025話 モテない人間によるモテない人間の為の秘密結社モテモテ、暁に死す



 都内某所のカラオケ店は今、その大部屋を一つを貸し切っていた。

 性別も人種も年齢も、――――或いは出身世界すら違う者も。

 主催と見られる男は、筋肉質体との鬣の様な髪を持つ長身の男、――――仮面を付けていて素性は不明。

 首領と呼ばれているあたり、間違いは無いだろう。


「うむ、皆忙しい中良く集まってくれた。これから我ら結社の幹部会議を行う!」


 先ずは乾杯、未成年もいるため中身はジュースである。

 早速サイドメニューを頼む者や、隣の者と談笑を始めるものが居る中、学生服の少年が首領に声をかけた。


「聞いたぜ首領、ビッグニュースがあるんだって?」


「ああ、この上ない吉報だ。だが先ずは各々の報告を先にして貰おう。お楽しみはその後だ」


「つれないなぁ、まぁいい。俺のカップル撲滅団の報告から――――」


 やれ、何組みのカップルの逢瀬の邪魔をしただの。

 恋人達のデートスポットの屋台のメニューを買い占めただの、とてつもなくどうでもいい報告が続く中。

 それらを冷ややかに聞いている、周囲から孤立気味の二人が。

 女の方は金髪ツインテールで背の低い美少女――――魔王・結城シーヤ。

 その隣の男は勿論、前髪が鬱陶しいアインヴァルトである。


「いやぁ、何時来ても我々に近づく者は居ませんねぇ。骨のない人達だ」


「無茶を言うなアイン。魔王というのはこの世界でも恐怖の対象だ。いくら同士といっても、そう近づこうと思うものはいるまい」


 日本のある種の文化の中では、ポピュラーな存在であり。

 場合によっては萌えや性欲を抱く者も多く、この集まりの人種も、その類ではあったが。

 結城シーヤは男嫌い、それ故に漏れ出す魔王オーラの前に近づく者など。

 アインを除けば勇者と、視線の先に居る首領ぐらいである。


「それにしても…………こんなものだったか」


「…………目をお覚ましになられましたかシーヤ様」


「というより、我に返った。とでも言おうか」


「同じ意味ですよ」


 退屈そうな主の様子を、忠臣は笑顔で受け入れた。

 然もあらん。

 この部屋の者達は、異世界関係者、或いは日本の異能者の中でも、――――恋人が出来ず、暗黒面に落ちた者達の集いだ。

 それぞれが一騎当千の実力の持ち主で、英雄、覇王といった存在に匹敵する存在。

 ちなみに、八代達の出動案件の半分は彼らの起こすトラブルが発端である。


「嫉妬と羨望に狂った者は、こんなにも見苦しいものだったか…………アタシもまだまだ未熟だな」


「いえ、そんな事は――――」


「慰めはよい、真実だ」


 勇者・久瀬修と話した一時間も満たない時間で、シーヤは変わった、とまでは言わない。

 だが、気づいたのだ。

 自分が前の世界の出来事を、必要以上に引きずっていた事実に。

 ならば、やる事は一つ。

 いつものように、報告のトリとして注目が集まる中、シーヤはニヤリを笑う。


「――――かの卵が孵化したのを確認した」


 卵、それはこの集団の中で知らぬ者はいない程の重要物だ。

 孵化させた者に、世界を望むがままに変革させる力を与える、――――悲願の非モテ脱出アイテムである。


「おいおい、嫉妬団の魔王よ。オレの話を奪わないで欲しいものだな」


「そう言うな獅子。考えあっての事だ」


「ならば聞かせて貰おう、魔王様はどの様にお考えかな?」


 獅子は面白そうに、他の雑魚はいっそう強い視線をシーヤに浴びせる。

 なんだかんだいって、彼女はこの集団の序列二位と目されている。

 これまでだって、様々なカップル破局作戦を成功させてきた。

 今度は何をするのか、そんな期待の眼に、しかして今のシーヤは答える気など毛頭無い。

 故に――――。



「――――アタシは、アレを勇者のだと認めた。今後一切の手出しは無用。もし破るのであれば、この魔王シーヤと敵対すると思え」



 その瞬間、場の空気が凍り付き、そして憤怒に満ちあふれた。

 各が殺気だって立ち上がる中、それを制したのは首領。

 彼もまた、怒気を孕ませながら彼女に問いかける。


「それは、我々と手を切ると?」


「そう受け取ってもらっていいぞ。今のアタシには卵は必要ない、――――だが、勇者は気に入った」


「だから彼に味方すると言うのだね」


「自由に解釈するがいい、魔王たるアタシが許す」


 方向性さえ違えば、英雄にも勇者にも救世主にも成り得たかもしれない男と、かつて世界を統べた魔王の間に火花が散る。


「――――残念だよ魔王シーヤ、君とならば美少女ハーレムの夢を叶えられると思ったのだが」


「そんな事を考えているから童貞なのだオマエは。――――さらばだ。いくぞアイン」


 それは正しく決別であった。

 緊迫する部屋から堂々と立ち去る二人を、皆が憎々しげに睨みつける。



「あ、言い忘れてました。恐らく皆様に話されないのでしょうから、僕の方から一つ。――――かの救世の勇者は神剣を保持しています。その意味はお分かりですね? では、敵対しない事を願っています」



 その言葉は、彼らに戦慄を以て脳に焼き付けられた。

 神剣、それは例え世界が違っても意味する所は同じ。

 即ち――――世界を変革できる絶対的な権利。

 卵と同じく、結社にて最重要探索アイテム。

 皆は暫く沈黙を保っていたが、誰かが首領に質問した。


「…………首領、貴方はこの情報を――――」


「――――勿論、ビッグニュースの一つだ。話さない訳がないだろう」


 努めて冷静に彼は答えたが、それが故に全員へ不信感を与えた。

 首領はこの中で一番、ハーレムへの熱い情熱と行動力を持ち合わせる。

 それが故に、ただ人でありながら首領と呼ばれ、皆を纏め上げているのだ。

 だからこそ――――信じられない。

 皆が皆、自分の手で権力を握り、自分だけのハーレムを、美貌の異性を独占したいと考えているのだ。


「残念な事があったが、ではお待ちかねのビッグニュースに移ろうとおもう」


 夢に向かって直向きに邁進する力強い声、だが、どこか空々しく響いたのは首領を含めた全員が感じ取っていた。 





 ところで一方、ギスギスした空間から出てきた二人は、伸び伸びと帰宅の途へ。

 世を忍ぶ秘密結社という事で、始まったのが深夜なら、途中退出しても深夜。

 あの部屋は朝までコースだが、あの状況のまま居続けるのだろうか。

 筋肉質のバカ男が寒々しい視線の中、アニソンを熱唱している所を想像し、シーヤはクスクスと笑いを漏らす。


「ご機嫌麗しいのは結構ですが、敬愛なるシーヤ様。この後はどうするので?」


「帰って寝るだけじゃ、夜伽はいらんぞ」


「とても非常に残念です。――――って違いますよ!」


「ちょっとしたジョークだ、許せ」


 アインの問いかけている所は明白、シーヤが修の友として、どんな行動を取るかという事だ。


「そうだな。今宵は奴らも動くまい。第一、勇者の家には護衛がついているし、この会合の事も異世界課に通報しておいたからな。取り敢えずは安全だ」


「とすると?」


「明日から動く、かの家を訪問するから手土産を準備しておけ、高級羊羹でいいぞ」


「それ、シーヤ様が食べたいだけでは? いえ、用意しておきます」


 勇者の人となりは理解した、その上で友になってもよいと判断した。

 だが、――――神剣であるらしいあの褐色の美少女は、そしてあの時傍観者に徹していたローズという美幼女はどうだろうか。


(見極めなくてはな…………)


(くぅっ! 以前の世界でもご友人がおられなかったシーヤ様が、あのエロいけどボッチ魔王と名高いシーヤ様が、ご友人宅に訪問! これは気合いを入れなければ――――)


 新しき友の為に、とキメ顔のシーヤに、彼女のボッチ脱出を喜ぶアイン。

 然もあらん、魔王シーヤは良き王だったが、孤高の王でもあったのだから。


「抜かりなくいくぞアインヴァルト!」


「はいシーヤ様!」


 どこかすれ違う二人は、町行く酔っぱらいにお似合いカップルだと微笑ましい目で見られている事に気づかないまま、仲良く歩き去っていった。


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