「愛など要りません。私は王妃になるのですから」
@mk1116
プロローグ
「いいですか、ラクス。王妃とは、国王に愛された者がなるのではありません。国に、国民に愛された者こそがなれるのです。……それを重々胸に刻み、無償の愛で民を導き、そしてより多くの民達に愛さされるのですよ」
「はい、王妃さま」
病に倒れ、清潔に整えられた病床の上で、青白いを通り越して色すらなくなってしまった美しいかんばせを苦々しく歪めながら、我が国の頂きに座る男に愛された者が言う。
「王妃陛下」とは名ばかりで、国王に愛されすぎるあまり、王宮の奥深くに隠されてしまった彼女を「王妃」と呼ぶ者は、今では殆どいなくなっていた。
ラクスは、そんか彼女に目通りできる極僅かな人間の中の一人だった。
「王に……夫に、愛されたからといって、その愛からは何も生まれることなど無いのです。どうか、どうか……貴方は決して、私のようにはならないでね。民に愛される王妃は、かけがえのない存在です。けれど、王にしか愛されなかった王妃は、……私は、」
民にとっては、幾らでも替えのきく「人形」のような存在なのですから。
か細い声はきっと、それほど広くはない部屋の隅に控えている侍女にすら届かず、ラクスにしか聞こえなかっただろう。
それは、痩せ細り声を出すことすら難しくなってきた彼女に限界が来たからではない。
故意に、侍女に、侍女からこの室内で行われた会話を聞かされるであろう王に、聞かせないため。
「……はい、王妃さま」
それが分かっていたから、ラクスはあえて聞き流した。
先ほど王妃がか細い声で零した発言を取り立ててわざと騒ぎを起こしたところで、一体何になるだろう。
神経を逆なでされた王は、ますます意固地になって王妃を更に頑強に閉じ込めるだろう。
心身ともに疲れ果てた王妃は、そう長くはないであろう残りの命をさらに縮めることになるかもしれない。
王妃を大事にするあまり国政を蔑ろにする王に、家臣達は見切りをつける可能性だってある。
そうして、民は、国は、少しずつ力をなくして衰えていき、果てには困窮した人々が内紛を起こすか、はたまた他国から攻め入られることになるかも。
──そんなことは、させない。
私が、絶対に。
だから私は、王からの愛など、要らない。
それは未来の王妃が胸に刻んだ誓い。
「愛など要りません。私は王妃になるのですから」 @mk1116
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