第40話 チャッチャの時間
チャッチャッ
ああ、愛おしいチャッチャの時間
恋焦がれ、胸掻きむしらん。
何のことかって?
食後です。
爪楊枝です。
シーハの時間です。
あのねぇ、笑い事じゃなく歳を食うにつれ詰まるんですよ食物が。歯茎というか、歯と歯茎の間にね。
下がってくるらしいんですよ、歯茎が。
あ、すいません、下がってくるのは下側の歯茎で、上の歯茎は上がっていくと思います、たぶん。
まあ、歯茎の肉が減っていくわけです要するに、歳をとってくるとね。
で、隙間が広がるんですよ、歯と歯と歯茎のトライアングルが。
野菜もね詰まるっちゃ詰まるんですけど、どっちかっちゅうと肉ですね。
正肉はだいじょぶ
ホルモンもまぁだいじょぶ
噛み切らないもんね。皮側から焼いて、いい感じに焦げ目がついたところでひっくり返して、自分の好みに脂を落として大事に大事に育てたホルモンをタレにつけて口に放り込む。
そこのオドオドしているあなたっ!
大丈夫です、一度ごはんにあずけるのも正解です。正解が1つじゃないこともあるんですよ世の中には。あなたは間違っていない、胸を張れ。
最初タレが来て噛み噛みして、脂がジュワッときて、タレと牛の脂の甘さが混じりあって交わりあって溶け合って、渾然となって1つになって(なんかやらしいな)恍惚となって、うっとりしたところでホルモンは噛み切れてないけどゴックンしちゃうもんね。
要は適当に噛んで飲み込んじゃう。
そういう意味で、使えない新人と似ている。
ダメだなこいつ、と思う。
こっちでどうにかするしかないな、と思う。
なのでそこまでおじさんは困らない。
問題は何か。
おっさんは何に手を焼いているのか。
問題はミノです。
僕にとっての問題は。
あのタンパク質の塊とでもいうような凶悪な筋繊維。いいミノほど縦の繊維が噛むごとに崩れる感じが美味しい。ミノの内臓の独特の風味と相まって美味しい。安っぽいミノは薄っぺらくていつまでもグニグニしていて。不味いわけじゃないけど、でもそれはミノに求めているものではない。コミットしてない。(使い方合ってるかな)
奥歯で噛んだ時に縦に崩れるあの筋繊維が美味しい。ミノ自体には脂感はほぼ皆無だ。
奥歯で噛みしめると崩れていく。いつまでもぐにゃぐにゃしてはいない。崩れていく。
この崩れた筋繊維がおじさんのバミューダトライアングル(分からない子は自分で調べなさいね)に入り込んで痛い。
でも焼き肉は食いたい。
ミノは食いたい。
でも痛い。
でも食いたい。
上ミノもいんですけど、端っこにちょっと脂がついてるような所がミノと小腸のいいとこ取りみたいで、もう堪らんのです。
ごはんに良し
ビールに良し(俺飲めねえけど)
おじさんは痛みをこらえ、涙ながらに焼き肉を食べ終えて、待ちに待った楊枝の時間です。
おじさんは焼肉中盤の内蔵系投入タイムに入ってからすぐに歯茎の鈍痛を認めていました。自覚していました、ええ。
歯と歯茎の間に挟まったミノが強力に歯を押して痛い。忖度なし。
我慢して我慢してようやくたどり着いた時間。
このストイックさと苦しみからの解放からくる福音はちょうど「マラソンの後のビール」と「おあずけの後のべディグリーチャム」の間に位置するという。
チャッチャッ
チャッチャッの時間
シーハの時間
早く取りたい
すぐ取りたい
今にも取りたい
何をおいても取りたい
頭の中では日清のチキンラーメンのメロディー「すぐ取りたぃ、すごく取りたぃ」(分からない子は自分でググりなさいね)がリフレインしている。こだましている。
待ったなし。
もうこの為に焼き肉を食べているといっても過言ではない。(過言です)
ダメです。
ここで少し寝かせて
あぁもう辛抱たまらん!これ以上我慢したら大人の体裁を保てなくなる、というところまで我慢したらシーハしてよし。
挟まったミノを取ると、あぁなんていい気持ちなのかしら、おかしくなっちゃう。
なのでおじさんはコンビニやスーパーの割り箸は爪楊枝付きを励行します。
今はだいたい付いてるけどね。
若い人は知らないだろうけど昔は爪楊枝は付いてなかったのよ。
割り箸は割り箸だけ、コミットしていない。(使い方合ってるかな)
この前久しぶりに楊枝なしの割り箸を見ました。焼肉屋じゃないですけどね。
やや若者向けの店。
割り箸の食べ物を挟む方にだけ紙のカバーがかかってるタイプのやつ。
食べ終わってから楊枝が無いのに気づきましてね。
腹立ちまして。
なんでやねん、と。
誰がマーケティングしたのかっ。
どの層の客を想定しているのかっ。
ゴマが入り込んでたんですね歯茎の間に。
そもそも楊枝が無いんですよ、テーブルにも置いていない。
あとで分かったんですが店の出口のレジのとこにちょこっと置いてある。
「一応置いとくけど」
「うち、そういうお店じゃないんで」
という店側の声が聞こえた。(気がした)
あまりの怒りについ人前で割り箸をへし折ってしまいまして。
ベキッと
普段は大人しんですけどね
蚊も殺せないような人間なんですけどね
周りを睨みつけましてね
目も血走ってたでしょうね。
興奮して小鼻も膨らんでたことでしょう。
出るとこへ出てもいい、と思いました。
最高裁、という言葉も脳裏に浮かびました。
それからへし折った箸をワナワナと握りしめましてね、
その割り箸の折れ目の細くなったところで思う存分シーハしました、ええ。
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