハウハな未来を想像してしまっていたシーヤは、釈然としないまま、彼女の言葉にツッコむ。


「勇者に戦いを学ぶのは理解できる…………して、キスとは? そちらの世界にはそんな羨ま――――げふん、都合のいい強化イベントがあるのか?」


「いえ、多分私だけですね。母、女神セイレンディアーナ様が、キスとかすれば強くなるって」


「ホントじゃぞ魔王、余はその余波で孵化したでな。付け加えると…………エッチな事がトリガーらしい」


「はぁっ!? エッチな事でパワーアップ!?!?!?!? 何それっ! 勇者シネっ!」


 それなんてエロゲ? と叫ぶのだけは辛うじて耐え、すーはーすーはー、と深呼吸を繰り返してシーヤは話題を戻す事を決意。

 正直、やってられない。


(いやまて――――だからか?)


 一度気づくと、それまで見えてきた二人の光景が「羨ましい」から「羨ましいから死ねとは思うけど頑張れ勇者」と変化する。


(ディアは人間初心者、だからこそ無垢で無知、情緒もだ)


 現代日本の倫理観が強く、そして誠実で優しい人種である勇者にとっては、はいそうですか、と手を出せない存在。

 しかも、女神の娘という付加価値も付いている。


「成る程、成る程ぉ…………」


 超絶美少女を嫁に与えられ、未だ手を出していない理由が、勇者の童貞性以外に見つかった。

 同時に、もう一つの事に理解が及んだ。


「ディア。オマエは心の成長をしたいのだな」


「成長と呼ぶのかは分かりませんが、知る努力は欠かしたくないと思います」


 とっとと手を出せよ、と思う今の二人の関係は、互いを思う故に成り立っているのだろう。

「わかった。――――だが、何故アタシに聞く? 勇者……には聞いてるだろうし、でも、八代の部下とか、もっと他に適任がいるだろう? そこの幼女とか」


 金髪ロリ系魔王は、うぬぬと首を傾げ。

 呼ばれたローズは、湯船から出ながら答えた。


「余はママとパパの子じゃ、その成長を見守り守護するだけよ(ちょっかいをかけないとは言っていない)」


「ローズちゃん、ちゃんとタオルで隅々まで拭くんですよ、あとお小遣いは無駄に使わないように」


「はーいママーー! ひゃっほう、憧れの湯上がりフルーツ牛乳じゃあ! 日本に転生した甲斐があったと言うものよっ!」


 目を輝かせて立ち去る次元皇帝幼竜を見送ってから、シーヤはディアに視線を戻す。


「あの幼女の理由は分かった。…………改めて問う、何故アタシなんだ?」




「――――だって、男じゃないですか」




 は、とシーヤは口を大きくあんぐりと。

 思ってもみない答えだった。


「何を根拠に、そう言うのだ?」


「理由が必要なんですか? 私を見る視線がオサム様と似ていますし、何より。…………貴方の心の半分は男じゃないですか。見れば分かるでしょう?」


「心…………半分…………」


 当たり前の事を何故分からないのか、という顔のディアに、シーヤは思わず天を仰いだ。

 どこの世界に、見ただけで心の性質が分かる者がいるというのだ。

 それではまるで、神の様ではないか。


(――――いや、コイツは神か)


 シーヤには、修とイチャイチャしている姿しか見ていないが、彼女は女神に作られし剣にして、その愛娘。

 つまりは、女神だ。


(それが理解出来てるからこそ、勇者も欲望を我慢しているのだろうなぁ…………)


 然もあらん。

 無垢な女神を妻に、好き放題染め上げられる、と許可されても、誠実な人種が実行する筈が無い。


(今は勇者の事はいい)


 思わず現実逃避してしまったが、ディアはシーヤの事を半分男だと言った。


「嗚呼、よく分かったなディア。その瞳を誇るがいい」


「ありがとうございます…………?」


 そしてシーヤは、頭をガシガシとかきながら語りだす。


「つまらない話だ。あっちの世界で転生する前は、この日本で高校生の男」


 だからこそ、女という体に、淫魔という種族に馴染めなかったし、ハーレムも望んだ。

 だが日増しに強くなる女として、そして淫魔としての本能。

 もうシーヤには、自分の心が男なのか女なのかすら分からない状態だったのだ。


(それを、こうも簡単に見抜くか! ――――半分! アタシは半分なのかっ!)


 くっくっくっ、とシーヤは笑みを、エウレーカとも叫びたい気分。


「長年の謎が溶けたか……、ああ、ディアの疑問だったな、ええと…………」


「愛と恋についてですっ! 貴方なら男と女、両方の気持ちが分かるのではないかとっ!」


 ずずいと距離を詰めるディアの顔を押しのけながら、シーヤは答えた。


「愛と恋は――――」


「ごくん」


「――――人それぞれだ!」


「人それぞれですかっ! …………って、それじゃあ答えになってませんよぉ!」


 むぅと不満顔の彼女に、シーヤは笑いながら告げた。


「愛だの恋だの、そんなのは己の胸の高まりに聞け。それよりも、羞恥心というモノを学んだ方が、勇者と

の仲に余程役に立つ」


「――――お師様! 是非とも羞恥心の講義を!」


「誰が師匠だっ! ええい、暑苦しい! くっつくでないっ! ――――あ、この肌気持ちいい――――じゃないっ! それが羞恥心の無い行為だと自覚せぬかあああああああああああ!」


 女湯が、にわかに騒がしくなり始める。

 それを脱衣所から聞いていたローズはニンマリと笑い、左手を腰に、右手にフルーツ牛乳の瓶をもってゴクゴクと。


「――――ぷはっ! 美味し…………、この一杯の為に生きておるのぉ」


 本当に次元を自由に行き来する皇帝竜なのか、おっさんの魂が転生しただけの幼女ではないのか。

 そんな疑問を感じさせるローズは、牛乳を飲み干すと、けぷっと可愛くゲップを出した。


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