第8話 可能性だけならいくらでも広げられる

 また、莉奈と俺の過去の記憶が食い違う。

 

 莉奈は俺が導いてくれたように話してくれたが、俺の記憶では全然違う。

 遠足で二人だけがはぐれて道に迷ったのは同じだが、あの時は俺も一緒に泣きながら歩いていただけで、導いてなどいない。

 道を外れて藪の中を二人でただ歩いていて、偶然道に戻れただけだし、慰められていたのは俺の方だった。

 そもそも先導出来るなら遭難するなよという気はする。


「私も大人になりたいな」

「急がなくてもいいんじゃないか。どうせいつかなるんだし」

「そういう大人じゃないんだよね」

「どういうのだよ」

「……しゅうちゃん……みたいな?」

「わからん」


 話しながら視線を外した莉奈の表情の方が、よほど大人びて見えた。

 もちろん実際に大人というにはまだまだではあろうが、それでもちょっとした仕草にドキッとさせられる事もある。

 むしろ俺の方が変わらないまま年を食ってしまったように思う。

 そんな俺のような、と言われても全くピンとこない。


「しゅうちゃんみたいに、なんでも出来るっていうか、自分で色々と決められるっていうか……。なんだろ、うまく言えないけど」

「俺は全然大人じゃない。なんか、もっと上手に慰められると思ってたのに、全然出来てないし」

「そんな事ないよ。頼もしかったし、嬉しかった」

「そうかな……」


 俺の中ではもっと上手に言えるつもりだった。

 もっと莉奈に元気になってもらえると思っていた。

 なんか逆に慰められてる気がしてきた。


「大人になったら出来るのかな……」

「何が」

「あ、ううん……何でもない」


 そのまましばらく、莉奈も黙ってしまった。

 チラチラと、隣を歩く莉奈を見ながら、黙って歩く。


 そろそろ戻されるかもしれない。

 大体いつものパターンだとこの辺りで戻される。

 言うのなら今のうちだろうか。

 しかしこんな時に告白というのも空気読めてない感じがしないだろうか。


 二人の会話が途絶え、蝉の声だけが騒がしく鳴り響く。

 真っ赤に染まる世界の中で、勝手に先導する自分の影の頭を見ながら、ただ黙って歩く。


「蝉って土の中の方が長く生きてるんだよね」

「アブラゼミで六年くらいだったかな。地上に出ると一ヶ月くらい生きてるらしいけど」

「一週間で死ぬんじゃないんだ!」

「飼うとそれくらいらしいな」

「一週間で相手を探さなきゃいけないから一生懸命鳴くんだって教わった」

「ああ、この鳴き声は全部雌を呼ぶ声なんだったな」

「なんか、オスって大変なんだなってずっと思ってた」

「変な所で同情されてるな」


 蝉の話題からしばらくは虫の話題で会話が続いた。

 黙って歩くよりはよほど良い。

 これだけの求愛活動に囲まれているのなら、むしろ告白する方が流れに乗っていると言えるのではないだろうか。

 なんか、まだ戻されないし。

 もうすぐ家に着いてしまうし。

 この流れに、ビッグウェーブに乗るべきだろうか。


 などと迷っていたらもう家が近い。

 目の前の交差点を左折すれば、俺たちの家は見えてくる。

 声をかけるなら今のうちだろうか。

 俺は、結局こんな事すら決断も出来ない人間なのだ、莉奈よ。

 ちっとも全然まるっきり大人なんかじゃない。

 それでも何とかこの気持ちをお前に伝えて、心置きなく転生しようと頑張っているのだ。

 告白成功したらむしろ死にたくなくなるし転生もしたくなくなる気は、しないでもないが。


「そういう結論に至るのはあまりよろしくありません」

「出たな女神。でもそうなるもんじゃないか」

「願いが成就し、短い時を共に過ごせる事で満足して頂かないと困ります。どうせ死ぬのですし」

「そんな言い方されてモチベーション保てる奴がいると思うのかお前は」

「結果は、同じではありませんか」

「経過は違うだろ」

「多少のズレであれば修正も可能ですし、小さな差違であればさほど問題にはならないかと」


 言葉は通じるけど通じてない。

 精神衛生上、こいつとはあまり会話しないようにした方がいいかもしれない。

 不毛な会話を脳内で繰り広げているうちに、もう家の前まで来てしまった。

 ここまで止まらないでくれたんだから、もうここで話を進めておこう。


「着いちゃったね」

「ああ、お疲れ」

「しゅうちゃんも、ありがと」

「しばらくは、大変だろうけど、声かけてくれればいつでも行くから」

「うん……」

「あ、あのな、莉奈」

「なに?」

「こんな所で言う話じゃないかもしれないんだけどさ……」


 あれ、止まらないな。

 このまま進められるかもしれないな。

 そうなったらこのタイムリープも終わるんだな。

 もうちょっと過去の莉奈に会いたい気もするけど、告白出来るならそれでもいいかもしれないな。

 不思議そうに俺を見つめる莉奈を見ながらそんな事を考え、次の言葉を繋ごうとした所で。

 視界、ホワイトアウト。


「すみませんがシステムに不具合が生じました」

「わざとだよね? 絶対わざとやってるよね?」

「意図的に妨害する事の利点が我々には存在しないのですが」

「じゃあなんでここで止まるわけ?」

「それは詳しい者に聞かなければ回答出来ません」

「なんだかなあ……」


 結局今回も告白は出来ないままで終わってしまった。

 今回は俺の方から声をかけようとしたんだぞ。

 今までに比べて大分進展があったんだぞ。

 これ以上のタイミングがあるだろうか。いやない。


「はあ……」


 脱力して座り込んでしまった。

 本当にこれ以上のシチュエーションがあったかどうか怪しい。

 

「俺が死んだら、莉奈は泣いてくれるのかな」

「死ぬことは確定事項ですが」

「そうなんだけどさ」

「大変嘆き悲しみ、一晩中泣いておられました」

「見てきたのかよ!」

「どういう相手なのか確認する必要がありましたので。数日は魂が抜けたように何もしないで過ごしていました」

「そうか……」


 俺のために泣いてくれるのが分かっただけでも少し嬉しい。

 あまり喜んでいい事なのかわからないけど。

 少なくとも、その程度の好意はあるという事だろう。

 そういう事にしておこう。

 それなら、まだ何とか頑張ってみようかと思う。


「続けて頂けますか」

「まあ……ね。やらない後悔よりは、やった後悔の方がマシかな」

「結果としては同じではないのですか」

「人がやる気だそうとしてるのに削ぐね、あんたも」

「申し訳ありません。その違いが本当にわからないのです」


 煽る姿勢なのかと思ったら天然だったということか。

 とか言ったらまた天然とは、とか言われそうなので黙っておこう。


「やらない事の先には、未来が無数に広がっていくだろ」

「可能性の分岐、という事でしょうか」

「ああすればよかった、あれをやれば今頃どうなっていただろうかって」

「やった事の先にも、可能性の分岐は存在するのではないですか」

「行動を起こした後の未来は、ある程度予測が立つんだよ」


 何かを購入するかどうかで悩んだ時、購入しなかった方は、それを購入する事のメリット、デメリットが一切わからない。

 購入した場合は、それらが全てわかるので、少なくともその後にどういう未来が来るのかという予測は立てやすい。

 告白せずに終わってしまえば、その後どのような未来が広がっていくのかは一切わからない。付き合ってみなければわからない、相手の良い所や悪いところを知ることも出来ない。


 やってみて、成功したならばその未来が確実に訪れるわけで、今起こっている事以上に良い未来というのもあまりない。

 さらに、やった上で失敗したのなら、そこから「成功した未来」という可能性が完全に閉ざされるので、未来は無数に広がりを見せない。

 自分でその方向性はない事を証明してしまっているから、妄想する事もない。


 これが、やらないで終わらせてしまえば、成功するかどうかも、成功したとしてその度合いも、そこからどんな未来が開けているのかもわからない。

 なので、好きなだけ想像出来てしまう。

 何しろ残されたのは可能性だけなのだから、実際に起こる事よりも良い未来だって想像出来てしまう。


「全ての可能性を残してしまう事が問題であるということですか」

「可能性といったって、やらなかったんだから単なる妄想なんだけどな」

「確かに、実行しなかった段階で、全ての可能性は閉ざされます。その起こりえない可能性を論じた所で意味はありません」

「人間はそこに未来を感じちゃうんだよ。決して訪れない事がわかっていても」

「なるほど。人間の精神的な構造についての理解は出来ました」

「だから、今ここでやめたら結局頭の中では理想の莉奈との未来を延々と妄想しちゃうわけだ」

「そこに意味であるとか、生産性であるとか、そういうものはないわけですね」

「ないだろうね。だからこそ、最後まで何とかしたい。俺だって莉奈の笑顔が見たい」


「それでは次の地点を探しましょうか」


 幼なじみとか言う割には、案外いいシチュエーションなんてないものだ。

 何しろ告白出来そうな状況なんて、よく考えなくてもそうそうあるものではない。今までもかなり良い所を見つけてきたものだけど、さすがにネタが尽きてきた。

 しょうがないので、少し視点を変えてみる事にする。


「莉奈が言ってた遠足の時に行こうと思う」

「小学三年生の遠足ですね」

「記憶の食い違いがあるなら、そこで何か良いタイミングが出来るかもしれない」


 そういうわけで、二〇〇九年の四月に飛ぶことにした。

 これが最後のチャンスになるかもしれない。

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